ネックレスとイヤーカフ
本日は二話更新(2/2)
ラスター。悪徳の街。
そこは三つの勢力により成り立つ犯罪都市だ。
都市法では無く、力と金がルールを決め、
街に似つかわしくない白亜の建造物。そこを訪れる者は、余り多くは無い。そこは三大権力の一つ、オルドムング教団の本拠地だからだ。
用も無いのに近づけば、番犬たちにそれなりの対応をされてしまう。
そんな教会に、ローブを纏ったリザードマンがふらり、と現れた。
赤錆色の鱗を持つ、大柄な彼は、その見た目からは想像が付かない程に静かに歩く。
――影からにじみ出る様に。
彼は現れた。
新人の門番が慌てて銃を向ける。リザードマンの手がブレる。引き金が引かれ――るよりも慌てて先輩が止めた。一礼。それで見送られたリザードマンが教会に入って行く。その背後では、詰め物をされたARを持った新人が先輩に怒鳴られていた。死ぬ気か、と。
「……」
それを聞いて、リザードマンは目を細めた。ソレは彼の種族特有の笑顔だった。その分かり難い笑顔を笑顔だと分かってくれる相棒。
そう言う評価を良くされるのはその相棒であって、彼がその評価を受けることは稀だったからだ。
預かり物を軽く弄びながら、彼は中庭に向かう。
この時間、彼女がここに居ることは訊いて居る。
探すまでも無く、彼は彼女を見つけた。
赤い瞳。月の光を編み込んだような銀の髪。褐色の肌をしたダークエルフの聖女。
彼女はもう覚えていないが、彼と彼女はかって同じパーティにいたことがある。
神の器となった彼女は、記憶を喰われた。
だから彼女は彼を知らない。だから彼は言葉を選んで「初めまして」と声を掛けた。
「えと、はじめまして?」
きょとんとした顔。
ベンチに座る彼女は特に何をすることも無く、ひなたぼっこをしていた様だ。平和が似合わない。そう思ったが、ソレを言う必要もない。そう判断した彼は話題を探す様に視線を走らせる。彼女が手癖で弄んでいる黒い髑髏のイヤーカフが目についた。「それは、大事な物?」。見覚えがあった。だから聞いてみた。
「うん。そうなの!」
そうしたら彼女は笑顔を浮かべた。
無邪気な、子供の様な笑顔。燃える死体に、或いは彼の相棒に向けられて居た笑顔だった。
「ここに入れるってことは、知っていると思うんだけど、わたし記憶喪失なの」
勿論、知っている。ソレを示す様に彼は頷いた。
「だけどね、コレが大切な物だってことは覚えてる」
成程、と先を促す。
「これは多分、わたしの好きな人の物だと思う」
正解だ。
「イメージがあるの。その人は、凄く不器用で、凄く強くて、凄く態度が悪い! まるで野良犬みたいにすぐに吠えて噛み付くの」
それも、まぁ、正解だ。――相棒が中指を立てた気がするが、無視して、頷き、先を促す。
「でも時々、優しい。うん、優しかったと思う。わたしの我儘を困った顔で聞いてくれたり、普段はぶっきらぼうだけど、たまには誰かの為にも動いてくれる」
それは――どうだろう?
