第7話 アプリロイド


 動いている。

 彼女は嘘偽りなく、確かにそう言った。

 僕は思わず、自身の耳を疑った。

 だって、当時から幾万年いくまんねんという月日が経過したと想っているんだ?

 僕はその事実を簡単に飲み込めずにいた。


「――あり得ない」と僕は言葉をにごした。


「――『あり得ない』話しなどあるのか?イツカ?

 元より、私たちはその『あり得ない』を可能にする奇跡を探す為に、こんな僻地へきちを訪れたのではないのか?」


「で、でも、旧文明が滅んで、一体、何万年が経過していると想っているんですか!?」


「その事実は定かではない。ひょっとすると、昨日、滅んだやも知れぬ」


「そんな屁理屈が罷り通るとでも?」


「だが、動いている。

 貴様もその鼓動を聞いてみるか?」


 彼女は沈黙ちんもくを貫くアプリロイドに自らの外套がちとうまとわせると、赤子のように抱きかかえた。

 無言で僕にその鼓動を聞かせようと、差し出してくる。


「いっそ、その胸に耳を押し当てて、聞いてみるが良い!」


「い、いえ!そうしたいのは山々ですけど、幼気な少女に対しては、流石に……」


「む?どうしてだ?」


「む、無抵抗の女子に対して、耳を当てること事体、僕の流儀りゅうぎに反します。

 それに、僕は紳士ですからね?」


「それでは、私が変態みたいではないか!?」


「あんたは変態でしょうが!あんたが変態じゃなければ、誰が変態なんですか!?」


「し、失礼だぞ!イツカ!」


 それは突如として訪れた。

 そのアプリロイドの心臓がドクンッ。と跳ね上がったのである。


「ど、どうした!?」


「わ、分かりません!」


 アプリロイドは鼓動を刻むと、まるで打ち揚げられた魚のように、そのしとやかな体躯を跳ねさせ続けた。


「な、何か、打つ手はないのか!?」


「と、とりあえず、地面に寝かせましょう!」


 彼女は痙攣けいれんするそのアプリロイドを地面に寝かせると、腰に下げたポーチからポーションを取り出した。


 ポーションとは、傷を回復させる強壮剤きょうそうざいである。

 それは、時に超回復薬と呼ばれ、細胞を無理矢理に活性化させ、傷を瞬く間に回復させる万能薬である。


 僕たちはそんな外科医もビックリするような薬を痙攣するアプリロイドへと飲ませた。

 どうやら、アプリロイドの痙攣は治まったようだ。


「ふぃ~。これで、ようやく一息が吐けますね」


「あぁ……」


 しかし――。


「――解せんな」


「――確かに」


 『植物人間PVS』という言葉をご存知だろうか?

 言葉の意味通り、意識の戻らない人間を指し示す。

 少なくとも、このアプリロイドは数万年という年月を掛けて、眠っていた。

 そんな人物が一瞬にして、自立呼吸に至るまで筋肉を動かすことが可能なのだろうか?

 もしかして、この液体こそが一種の、『冷凍睡眠装置コールド・スリープ・マシン』だったのでは?


「では、何故、いとも容易く心筋を動かすことが可能になったのだ?」


「一言で――謎ですね?

 これは、ベースキャンプに一度、戻って資料と睨めっこする必要があります」


「またか!あぅ……、頭が……!」


「そんな泣き言を言わないでくださいよ。僕も憂鬱な気分になります」


 その時だった。


 アプリロイドの瞳がカッ。と見開かれる。

 僕たちは慌てたようにアプリロイドの瞳を見つめ返した。


「――大丈夫か!?」


「――ひぃ!起きた!?」


 だが――。


「――Warning. Warning.

 敵を発見しました。速やかに排除します」


 そのアプリロイドは大きく息を吸い込や否や、飢えた獣の如き雄叫おたけびを上げた。

 まさしく、阿鼻叫喚あびきょうかん

 僕たちはその勢いに押されるがまま、両耳を押さえつけた。


 意識が飛びそうだ。

 が、それだけではない。

 その影響を浴びて、総ての試験管がひび割れる。

 すると、その中から、無数のアプリロイドが零れた。


「――言わんこっちゃない!」


 僕はアプリロイドから飛び退くと、バタフライナイフを逆手に構えた。

 この状況を理解できない程、彼女も馬鹿ではない。

 彼女も己の得物に手を添えた。


 けれど――。


 ――彼女は諦めていなかった。


「――イツカ!私たちは果し合いをしにきたわけではない!世界の秘密を暴きにきたのだ!決して殺めるのではないぞ!」


「そうできたら、そうしたいのですが……、ね」


「――Search and Destroy. Search and Destroy.」


 彼女は見兼ねて、僕とアプリロイドの狭間に降り立った。


「――待ってくれ!私たちは敵対しにきたわけではない!

