V.S ■■■■■■

 ケイジは手の中の金属の感触に意識を傾けていた。

 銀のネックレスだ。

 お守りだよ、とリコに渡されたネックレスだ。それを触り、代わりにイヤーカフを渡した結果、触れるようになった肉の欠けた耳を触り、気を紛らわせる。

 そうでも無いとやってられない。

 時刻は月が真上付近に来る午後と午前の境目。

 昼から始まった連合対ラスターの戦争は一応の落ち着きを取り戻す静かな夜。

 そんな中に――抑えられた嬌声が響いていた。苦悶の中に恥辱を押し殺した様なその声は当事者でなくとも、種を問わずにオスの本能を刺激するのには十分だ。

 そんな訳でケイジ、ガララ、クルイにケージと言う四人は気まずそうにしながら火を囲んでいた。因みにケイジの足の先にはレサトの尻尾がある。好奇心旺盛な年ごろのサソリさんは草むらでナニが行われているのかに興味が有るらしく、そちらに行こうとしたからだ。


「……」


 放すと多分、アンナに怒られる。そんな訳で焚火で炙ったマシュマロとブラックコーヒーと言うとびっきりの贅沢を楽しみながらもケイジは油断なくレサトの尻尾を踏んで動きを封じていた。


「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」


 長い、声。ソレを聞いて「……終わったみたいっすね」。と言ったケージを残りの三人が言うなや、と睨みつける。「……」。眼力に凹まされたケージは無言でマシュマロを齧った。


「ふぅ、いやはや。中々良いな、ダークエルフは!」


 声の聞こえて来た草むらからケイジ達とは別の夜の楽しみ方をしていた大柄な男が出て来た。赤い髪と髭を生やした人間の騎士ナイト。このチームの最後の一人であるシューゴはカチャカチャとバックルを鳴らしながらすっきりとした表情で焚火に寄って来た。背後の草むらから彼に“報酬”として支払われたダークエルフの男児がよろけながら立ち上がるのが見えた。

 ヤバい仕事を受けるのはヤバい奴だ。訳有りのケイジ達やケージを除いた開拓者はシューゴの様な奴等ばかりだった。「……」。うんざりする。それでもまぁ、腕が立つからシューゴはここに居る。


「中々良いな、ダークエルフはっ!」


 再度言いながらシューゴはケイジの肩を叩いた。


「……ヘィ、いてぇよ?」

「貴様が己を無視するからだ。良いよな、ダークエルフ!」

「知らねぇよ、懐くな」


 あっちへ行け、とケイジ。そんなケイジにニヤニヤ笑いながらシューゴが近づく、小さな声で耳打ちをする。


「知らないことは無いだろ? ――喰ったそうじゃないか、聖女を」


 裏拳を叩き込んだ。デコで受けられた。二発目。そのまま手を倒して肘を胸に打ち込んで吹き飛ばした。


「……」


 無言でケイジが肩を回して立ち上がる。


「……ケイジ」

「わぁってる。心配すんな。ちょいとお行儀の良いお口の利き方って奴を教えてやるだけさ」


 それよりマシュマロ、落ちんぞ、とケイジが言えば、それ以上はガララも何かを言う気は無いのか、炙り過ぎて落ちかけていたマシュマロを口に放り込んだ。


「ケイジィ、殺すのは駄目だ、半分、半分だけだ、良いな?」


 クルイも止める気は無いらしく、にやにや笑いながらマグカップを掲げているし、ケージもそんなことよりも飲めないブラックコーヒーをどうにかしたいらしく「兄ちゃん、要らないなら貰うっすよ」とケイジのマシュマロに手を出していた。レサトもいけー! と、鋏を掲げている。三人と一機のリアクションに肩を竦めながらケイジはシューゴに歩み寄る。


「さて、これからテメェにマナーって奴を教えてやるわけだがよ……ヤァ。どんな気分だい? 仲間思いな連中に囲まれた気分ってのはよ?」


 立ちなディッキー、と指をちょいちょいやりながらケイジ。


「悪くはない。それにしても……近接戦闘の授業を希望か、蛮賊バンデット? 生意気な男は好きだ。ふむ? 本当はあと五年は若い方が好みなのだが……どれ、寝技・・の訓練もサービスで付けてやろう」


