第2話 沈む意識




 学校に着くや否や、僕は校舎裏に呼び出された。


「――あのぅ……“浦松うらまつ”君?」


 蒼く染めた髪が時に、怒髪天どはつてんくように揺らめいてみせる。


「――黙っていろ」


「……ひゃい!」


 無言の圧が凄まじかった。


 どうやら、今日も過酷かこくな日常が始まるらしい。

 だって、浦松君の右手には黄金に輝くようなバットが握られていたから。

 それで、僕の頭を殴るつもりなのだろうか?

 ……勘弁してもらいたいものだ。

 それは最早、狂気の沙汰さたである。


「――は、離せよ!」


 そんな、僕以外に特別ゲストが一名。

 よく浦松君とつるんでいる所謂、いじめっ子グループに所属する――女子。

 如何にもギャルといった雰囲気をかもし出す“高野たかの”さんが、両手を手錠のような縄で縛られていた。


「離したら、先公にチクるか、逃げ出したりするだろう?」


「逃げたりしねーよ!それに、あたしは何もしていない!」




「――嘘つき――ッ!」




 小豆色の髪をした“三浦みうら”さんの目が思わず三角になる。


「あたしの彼氏を寝取ったくせに何を言っているの!?」


「あ、あれはその流れというか、つい……?」


「つい!?ふざけんなよ!テメェ!

 それだけで済む程、状況は甘くねぇーんだよ!」


 三浦さんが高野さんの頬をパチン――ッ。

 それでも、高野さんの瞳はまるで叛逆者はんんぎゃくしゃのようにたぎっていた。


「何だよ!その反抗的な瞳は!?」


 三浦さんは高野さん髪を引き摺り回すと、その場に押し倒した。


 見ていられないね。

 ここまで仲間内で争うとか……。

 まるでバカ丸出しだ。

 それに、姦しい。


「――おい!」


 僕は現実世界へ引き戻される。


「――な、何かな?」


「『――な、何かな?』じゃあ、ねぇーんだよ!お前もよく見るんだよ!ほら!」


 そう言って、僕の頭蓋は如何にもヤンキーといった風貌の“堤下つつみした”君に掴まれた。

 若干引き気味ではあるが、彼女たちの行く末を僕は見つめ続けた。


「当然の報いだね。愛梨あいりも俺たちに楯突くなんて、馬鹿げているとしか思えない」


 白狼のような頭髪をした“中山なかやま”君が邪魔だと言わないばかりに高野さんの脇腹を蹴った。


 ……えぐっ!

 容赦なし、じゃん。


「あーもう、どうでもいいや

 彼氏もボコしたし、後はアンタ等で好きにやっていいよ?」


 三浦さんはおもむろに高野さんの上から引くと、その顔面に向けて唾を掛けた。

 尚、高野さんの瞳からは叛逆者のような意思が途切れることはなかった。


「――というわけだ」


「な、何が?」


 浦松君はバットを僕に握らせた。


「――お前がやれ」


「――ほえ?」


「『――ほえ?』じゃあ、ないんだ。早くやれ」


「いや、僕が!?無理、無理、無理だって!」


「はぁ?何、寝ぼけたこと言っている?

 お前が愛梨の顔面をぐちゃぐちゃにするまで終わらないぞ?」


「――ちょっと、待って!待ってよ!それって傷害じゃん!」


 浦松君はまるで家畜でも見下ろすような瞳で僕を見下した。


「それのどこに問題ある?」


「問題大ありだよ!君たちが――」


 有無を問わず、僕の顔面に中山君の鉄拳が振り下ろされる。


「クズがッ!テメェは俺たちの言うことだけを聞いてりゃ、良いんだよ!」


「聞きます!聞きますけど!ただ、やり過ぎじゃないですか!?」


 僕の顔面がまたもや血飛沫を噴いた。


 僕は切れた口内を押さえつけると、思わず中山君を睨みつけた。


「埒が明かねぇ……。おい浦松、堤下!俺がやってもいいよな?」


「……おい、俺たちの目的を忘れたのか?

 俺たちは愛梨に最大の――屈辱を与えること。

 それが、コイツが犯した過ちに対する俺たちの法だ」


 無茶苦茶だ!

 何が、法だ!

 そんな理由で女子を慰め物にしていいと!?

 馬鹿げている。


 僕は無意識の内に憤りに駆られた。

 けど、僕一人の力じゃあ、どうしようもできないことなど分かっているつもりだ。

 それに、これは高野さんが招いた自滅行為である。

 果たして、身を挺してまで彼女を救う必要があるのか?


