V.S ディスカード

 前に出るケイジに合わせる様に相手側から大型の自律戦車が前に出た。

 クマを模したソイツは手甲を嵌めた両腕を地に付け、轟音を纏いながら突っ込んでくる。

 猪突戦ブル

 ソイツがお望みなのだろう。付き合う義理は無い。無いが――良い。こちらもそう言う気分だ。乗ってやろう。「……」。ぎちっ、と鋼の右が音を立てる。強襲アングリフで加熱して、加速した血はケイジに強化兵としての性能を発揮することを許す。炸裂した右手の杭が熊の右目を穿つ。杭が熊の眼から入って頭に抜けた。それだけだ。止まらない。体当たりを喰らう――のを嫌って自分から後ろに飛んだ。

 熊が立ち上がり、ケイジの視線からディスカードの面々を隠した。

 小型化、軽量化がされたレサトよりもスペースに余裕があるのか、余程運が良いのか、杭の一撃は致命には成らなかったらしい。「……」。否。ケイジの眼が良すぎたのも拙かった。生物の弱点である目。そこを狙えてしまったのが返って良く無かった。適当にぶち込んだ方が重要な器官に当たったかもしれない。メインカメラの片方がやられただけだ! とでも言いたげに立ち上がる熊は元気いっぱいだ。


「……」


 右前、右後ろ、後ろ、左前。

 と、ととと。軽いステップを踏んで線をずらすケイジに合わせて巨体が滑る。足元がローラーになっている。一応の整備がされている屋上だと、熊の方が速い。抜けない。


「ヘィ、クマさん、クマさん、可愛いクマさん。撫でて・・・欲しいのかぃ?」


 左にゴブルバーを、鋼の右を握って開いて、犬歯を見せる様に笑いながらケイジ。

 レサトと同じ様に音声での応答が出来ないタイプなのだろう。熊は無言で両手を広げて背後のアンナ達を庇ってみせた。


「……」


 仕事をきっちりこなしている。イイコだ。そう思う。ポラリス。確かそんな名前だったはずだ。レサトが可愛がっている後輩はしっかりとチームの一員として機能している。壁役タンク。それだろう。遠距離戦を得意とするディスカードにとっては要だ。ラスターに来れる位には経験を積んで居る。

 だが来られるだけだ。

 ひゅぉ、と鋭い呼吸はケイジから。踏み込みと同時に右で残った目を潰して、左で膝関節を打ち抜く。自律戦車オートタンクには呪印が無い。素で硬いが、場所を選べば熟練の騎士ナイトよりも遥かに壊しやすい。

 そしてケイジは近距離戦闘インファイトで熟練の騎士ナイトを屠る業を持って居る。二点同時攻撃。一回目で目と膝を壊した。二回目で残った膝と左腕を吹き飛ばした。三回目で止めを刺そうとした所に、銃声が響いた。

 ポラリスを迂回して曲がった弾丸がケイジに迫る。

 スポット・バースト・ショット。

 三発の銃声が重なって一発に聞こえる程の絶技。それを死角から叩き込まれたのなら大抵は終わるだろう。だがヴァイパーで曲げたのが拙かった。少しだけ落ちた速度ではケイジを抜くことは出来ない。右腕がブレる。三発の弾丸を中空で掴み、潰す。ポラリスが耐え切れずに崩れた。ケイジの視界が開く。腰だめにシングルアクションリボルバーを構えた鹿、ロイが見えた。腕を上げたじゃねぇか? ニヤリと笑うケイジにロイが引き攣った様な笑みを返す。

 結果的にポラリスは助かった。止めを刺される前に道を開けたので、ケイジは興味をなくした。壁が無くなった。それなら壁をいたぶる趣味は無い。

 踏み込みは力強く。

 躰は弾丸を模す様に。

 一直線にケイジが獲物を狙う。開き気味の瞳孔と、吊り上がった口角に愉悦を滲ませ、ケイジが跳ぶ。位置確認。こちらを向いているのはロイとアンナ。ゼンが少しこちらを意識しているが、視線はエレベーターに向いている。ヒナタもだ。拙いな。そう思う。