 起き上がるシューゴ。


「そうかい。そいつぁ楽しみだ」


 ニヤニヤ笑うケイジ。歩いて、近づいて――交差。

 シューゴの右ストレートに合わせる様に回される腕。逸らして、空いた腹にケイジが右を叩き込む。三連。全部、鳩尾に。「――」。無音を吐かせる。下がった頭。その髪を掴み、靴底で腹を蹴り飛ばした。結構な量の髪を毟って吹き飛ばされたシューゴがM字開脚を披露する。


「ヘィ、ミスター? 期待してんだが……授業は何時始まるんだい? それとも、もしかしてもう始まってる? 防御の授業って奴? ヤァ、そいつはエロいな。俺には合いそうにねぇ」

「……」

「立ちな、ベイビィ・・・・蛮賊バンデットのケイジさんのマナー講座だ。終わるころにはテメェも語尾に『ですわ』が付くスカートの似合う立派なレディーになってる・・・・だろうさ」






 まぁ、犬の順位付けの様なモノだ。

 それが無事に終わったので、ケイジは肩をぐるぐる回して焚火に戻って来た。月の傾きは左程変わらない。昼間は響いていた銃声も、夜間と言うことも有り、静かなものだ。

 夜闇に乗じて――そう言う部隊が無いとは思わないが、それもケイジ達には関係が無い。

 本隊とは分かれた強襲部隊。旧時代の地下水道から街へと入りこみ、ポイントを抑えて戦力を分散させて時間を稼ぐ。

 それがケイジ達だ。

 構成としては蛮賊バンデット盗賊シーフ騎士ナイト狩人レンジャー、オーク・パラディンにレサトと言う攻撃に寄った構成だ。盾役も二枚用意されているが、走って掻き回すことを期待されている。


「取り敢えず、一番ごねそうな奴黙らせたから確認するけどよ、小隊名、ジャックで良いな?」


 冷えたコーヒーを煽る様にして飲み干し、空のカップを差し出しながらケイジ。言葉を向けられたケージとクルイは二人で顔を見合わせてから半笑いになった。


「私はマナー講座は間に合っているよ、ケイジィ」

「同じく」


 だからやりません、と両手を上に。

 チーム結成を祝う様に、男の子を慰めていたレサトが万歳をした。


「ヤァ。親御さんの教育が行き届いて居る見てぇで何よりだ。素敵だぜ、ジェントルメン?」


 手間が減って嬉しいぜ、とケイジ。ガララがコーヒーのお代わりを淹れてくれたので、目礼で感謝を伝えて、一口啜る。


「己にもいっぱい貰えんか?」


 背後の暗闇から顔を腫らしたシューゴが、ぬっ、と顔を出した。「……」。無言でケイジが睨んでやれば、勘弁してくれよ、と嫌そうな顔。


「アンタには逆らわんさ、ボス。だから少しは優しくしてくれ」

「ケー。イイコだ。立場を理解している奴は好きだぜ?」


 ご褒美だ、と回復薬ポーションを投げて渡してやる。


「アンタみたいな強い男は組伏しても良いが、それ以上に背中を見ている方が心強いからな」


 だから己はショタコンなのさ、とシューゴ。

 その言葉を証明する様に、受け取った回復薬ポーションを打ちながら貰ったダークエルフの下へ行くシューゴ。男の子は一瞬、怯えた顔をするが、直ぐに何かを諦める様に俯いてしまった。「――」。嗜虐の愉悦にシューゴの口元が緩むのを見て、ケイジは、うぇ、となった。なったが口出しはしない。仕事をしてくれればソレがどんな趣味を持って居る変態でも構わない。それがケイジのスタンスだし、大半の開拓者のスタンスだ。だからガララ達も手を出さない。

 だがレサトは違う。


「っお、おぉ!?」


 上がる驚きの悲鳴。シューゴの足元を狙っての掃射が地面を抉って、土ぼこりを上げる。その先には、それ以上近づいたら分かってんだろうな、おらぁん! とレサトが尻尾と鋏を持ち上げていた。