 僕は良心の呵責に責められた。

 そんな僕に対し、高野さんは思わず嗚咽を漏らす。


「……助けて!ねぇ……助けてよ……!」


 先程と打って変わって、高野さんは瞳から涙を零していた




 ――彼女は言った。


『誰かを助けることに理由がいるのか?』




 ――彼女?

 誰だっけ?

 思い出せない……、や。


 でも、真直ぐで良い言葉だと想った。

 唐突に頭に浮かんだ言葉だが、悪くないと想った。


 僕は高野さんに近づくや否や、無言で縄を解いた。

 しばし、静寂が辺りを包む。

 まるで、僕の行為を祝福してくれるかのように風は穏やかだった。


「逃げて。此処から一番遠くまで……。

 僕のことは……、気にしなくていいから!」


「お、お前……!」


 高野さんの光彩が極限まで見開かれる。


「――おい、お前!何、勝手なこと――」


「――うるせー!クズ共が――ッ!」


「――プギャッ!」


 気が付けば、中山君を殴り飛ばしていた。


 誰もが予期せぬかった事態。

 小さな叛逆者による革命だ。


「イツカ!テメェ!」


 我を忘れた堤下君が僕に向かってくる。


 心臓が鳴りやまない。

 緊張のせいか、汗も止まらない。


 そんな僕をさし置いて、堤下君のパンチが迫る。

 そんな鉄拳だが、まるでスローモーション映像でも視ているかのように鈍かった。

 え?これがパンチ?

 何だか、馬鹿にされている気がする。


 僕はすかさず堤下君の間合いに入り込むと、その顎下をただ、殴った。

 それだけで、宙へと浮く堤下君。

 白目き、気絶していた。




「――ほえ?」




『イツカ、貴様に足りないのは勇気だ』


 思考の海の中、僕は――彼女と邂逅かいこうを果たした。


 星屑ほしくずが溢れるような金糸に、人形のような美しい顔立ち。

 体躯たいくはモデルのように鍛えられており、良くも悪くも癖はない。

 その総てが一言で――完璧だった。


 誰なのだろうか?

 この美女は……。


『イツカ。その一歩が大事なのだ。

 行動力こそが、世界を変える』


 師玉のような翡翠ひすいの瞳が交差する。


『救ったのであろう?

 だったら、後悔など抱くな。

 貴様はただ真直ぐと前を見つめ続けろ。

 その先にきっと――』


「――お前!何者だ!」


 浦松君が鬼の如き形相で僕を睨む。


 ……分からない。

 ……分からないよ。


 僕は一体誰で、彼女は一体誰なんだ?

 思い出せない。

 否、シルエットは鮮明に脳裏に浮かぶが、どうしても彼女の肝心な名前が思い出せない。


『イツカ!』


『イツカ!』


『イツカ!』




「――イツカ!

 起きろ!朝だぞ?」




「――ほえ?」


 僕は自分の全身をくまなくチェックした。

 際限なく、いつもと違わぬ情景がそこに佇んでいた


「――あり?師匠……?」


「何だ?」


「ししょう……!

 やっぱり、ししょうだ!」


 僕は思わず彼女に抱き付いた。

 顔を何度も犬のように擦りつける。


「は、離さんか!馬鹿者!」


「師匠だ!師匠だ!ずっと、会いたかった!」


「昨日もずっと一緒にいたではないか!?

 貴様の脳味噌は一体どうなっている!?」


「昨日は昨日じゃないですか!?

 僕は今日、生まれ変わったんですよ!?」


「い、言っている意味がさっぱり分からんのだが……?」


「今日の僕はnewイツカです!

 今日も一日、宜しくお願いします!」


「う、うむ」


 彼女は腑に落ちないといった表情を浮かべていた。


「それより、イツカ。貴様も知っているとは想うが――」


「――ダンジョンですよね!?

 あぁもう!ワクワクするな!

 師匠!早く準備をして、陽が暮れる前にダンジョンに潜りましょう!」


「……あぁ」


 彼女はおももろに頭を抱えた。

 一体、どうしたのだろうか?


「イツカ、貴様のそのテンションはどうした?

 全く、いつも沈んだような顔をしている癖に、今日は晴々としているではないか?」


「僕は師匠の側にずっといられるだけで満足ですよ?」


「な!?」


「あり~?師匠、顔が紅いですよ?」


「ち、違ッ!」


 彼女はブンブン。と顔を横に振った。


「どうしたんですか~?」


「な、何でもない!」


「さいですか」


 僕はニコッ。と満面の笑みを零した。



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