 貴様たちを救いにきたのだ!」


 それでも――彼女は見捨てられた。


「――Search and Destroy. Search and Destroy.」


「――Search and Destroy. Search and Destroy.」


「――Search and Destroy. Search and Destroy.」


「――Search and Destroy. Search and Destroy.」


「――Search and Destroy. Search and Destroy.」


「――Search and Destroy. Search and Destroy.」


 次第に大鐘楼だいしょうろうのように増えていく言霊。

 それは、亡霊ぼうれいのように辺りを彷徨った。


 無数の瞳がギョロリ。と僕たちを鮮明に映し出す。


「「「敵を発見。排除します」」」


 きっと、その言葉が死闘の合図となったのであろう。

 彼女の外套を纏ったアプリロイドの頭髪が紅蓮のように燃え上がった。

 それは、時に大蛇へと変貌すると、僕たちに牙を剥いた。


「――『発火能力パイロキネシス』か!」


 ――発火能力パイロキネシス


 『超能力PSI』の一種であり、主に火を発生させることができると言われている。


 この世界は魔法を主な基盤としている。

 無詠唱で膨大なここまでの炎を操るとなると、それは最早――超能力PSI以外あり得ない。


「何なのだ!それは!?」


 彼女は切羽詰まったような表情を僕へと向ける。


「炎を操る魔法使いみたいなものです、よ!」


 僕たちは互いに呼吸を合わせると、上空へ向けて一直線。

 綺麗な孤を描きジャンプをした。

 しかし、炎は僕たちを諦めていなかったらしい。

 軌道を変えると、僕たちに向かって襲い掛かった。


「――ダラァ!」


 僕は宙を蹴ると、炎へ猪突猛進。

 迫る炎を切裂く。

 炎は切断面を恨めしそうに覗かせていた。


「――イツカ!殺すな!」


「えぇ……!僕もこんな所で大罪を背負うつもりはありません、よ!」


 僕は炎を操るアプリロイドの背後を取った。

 つもりだった。

 だが、そのアプリロイドは僕の動きを予測していたのだろう。

 でなければ、こんな真似不可能なはずだ。


 その背中から不死鳥の如く炎の翼が舞い散った。


 僕は咽返るような熱気に堪らず、上空へと逃げた。

 そんな、僕を追いかけて、そのアプリロイドが迫る。


 彼女はすかさず、そのアプリロイドと僕の狭間へと舞い降りたった。

 そして、腰に添えた剣を一閃。

 真横に斬り裂いた。

 それだけで、崩れそうになるダンジョン。

 けれど、そんな彼女の動きなど――無意味。

 羽ばたくアプリロイドは炎を変質させ、その刃の切っ先を受け止めていた。


「……ほう?私たちの動きなど、疾うに予測済みか?」


 アプリロイドは無音で業火と化した刃で彼女を切裂いた。

 彼女の頬は僅かな火傷を負っていた。


「――師匠!」


「――構うな!軽傷に過ぎん!」


 彼女は炎をものともせず、直進すると、そのアプリロイドに峰内ちを仕掛けた。

 しかし、その攻撃をあっさりと躱すアプリロイド。

 反対にそのアプリロイドが刃を縦に振るう。

 そんな致命の一撃を彼女は剣の腹で逸らすと、カウンターを決めた。

 アプリロイドの綺麗な鼻梁びりょうから、微かな鮮血が散っていた。


「――加勢します!」


 流石に一対二では不利だと感じたのか、そのアプリロイドは無数のアプリロイドの影へと下がってしまった。


「――師匠!これじゃ、防戦一方ですよ!?」


「うむ!分かっている!」


「何か、対策はないんですか!」


「最早、このダンジョンを破壊する他ない!」


 あら、そうですか……。

 ッて――やばくない?


「――そしたら、僕たちの退路もなくなりません!?」


「何とかなる!」


 何なのですか!?

 その根拠のない自信はどこからやってくるの!?


 無数のアプリロイドが津波のように僕たちへ押し寄せる。


 正しく、人の欲望とは、底知れない悪夢である。


「――師匠!」


「――下がっていろ!イツカ!」


 僕は素直に彼女から距離を開けると、その行く末を見届けた。


「――天に輝く鳴神と共に、散れ」


 たったそれだけの詠唱。

 莫大な魔力が彼女を中心に零れた。


 瞬く間に閃光は場を包むと、全体を飲み込んだ。


「……すまない。私たちも生きねばならぬのだ」


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