彼女の笑顔を思い浮かべた……

本日は二話更新(1/2)







「参った。ガララ達の負けだ。アンナ、止めて」


 指の動きよりも音の方が速かった。

 いや、それを判断してくれたガララが速かった。だからケイジは助かった。アンナの指が止まる。


「あら? 殺す気で来ておいて、不利になったらそれは――かっこ悪くないかしら?」

「損失の補償もするし、聞ける範囲での交渉にも応じる。ガララ達の負けだ。ね、ケイジ?」


 見ればゼンの後ろでガララが、ヒナタの後ろでレサトが両手と両鋏を上に向けていた。一見、ケイジの助命を願う感動的なシーンに見えなくも無いが……


「……ヘィ。さっさと仕留めて援護に入れば良かったんじゃないですかね?」

「そうかもね。でもそれはギャンブルだ。ケイジが死ぬ可能性が高い。それにガララは兎も角レサトは――」


 しゃっか、とレサトが鋏を交差させて×を造っていた。

 ケイジは殺す気だった。

 ガララはちょっと良く分からな――いや、ゼンが無傷なのを見ると、やる気がある様に見せ掛けて置いて――だろう。

 そしてレサトには最初からる気も、やる気も無かった。

 そう言うことだ。引けそうなポイントが有ったので、さっさと降参サレンダーを決め込んでしまった。「……」。マジかよ。糞じゃねぇか。敵しか居ねぇ。


「それで――」


 軽く咳払いをして、注目を集めながらアンナ。握ったリボルバーを少し動かし、強調することも忘れない。


「どうするの、ケイジ? ガララとレサトは降参。武器も捨てているわ。拾うよりも早くあたしは引き金を引けると思うのだけれど――」


 ――試してみる?


 紅い瞳と深い緑の瞳は仔猫の様に挑発的な色を纏っていた。


「……」


 RMDを打てば勝ち筋は造れる。

 問題は打つ隙が無いと言うことだ。


「……右手、どうしたんだよ?」

「リコが抜けた時に、換えたわ。壁が抜かれた場合、狙われるのは神官あたしだから、近づいて仕留めようとした連中への対策よ。一発撃ったら充填しないとダメだけど……良い手でしょ?」

「あぁ、種が割れれば糞だが、初見はきちぃな」


 特に前のテメェを知ってるとな、とケイジ。


「……」

「……」


 会話で時間を稼いでみた。特に事態は変わらない。ビルの下からクルイ達が来る気配はない。通信コールで呼ぶ。それが逆転の一手になる様な気もするが、屋上に他の人物が踏み込んだ瞬間に自分は撃ち殺されるだろう。それを確信できる程度にはアンナは殺気を持ってケイジに接している。


「擦れちまったな、お嬢ちゃんジュリエッタ。俺は前のテメェの方が好きだぜ?」

「そう、残念ね。そのセリフ、リコを選ぶ前に聞かせてくれて居ればあたしも可愛いままで居られたわ」

「手遅れかぃ?」

「どうかしら? このまま引き金を引けると言う意味でならあたしも、アンタも、手遅れよ」

「……俺もかよ?」


 思わず。疑問を口にする。アンナがワルイコになってしまったのは分かる。だが、別にケイジは前から変わっていない。何も手遅れになって居ない。そのはずだ。


「そう、アンタもよ。アンタはあたしを怒らせた。ケイジ、どうしてリコを見捨てたの・・・・・・・・?」

「……」


 答えに窮するケイジ。反射的に助けてくれそうな信頼できる仲間、ガララに視線を送った。はん、と鼻息だけが返って来た。コレに関してはガララもそっち側らしい。


「リコが決めたことだ。アイツの人生に口出しできる程、俺は偉くねぇ」

「あたしの人生には手まで出して助けてくれたのに?」

「……状況が、違うだろうがよ」


 檻の中のアンナを思い出す。下卑た笑いを浮かべる村長を思い出す。

 アンナは無理矢理捻じ曲げられそうになって居た。だから手を伸ばした。

 リコは違う。

 成程。都市神おろし。オルドムングをおろしたリコは最悪で死、良くて壊れるだろう。

 だがリコはそれを理解して、役目だと認識している。自分からそちらに歩いている。


「他人の人生テーマに口を出す? 止めとけ止めとけ、ソイツぁ流石に臭すぎる」

「それ、本音?」

「当たりめぇだろーがよ。今回に限っちゃ種の、ダークエルフの悲願だぜ? 他種族やヴァッヘンから見たらこれ以上ない糞だったとしても――」

「種の生存に関わることである以上、正義も悪も無い? そう言うのは良いの。ケイジ、良い? そう言うのはどうでも良いの・・・・・・・。アンタ、リコを抱いたんでしょ?」