「ボス、アンタんとこのサソリが……」

「あ? なぁンですかぁ? 我が家の教育方針に文句付ける気ザマスか?」

「ケイジ。ご家庭の教育方針に口を挟むのはマナーがなって居ないとガララは思うよ」

「ヤァ。全くだ。だりぃが補習授業をした方が良いかもしれねぇな、コイツは」

「……分かった。己は先にテントで休ませてもらう」


 そう言って立ち去るシューゴの背中をレサトが威嚇していた。取り敢えずケイジは調子にのるな、と小突いておいた。






 時計の短針が四に、長針が真上に来た。

 この季節の太陽は起きるのが遅い。

 色の変わらない東の空を一瞥してからケイジは振り返る。


「調子はどうだ、野郎共? ハッピー? ヤァ、ソイツは控え目に言っても最高だ」

「……これから入る場所を考えると私はアンハッピーだ」


 少しだけおかしな発音でクルイが嫌そうに言う。オークは鼻が利く。だからその気持ちは分からないでもない。

 入るのは旧時代の地下水道だ。今は使われていない。それでも悪臭はする。そこに住み着いた変異生物の排泄物、食い残し、そしてソレを狩るゴブリンなどの発する匂いが原因だ。


「敵さんもゴブの巣穴と化してる地下水道を通っての奇襲なんざ――まぁ、多分予想はしてるだろうが、道が多くて同時行動だ。俺達の動きが他の強襲部隊へのフォローにもなるし、そのフォローで動いた部隊が俺等のフォローになる」

「……つまり?」

「勤労っーのはだりぃが褒められるモンだぜ?」


 諦めろ、ケイジが肩を竦めるとクルイはこれ見よがしに大きなため息を吐き出すと、ガスマスクを被った。オーク・パラディンのはずだがとてもそうは見えない。ん、とそのクルイが顎をしゃくった。


「ケー。そんじゃ先頭はケージ、レサト、真ん中にガララとシューゴ置いて俺とクルイはケツでも眺めさせて貰うぜ」

「ケツか。良ければ……変わるぞ?」

「……良くねぇから変わらねぇ」


 っーかテメェの好みのケツはここにはねぇ、とシューゴを軽く蹴り飛ばす。残念だ、と進むシューゴ。そんな彼の頭が蓋を取り外したマンホールに消えていくのを確認して、後に続く。事前の資料通り、横に二人並べる程の広さはある様だ。肩がぶつかることも無い。「――」。ゆらり、と揺れたガララの尻尾がケイジの足に当たった。


「……ごめん」

「良いさ。……どうだい、索敵班?」

「居るね。探査エコーに引っ掛かっているよ。正面、パイプかな? その影に二匹、待ち伏せだね」

「……ケージ?」

目視タリホー

「ケー……レサト天井伝って先行、準備ができたら落下と同時にケージが狙撃」

「……狙撃っすか……」

「見えてんだろ?」

「見えてはいますがぁー」


 シンドイのですがぁー、そんな泣き言を漏らすケージの眼は暗闇を見通す呪文スペル梟の眼オウル・アイの影響か、ちょっとしたホラーみたいになって居た。和製の方だ。人の形のまま、少しだけ外した不気味さは薄暗闇で見ると中々に背中にクルものがある。


「助けてやりてぇが、足元が見えねぇ。ライト付けるか? そうすると乱戦だぜ?」

「……ヤ。了解です、弟は兄ちゃんの言うこと聞くもんっすしね……」

「良い子だベイビィ。ご褒美に欲しいのはキャンディーか?」


 ケージの笑う気配が暗闇の中に生まれる。

 数秒。落下音と発砲音。

 暗殺に向いた自律戦車と狩人レンジャーは叫び声を上げさせることなく、二つの命を摘み取って見せた。






 ヴルツェ街道にいる奴とは比べる迄も無い。

 同様に、王国軍ラウンズとも比べる迄も無い。

 それが地下水道に住むゴブリン達だった。人が来て、狩れそうなら狩る。無理なら逃げる。時折、ラスターに出て酔っ払いに路上で眠ることの危険性を教える慈善活動をやったりしているが、基本、そこまで地下水道のゴブリンは強くない。生き残っているのは一重に人は通り難く、彼等にとってはそうではないパイプの中に逃げ込んでいるからだ。