『ガララ、エレベーター狙われてるぜ』

『大丈夫。気にしないで』


 そうは言われても。

 そう思うが、ガララを信じる。ゼンとヒナタは任せる。もう怖いのはロイだけだ。ソレを黙らせればアンナは怖くない。ついでに、酷い話ではあるがロイは――りやすい。

 その自覚は向こうににもあるのだろう。ロイが浮かべる引き攣った様な笑いの中には明らかな恐怖があった。無視。気にしない。噛み砕く。そう決めた。

 グラスホッパーが一発、横からのヴァイパーが二発。思ず目を細める。本当に上手く成ってやがんな。そう思う。ファニング。ブレる左手がハンマーを煽る。死にスキルと化したはズのソレを今のロイは使いこなしていた。

 ゲット・オフ・スリーショット。

 同時に放たれた三発の弾丸が異なる軌跡を描いてケイジに迫る。

 掴めない。防げない。だから躱せ。

 一歩。右。ブレーキ。残した左足が地面に付くと同時、ソレを軸にピポットターン。一歩分の後退で三発の弾丸をやり過ごす。

 ひった右足のバネを溜める。解放する。跳ぶ。ロイが自動拳銃に手を伸ばすのが見える。知らねぇ。死ね。右の杭を射出。ロイが仰け反る。遅れた角が折れた。痛覚神経はどうなってんだったかな? ちょっと良く分からない。分からないが、ロイはそのまま倒れた。殺せる。取れる。どうすっかな? 取り敢えず、腹を踏みつけ、ゴブルバーを両腕に撃ち込む。呪印を抜いて、肉を裂いて、骨を貫いて、血が噴き出した。所詮は魔銃使い《バッドガンナー》。呪印は脆い。無力化の完了だ。一瞬、顔を見た。へ、と笑い。諦めた。だから許して下さい。そんなメッセージをそこに見た。見た? 本当か? そう思いたいだけじゃねぇの? そんな思考がケイジを揺らす。

 そこに追撃。更に思考が揺れる。エレベーターが到着すると同時、ゼンの周囲に漂っていた火球がドアに叩き込まれる。ヒナタが狙う場所を指示する。天井付近。魔女種の魔眼は天井に張り付いてやり過ごそうとしていた生命反応を蹂躙する。


『ガラっ――』

『大丈夫』


 食い気味の通信コール。それが強がりでないことを証明する様に、エレベーターの爆発で中身の首が飛んできた。知らない生首だった。囮。それだろう。火球を半分以上使ったゼンと、エレベータ越しに中を見ることに集中していたヒナタはソレに気が付かない。気が付かないまま、残るケイジに対応しようと振り返った。

 ケイジは見ていた。屋上の縁から壁を登ったリザードマンとサソリが這い上がるのを。戦闘の終わりが見えた。

 笑う。

 笑いそうになる。

 ふっ、身体の力を抜いて、最後の一人、アンナに視線を投げる。


「負けを――」

「認めないわ」

「そうかい」


 説得の言葉を呑み込んだ。何故なら抗戦の意思を確認した。油断も隙もねぇな。そう思う。秘跡サクラメント神官クレリックの秘奥が足元のロイを癒していた。「……」。残弾、一。ゴブルバーの中のソレを再びロイに叩き込み、傷を造る。ゼンとヒナタの背後にはガララとレサトの隠密班が迫り、その手が、鋏が、伸びていた。

 詰みだ。

 ソレを確信したケイジは目の前の赤髪の少女に鋼の右を向ける。殴らず、そっ、と胸に宛がう。撃ち抜く。それで終わりだ。綺麗なまま彼女を終わらせられる。せめてもの情けだ。


「……お触りは有料なんだけど?」

「ヤァ、三途渡りの六文銭だろ? 安心しな。払ってやるよ」


 言って。右手の杭を撃ちこ――


「足りないわ。だから――体で払いなさい・・・・・・・、ケイジ」


 言って、アンナがケイジ右手に触れる。

 紫電、奔る。

 身体が跳ねる。「――がッ」。予想の外側の不意打ち。耐え切れぬ痛み。反射的にケイジの奥歯が軋み、苦悶が漏れる。身体が崩れる。呪印が抜かれる。立て。立てる。立て。ヤバい。立て。早く。立て。間に合わ――


「優しいのね、ケイジ。あたし相手だから優しくしてくれたの?」


 あやす様に、優しくアンナ。

 その右手は。

 その右手首から先は――鋼鉄クローム


「でも殺し合いの場所でそれは駄目よ。切り札カードの切り方、教えてあげましょうか、ボクちゃんプッシー


 膝を付くケイジの眉間にアンナがリボルバーを突き付ける。

 ケイジの眼が――ゆっくりと動く引き金を捉えた。








あとがき

明日、二話同時更新して――

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