「……井戸に向かって叫んだ覚えはねぇんですけど?」

「王様の耳が何か何て知らないわ。リコが嬉しそうに教えてくれた後、悲しそうにアンタのことをよろしくって言われただけよ」

「……」


 極秘作戦前にあの聖女様は何をしているのだろう? 少しそんなことを思った。


「あたし、中古品って嫌いなの。特に惚れた女の子一人守ろうと出来ない奴とか最悪」

「……良いことを教えてやるぜ、お嬢ちゃん。ローンレンジャーは居ねぇんだよ、ありゃフィクションだ。クリスマスのサンタクロースのお友達さ。その年でイブに靴下提げてるわけじゃねぇだろ?」

「知ってるわ。そろそろイブの夜に一人で寝るのが嫌になってくる年だもの。アンタをベッドに入れておくのも素敵だと思った時期もあったけど――今のアンタは要らない」

「そうかぃ。残念だ。呼んでくれりゃイクのも悪くないと思ってたんだがなぁ。……それで? 要らない俺をどうするよ、アンナ?」


 撃つか? 撃ち殺すか?

 笑ってケイジは額を前に出す。ごりりと銃口に額を擦り付ける。

 それを。

 それを、アンナは――


「……」


 酷く冷めた目で見降ろした後、銃口を引いた。


「……良いのかよ?」

「良いわ。マグレ勝ちだもの。ジャックが相手だったって言えばあたし達ディスカードが退く理由には十分。あ、でも追撃は止めてね? 死にたくは無いの」

「――いや、」


 そうではなく、とケイジ。


 ――怒ってたんじゃねぇの?


「……」


 ぴき、とアンナのこめかみに青筋が浮かんだ。頭突きを噛まされる。鉢がねを付けているケイジはノーダメージだ。「~~~」。痛みでアンナの眼に涙が浮かんでいた。それでも真剣な眼でアンナはケイジを射抜く。その眼を見て、――あぁ、そういや。と、ケイジは思い出す。アンナは一つだけだが年上だ。だから姉の様に、ケイジに接する。ダメな弟を諭す様に言う。