 ケイジの右ミドルがそんなパイプに逃げ込もうとしていたゴブの横腹を刈り取った。

 吹き飛び、落下。荒れたコンクリの上を滑ったゴブリンはケイジを睨みつけ――突き付けられたSGの冷たさに固まった。


「レサト行かせるつもりだったけどよ、コイツにしようぜ」


 人の言葉が分からないそのゴブにはその死刑宣告は理解できない。だが、その言葉を理解できたクルイとシューゴと言う前衛二人はケイジの言葉の無い『やれ』の指示にゴブを取り押さえ縛り上げた。


「クルイ。テメェ、ゴブ語行ける?」

「……多少は」

「ヘィ、ガララ? インテリって奴はどうしてこうもかっこよく見えるのかね?」

「ほんとそう。ガララが女の子だったら惚れていたよ」

「ヤァ、全くだ。俺に妹が居たら是非ファックしてやって欲しいモンだぜ」

「……私は見え透いた世辞は必要としていない」

「そんじゃ率直に『俺等の言うこと聞きゃ殺さねぇ』ってそこのチビちゃんに言ってやってくれや」

「分かった」


 ぎゃいぎゃい、ぎぃぎぃ、と鳴き声の様な会話が行われる。不審を目に讃えたまま、それでもゴブリンは納得したのか、大人しくなった。

 歩くこと更に数十分。地図とにらめっこをしていたケイジが「……うん」と呟いた。


「パーティ会場に付いたぜシンデレラ?」

「うわぃ。兄ちゃん、オレのドレス泥まみれなんすけど?」

「何だ? それでも君は宝石の様だヨ、とか言って欲しいのか?」

「……吐きそう」


 辛い、とケージ。失敬な、とケイジ。


「っーか俺達はいいとこ、かばちゃの馬車だ。ヒロインは――」


 く、と顎で指し示す先にはシューゴ……に担がれたゴブが居た。視線を向けられたゴブは不安そうに周囲を見渡す。彼にとっては敵しかいないので、助けの手は差し伸べられない。


「クルイ、通訳『ゴールはあそこだ』って教えてやってくれ」


 上。梯子の先にあるマンホールの蓋を指差しながらケイジ。「心得た」とクルイはまたぎゃぁぎゃいと鳴き出す。言葉は通じたらしい。縄を解かれたゴブリンはゆっくりと梯子に手を掛けてから振り返った。「――」。無言で、無音。冷たい殺気を滲ませて五人と一機がそれぞれの銃を構えた。


 ――下がれば、殺す。


 そんな種も、言葉の壁も越える心に響くメッセージ。

 ラブソングを歌えば大ヒットにでもなりそうな表現力を発揮するケイジ達に促され、ゴブリンは梯子を昇って行く。小さな手が蓋に掛かり、ゆっくりと押し上げ、ずらす。光が入り込んだ。「……」。ケイジは嫌そうにその光に目を細めた。目的地は地下の浄水施設のはずだ。電気は通っておらず、地下なので日の光も届かない。そもそもまだ時刻は朝の六時前。寝起きの太陽にここまでの光量は無い。待ち伏せ。それだろう。


『クルイ』


 通信コールを用いての指示に、クルイが梯子を背負う様にして立つ。足元に寄って来たレサトにSGをとバッグを渡して身軽になったケイジは軽くリズムを刻む様に、身体を解す様にステップを踏んだ。