何だか行動が美化されている様な気がする。――相棒が親指を下に向けた様な気がするが、気のせいだ。何故ならば――
彼は自分勝手で。
彼は口が悪くて。
彼は傲慢で。
割としょうもない生き物なのだ。
「……もしかして、その人と知り合い?」
「どうかな?」。はぐらかす様に言いながら、彼は預かり物を手に取る。
銀の、ネックレス。
「……ぁ」
何の変哲もないその十字架に彼女の視線が吸い寄せられる。
欠けていた。割れていた。砕けていた。銀に血の跡が沁みついていた。ボロボロだった。「渡す様に頼まれた」。彼はそう言って彼女に手渡す。
「――」
震えるようにして受け取った彼女はソレを握りしめ、胸に抱いた。
何かを感じてくれたのだろう。
それでも記憶は戻らないらしい。
これには彼も少しだけ、本当に少しだけ、悲しくなった。
だが、それだけだ。
もっと悲しむべき人物が他に居る以上、その役目を続ける気は無い。「それじゃぁ」。元気でね。言って、ネックレスを抱きしめる彼女に背を向ける。
「待って」
呼び止められる。「?」。何だろう、と振り返ると、慌てた様子で駆け寄って来た彼女が弄んでいたイヤーカフを手渡してきた。
「返しておいて! あ、あと、今度は彼に来て貰っても良いかなっ!」
弾んだ声。弾んだ笑顔。
あぁ、と溜息が漏れた。確かにここにはアイツが居るべきだ。彼はそう思い、うん、と頷き、イヤーカフをポケットに入れた。
手を振る彼女に見送られ中庭を抜けて。
固まる門番の横を通る。
正門のアーチに近づくと、上から、とさっ、と軽い音を立ててサソリ型の
アーチを潜る。潜ってから、彼は手の中のイヤーカフを大きく弾いた。
青空に吸い込まれる様に高く跳ぶイヤーカフ。
彼はその行く末を見ない。
サソリも見ない。
それを一人の男が空中で掴む。掴んで、彼は欠けた耳を隠す様にそのイヤーカフを身に付けた。
「人のモン空に投げるとか何考えてんデスカー?」
「記憶喪失の恋人に会えないヘタレに発言権はない」
「……『ハジメマシテ』とか言われると俺、多分泣くけど、会った方が良い?」
「うん。そうだね。それでも会った方が良いと思うよ」
ふぅん、とデカい溜息を吐き出し、彼は振り返る。
視線の先には男が居た右腕は機械だった。潰れた右目には眼帯をしていた。そんな野良犬の様な目付きをした人間の男が居た。
「元気そうだったよ。記憶は戻って無かったけど」
「そうかよ」
それなら良かった。はにかむような笑顔。「……」。コイツが浮かべると気持ちが悪いな。彼はそう思った。
「今度は来て欲しいって」
「誰に?」
指を指す。嫌そうな顔をされた。
何と言うか、この相棒はこの方面だと――手が掛かる。
「このヘタレ」
そう言って彼は――ガララは、目を細めて笑った。
あとがき
リコルート(ガララルート)
どっちがヒロインだか解んねぇな、これ! そんな気分。
この後、リコの記憶が戻るのか、戻らなくて新しくケイジと出会うのか、その辺は……どうなるんでしょうね?
当初(去年末に書いた分)だとケイジとガララがガチの殺し合い(愛)をして、片方が死んでました。南無。でもちょっと実家で犬を撫でてたら、「これ、あんまりすっきりしねぇな?」と悟ったので、急遽、書き直し。プロットから練り直し。悲惨。それでも何とかゴールまでこれました。
そんな訳で「銃と魔法とポストアポカリプス。」は完結です。なのです!
え? これ需要あんの? いや、えぇねん。俺が読みたいねん。そういう気分やねん。
そんな感じで書き始めた本作ですが、思った以上に多くの人に楽しんで貰えて嬉しかったです。
皆さんのブクマ、評価、感想、レビューが何よりの励みでした! 本当にありがとうございます!
一応、ケイジのお話はこれで一区切りです。
続きを書くなら十年近く経過させて、ラスターの揉め事処理屋を営む二人を書きたいな、と。野戦服をスーツに代えて、ケイジに無精髭を生やしてクライムファンタジーを前面に押し出した感じにしようかな? と。そんなことを考えています。
いますがっ!
次の作品はDoggyの新作なのです。若しくは書籍版なのです。
有り難いことに書籍化のチャンスを頂いたので、許して下さい。
Doggyに限らず、また別の物語を上げた際にもお付き合い頂ければ嬉しいです。
あ、レサト日記は早くても四月以降になります。
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