「サンタクロースもローンレンジャーも居ないのは分かったわ。だから――アンタの人生テーマを聴かせてみななさい」


 すっ、と離れる。

 すっ、とアンナがケイジの左手を取る。その手の甲を頬に当てる。柔らかい。暖かい。アンナの体温で血が温められる。そのまま彼女は言う。

 それは、何時か、何処かの、オープンカフェでされたことの焼き増しの様だった。


「勝利を信じてるわ――あたしのヒーロー」


 唇。

 手の甲に、触れる様に。

 別れのキス。






 ディスカードの居なくなった屋上でケイジはゆっくりと電子タバコを吹かした。

 煙を空に吐き出す。ぽっかりと輪を造った。

 レサトはソレを見て、楽しそう。


「……」


 ガララは何も言うことなく、壁にもたれ掛かっていた。


「……ディスカードのこと、ケージ達に言わないとダメじゃない?」

「もう言っといた。『昔のツレだ。話は付けた。ご退場して下さるそうだから手ぇだすな』って通信コール飛ばしといたぜ」


「そう」と、そっけなくガララは言って、続ける。「それじゃあと五分だね」。さっさと結論をだせ、と。


「……一昨日なら、まぁ、間に合った」

「だろうね」

「今から行ってもぶっちゃけ手遅れだ」

「動かなかったツケだね。……どれくらい」

「良くて五分五分だなぁー」

「彼女の死を胸に生きて行くダークヒーローって言うのもカッコイイけれども、ケイジ、貴方にはあまり似合わないよ」


 手を差し出される。そこに電子タバコを乗せてやる。ガララは吸って、咽て、眉根を寄せて返してきた。

 好奇心で吸って見たが、お気に召さなかったらしい。苦笑い。浮かべて、思い切り肺に煙を入れる。強化兵用のリキッドはそれだけでケイジの身体を癒してくれる。


「あそこまで女の子にして貰えるのは男として幸せだと思うよ?」

「ま、そうだな」


 ぐっ、と膝に力を入れて立ち上がって、尻を叩く。何となく、左手の手の甲は見ない様にしてしまった。


「……けどよリコが選んだ道だぜ?」

「ケイジが選んだ訳では無いでしょ?」

「ちげぇねぇ」

蛮賊バンデットらしく行ったら?」

「ラブ&ピース?」

「ラブ&ピース」


 言って、くくっ、と笑う。笑ってから、ケイジは顔を上げる。


「……ここまで来ちまうと……儀式に成功して貰うのが都合が良い」

「成功するんじゃないの?」

「戦後のこと考えると皇国とオーク共は半端な都市神の方が都合が良いんだよ。だからリコの居る中心にちょっかいだして来る可能性がたけぇ」


 だから俺はそっちに行く、とケイジ


「そう」


 それで、ガララは? と、当然の様に手を貸すというガララ。


「ここの防衛。オーククルイ皇国ケージに気ぃ付けてくれ。ここも要だ。……あぁ、シューゴには話付けといた」

「分かった。任せて」


 言って、ガララが右手を掲げる。


 ――ファイブ・ミー。


 その手に合わせる様に掌をぶつけ、ガララは階段に、ケイジは屋上にぶら下がったままのロープに向かう。

 その途中。ケイジが止まって振り返る。


「――ガララ」

「何?」

「テメェの勝利だけを信じてるぜぇ」


 言うだけ言って、ほなさいなら。

 ぷらぷらと手を振って、ケイジは屋上から飛び降りた。






 当然、リコは教団の要だ。

 神おろしの場には教団の腕利きが集まっていた。

 だから耐えられていた。


「……」


 転がる皇国の武士と、教団の教会騎士と、オーク軍。共通点としては少数精鋭の特殊部隊。そんな所だろう。後は全部が全部、終わっていた。

 三種類の死体が転がる激戦区の名残にケイジが踏み込んだ時、ソイツは儀式の邪魔をすることなく、せっせと洗濯ばさみで死体を笑顔にしていた。

 壊れている。

 だが、それのお陰で間に合った。

 舞台もケイジ向きだ。

 多数を相手にするよりも一対一の方が有り難い。


「楽しそうだな、イカレ野郎?」


 視界は既に半分になって居る。

 首筋から撃ち込んだRMDはケイジを起動させ、右目を赤く染めていた。

 両手でRMDのアンプルを弄びながらでケイジは忙しそうなソイツに声を掛けた。


「――、」


 ぴたっ、と止まり。ソイツがケイジを見る。ラフメイカー。仮面を被ったソイツは、作り立ての“笑顔”をケイジに見せてきた。首だけ持ち上げられた死体から変な音がした。首が伸びた。それでも無理矢理つくられた笑顔は崩れない。それが酷く滑稽だ。「にぃー……」。そんな言葉が聞こえて来た。「……」。ケイジはガリガリと頭を掻く。


「ヤァ、良いね? 芸術アートって奴だろ? そのまま遊んでいちゃくれねぇかな?」

「……」


 無言。死体を捨て、ラフメイカーが構える。左手に盾、右にはナックルガード付きのSMG。やる気だ。「……」。大き目の溜息が出た。

 ケイジは人だ。まだ人だ。

 ラフメイカーは獣だ。既に獣だ。

 強化兵。その完成度はケイジの方が高い。作戦を理解できる。周りとのコンビネーションも行える。態々味方を殺す様な真似もしない。

 だが、性能はラフメイカーの方が上だ。

 削れて、崩れて、壊れる。

 現在進行形で人から落ちているであろう欠陥兵器はソレでもケイジよりも速くて、強いのだ。


「……」


 だからケイジもそこに並ぶ必要がある。

 これはツケだ。

 リコを見捨てようとしたツケだ。

 その癖、今更助けようとしているツケだ。


 戻ってこれるか分からない。だから左手の甲を意識した。屋上で吸った煙草の味を思い出した。尻尾を回すサソリを、引き攣った笑いを浮かべる鹿を、SGを弄るドワーフを、エルフの魔術師を、頼りになるメンターを、狼の先輩を、酒場のウェイトレスと、オカマを――会った人を思い出した。


 RMD。二本。手首に打ち込み、拳を強く握る。薬液が血管を駆ける。びき、と血管が軋む。肉が鳴く。堪え得かねて右目の眼球が破裂する。痛みはない。何かが流れる感触だけがあった。多分、血だ。手で拭う。無事な左目でみる。やはり血だった。右目が終わった。それを理解した。死が、近くなる。それを感じた。

 だから。

 だから最後に――


「――強襲アングリフ


 彼女リコの笑顔を、思い浮かべた。

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