 ゴブリンがマンホールの蓋を弾く様にして開けて、一気に登り切り、ケイジ達から逃げる様に走り出す。銃声がその後を追った。断末魔。止む銃声。今。


 ――強襲アングリフ


 心臓が跳ねる。血が燃える。

 ト、と軽い音で靴底が無き、ケイジが加速し、クルイの組んだ手に足を掛ける。

 射出。

 撃ち出す。打ち上げる。見えない空を目指し、ケイジが打ち上げられる。

 一歩。梯子を蹴って更に加速。

 二歩。また蹴って加速。

 風が鳴く。ケイジは笑う。そして飛び出す。

 緊張状態に放り込まれた侵入者。それを仕留めた一瞬の安堵。そこに蛮賊バンデットはやって来る。何、休んでんの? そんな気分だ。

 状況の把握。

 重機関銃一門をカバーで守りながらお客サマを鉛の雨で出迎えるパーティスタイル。

 単純な作業だ。

 だから人員は余り裂かれていなかった。銃手一に、護衛が二。護衛は騎士ナイト、銃手は知らねぇ。良い。そこまで分かれば良い。

 ざりり、コンクリートを削りながらケイジのブーツがフチを削る。残心を怠った報い。ゴブリンを仕留め、一瞬の安堵の中に居た警備の連中がケイジの登場に固まる中、ケイジは動いた。煙幕スモーク。視界を塞ぎ、煙の中走り出す。


突入エンター

『ヤ』


 指示に対する短い回答はガララから。煙に溶けたケイジを仕留めようと据え付けの重機関銃が出鱈目に鳴き声を上げるのを聞きながら壁を蹴り飛ばし、手摺りを掴んで乗り越える。着地と同時に抜き放ったゴブルバーの引き金を引く。ダブルアクション。重たい引き金はソレでも片手での連射を許してくれる。顔を狙った。その辺に行くと良いなと思った。行け。行った。

 持ち上げられた盾が弾丸を弾く。視界を塞いだ。それが狙いだった。

 三歩で間合いを詰めた。キィ、と軋んだのは開かれた鋼鉄の右だ。盾が降りる。その刹那を狙ってアイアンクローの様に護衛騎士の兜を掴む。「――は、やっ」。そんな驚愕を膂力に任せて銃手に叩きつけることで苦悶の声で塗り替える。足を掛けて銃手を転ばせ、地面に二人転がして――


「団子好き?」

「はっ? え? はぁ?」

「俺は割と好きだぜ」


 撃ち込む。炸裂音は右から。撃ち出されたパイルが呪印を突き破り、兜を突き破り、二つの命を串刺しにする。「――」。ゆらり、と立ち上がるケイジ。そんな彼に怯み、残った護衛騎士が下がる。無視。ケイジはゴブルバーをスイングアウトして排莢したあと、新しく六発の弾丸を込め出した。スピードローダーも使わない。呑気に一発づつ、手籠めだ。


「ッ、の! 舐めん――」


 な。

 そんなゴブと共に勢いよく護衛騎士が構えたARから弾倉が落下する。弾倉のロックが外されていた。「え?」。間の抜けた声。それが最後だった。


「……遺言にしちゃ締まらねぇな。軽く同情したくなるぜ」

「そうは言うけれども、ガララはセリフを言う時間位はあげたよ」


 護衛騎士の兜の隙間に突き刺した針を回収しながらガララ。


「俺が目視したのはコレだけだ」

探査エコーにも感無し。同業が隠れてる可能性もあるけど……」

「ケー。クリアで良い。この場所で、この仕事内容で戦力を隠す意味はねぇ」


 言いながらケイジは『クリア。上がって来い』と通信コールを飛ばす。

 レサト、シューゴ、クルイ、ケージの順番で上がって来たのを中二階から見下ろし、手を振ってみる。レサトしか振り替えしてくれなかった。「……」。遊んでいても仕方がないので、とん、と手摺りに足を掛けて飛び降りた。


「三人。恐らく通信コールの枠は外だ。連絡が取れないのがバレたら――」

「部隊が来る。その前に仕事を済ませてしまうことをガララは勧める」


 そう言うこった、とケイジは地図をレサトの背中に広げる。


「隣のビルが俺達の担当だ。このまま屋上まで行って援護する班と、下から先に移る班に分かれる。屋上には俺とケージとシューゴが行くから――」

「理解している。下からは私達が行こう」

「ヤァ。頼もしいね。よろしく頼む」


 言いながらケイジが拳を突き出すと、少し迷った後、クルイも拳を突き出す。ガツン、とソレをぶつけ合って、ケイジ達は二手に分かれた。






 タンクの並ぶ浄水施設から階段を登って一階へ。外に向かうガララ達を見送り、ケイジ達は更に上を目指した。


「……接敵しないっすね」

「逃げられたな」


 おら、規格が合うならパクっとけ、とアンモボックスを蹴り飛ばしながら言う。人が居た気配はあるが、人の気配はない。もうケイジ達の存在はバレていると考えた方が良さそうだ。「……」。同時に各拠点を攻めることになって居る他の強襲部隊はどうなってんだ? 状況が分からない。早過ぎたりした場合、この拠点に敵が集まり過ぎる。それは拙い。強襲部隊。強襲だ。経戦能力はそこまで高くない。確保して、本隊を招き入れるのが仕事だ。

 狙いが悟られない様にする為だけの陽動部隊もある。

 だが、ケイジ達は五つある本命の一つだ。

 教会への地脈の誘導。ソレを行う場所が目的のビルだ。本命なので逃げられない。そう言うことだ。「……」。じゃり。ケイジは無意識に銀の細い鎖を擦り合わせた。音がした。


「兄ちゃん……」


 どうする? とケージ。


「……警戒レベルダウン、速度アップ。さっさと上行くぞ」


 それに答え、肩を軽く叩く。電気が死んでいるのが地味に辛い。エレベーターが使えないので、階段を昇って行く。地味に辛かった。それでも一応は選抜部隊だ。割と早く屋上に辿り着いた。


「……隣のビルの方がたけぇ」

「己ならば、スナイパー……狩人レンジャー魔術師ウィザードを置く」

「だろうな」


 ――俺もそうする。


 言って、SGの初弾を煙幕スモークに変える。


煙幕スモーク焚くからその隙にカバー設置。そっからスナイパー牽制してガララ達のビルへの突入をアシストすんぞ」


 質問は? ねぇな? そんじゃ行くぞ。

 早口なケイジの言葉に、慌てた様子でケージが錠剤を噛み砕く。左目が赤く染まる。強化兵としての本質を表に出した。スナイパーに対応する為のカウンタースナイパー。それがケージの仕事だった。だから、このタイミングだったのだろう。良い判断だ。ケージが飲まなかったら、ケイジが飲ませていた。

 SGの引き金を引く。弾かれたシェルが煙を生む。視界を奪う。その中に一早くケージが飛び込み――


「!」


 発砲音。「え?」と言う何処か間の抜けた声は隣のシューゴから。

 煙幕スモークで遮ったはずの視界の中、敵の放った弾丸がケージの頭を撃ち抜いて――


「カバーっ!」


 シューゴを蹴り飛ばす。踏鞴を踏みながらも、飛び出してしまったシューゴは、それでも歴戦の騎士ナイトらしく咄嗟に盾を構えた。着弾。二発目。その先にはケージ。


「敵さん、見えてるみてぇだ! シューゴ、そのまま盾に、ケージ、テメェは……ヘッショされたなら、ちゃんと死ねよ」

「酷ぇ!」


 がばっ、とケージが起き上がる。だが当たる瞬間に跳んで、回って、弾丸を滑らせるとか――漫画みたいな真似すんなよ、と言うのがケイジの感想だ。血は出ている。だが生きている。


「すげぇな、強化兵俺達


 狙撃を躱すとか。


「言っとくけどマグレっすからね!?」

「だろうな。次には期待しねぇ。にしても……」


 何で見えてるんだ? そんな疑問。

 ケイジの煙幕スモークは未だに効果を発揮している。こちらから相手は見えない。だから相手からもこちらは見えてはいけない・・・・。そんなルールを平然と破る魔弾の射手がいる。何だ? 一瞬の思考。分からない。その結論が出た。だからもう考えない。当初の予定通り、ウォールを展開する。『ケイジ』。そこにガララからの通信コールが来た。


『ビルにいるパーティが分かったよ』

『へぇ? 何? キティとか言い出すなよ。逃げる準備をしねぇと行けなくなる』


 おどけた様なケイジの軽口。ガララはソレを無視して言葉を続ける。


『熊の自律戦車が見えた。ディスカード――アンナ達だ』

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