都市神

 仕事の話をする為にケイジはオーク領にあるビルに呼び出された。道路が補修されるのと同じ理屈でコンクリートの寿命を延ばしているのだろう。

 今の時代の技術では立てることすら困難な高いビルは古く、それでも頑強だ。


「……」


 案内のオーク、通訳でもあるクルイの後に続き、無言で扉を潜る。オークからは見慣れたリーダーオーク、仄火皇国からはこれまた見慣れたヒョウエが呼ばれている様だった。「……」。面識のない何人かは同じように仕事を受けた連中か、各勢力の戦力だろう。目を走らせ、大まかに顔を覚える。適当で良い。大事なのはリーダーオーク、ヒョウエと共に中央のテーブルに居るダークエルフの女だ。銀色の髪、紅い瞳、褐色の肌。年の頃は三十台に後半から四十と言った所だろうか? ケイジがストライクかボールで判定に迷うギリギリのラインを責めて来た。「……」。違ぇ、ソレはどうでも良い、と首をふりふり。大事なのは面影があることだ。アレは恐らくリコの血縁だろう。


「――」


 挨拶をするか、しないか。三秒ケイジは迷った。

 まぁ、止めておこう。

 無言で少しだけテーブルに近づき、広げられた地図を読む。

 ラスターの地図だった。

 そこに置かれた旗の配置を見てケイジは、本気なんだな、と聞こえない様に溜息を吐き出した。

 オーク軍は強い。仄火皇国の戦力だって馬鹿に出来ないし、オルドムング教団は言ってしまえばダークエルフと言う種だ。

 それを揃えた。

 だから本気なんだろう。

 それは分かる。ブラーゼン協同組合が行った軽いちょっかいとは違い、本気で彼等はヴァッヘンからラスターを引き離して自治するつもりでいる。馬鹿かよ。そう思う。「……」。いや、勝率は悪くない。四割。見立てでそれ位はありそうだ。だが維持が出来ない。奪って、奪われて、はいお終い。そんな未来が容易く想像出来た。


「――ケイジ様」


 中心のテーブルの一人に呼び付けられる。様付けでだ。周囲の視線がケイジに集まった。これ見よがしに溜息を吐いてそちらに向かう。


「……お呼びですかね、仄火皇国近衛隊長、ヒョウエ様?」

「は、いえ、その前に某なぞにその様なお言葉遣い――」

「ヘェイ? 学習してねぇみてぇだな? テメェ等んとこのお狐さんはどうして暴走した? その暴走の結果、教団に厄介事を押し付けられたよな? それなのに未だソレをやる・・ってか?」


 従妹サマが嫌ぇで足引っ張りてぇって言うならそれで良いけどよ、とケイジ。


「……」


 岩の様な男から帰って来たのは、岩の様な無言だった。どうしたもんか? と視線を奔らせれば、リーダーオークと目が有った。


「話の流れを理解しない方が良さそうだから結論だけ確認させてくれ――お前を潰しても良い戦力・・・・・・・・と数えて良いのか?」

「その質問にイエスを返す奴は居ねぇぜディッキー? 優しくしてくれよ、泣きそうだ」

「……」


 へら、と叩いた軽口には乗らないらしい。地図の安全地帯。大隊が展開された場所からリーダーオークは旗を一本抜いて、くるくる回してみた。


「コレが、お前らだ」


 ――どう使えば良い?


 種の戦力を纏めるモノとしての質問だった。仕事をする軍人の眼だった。


「――」


 クルイをガララがぶちのめしたからか、それともジャックと言うチームを知っているのか……随分と高く買ってくれているらしい。


「所詮は雇われだぜ? 好きに置きな。あんまりヤバかったら――」

「逃げるだけ。そうで無ければ仕事をこなす、か?」

「ヤァ。分かってるじゃねぇか、そこそこ危険でそこそこ安全な場所に放り込む。それが開拓者の使い方さ、豚野郎スィニョール・ポルコ

「――」


 にぃ、と牙を見せてリーダーオークは『ケイジ達』を街の中心、そこへ続く下水管の入り口へ置いた。ひゅーと口笛を吹く。要の一つだ。似た様な場所には各勢力の精鋭部隊が置かれている。そんな中にジャック。雇われの開拓者をリーダーオークは置いた。


「ヤバそうだな?」

「逃げるか?」

「勝ち目がねぇならな。あるなら乗ってやる。取り敢えず……ゴールテープの位置を教えてくれや。新兵ルーキーの訓練っーなら良いと思うが……ヤァ、控え目に言ってゴールの見えねぇ持久走はダルすぎる」


 ケイジの言葉に、部屋の空気が少し焦げた。

 雇われた開拓者の使い方として消耗品と言うのは悪くない。普通のことだ。それでもそれを受け入れるかは話が別だ。誰だって死にたくない。

 そんな雇われ連中を背中に背負い、ケイジは笑う。味方を造った。それだけだ。


「俺も、ここにいる連中も、テメェ等に雇われる様な奴等だ。開拓者の中でも更にろくでもない連中だ。ヤァ。勿論、認めるぜ? だがな、ゴール位はくれても良いんじゃねぇのか?」


 そうだ、などと言う声は上がらない。

 それでも何人かはケイジの背に付いた。


「――血ですな」

「皇族のってか? 先入観ありきでモノを見過ぎだぜ、爺さん」


 ヒョウエの呟きにそう返せば、彼は残る二人に向けて頷いて見せた。受けてリーダーオークは目を瞑り、リコの血縁と思われる女が一歩、進んで見せた。

 部屋中の注目が彼女に集まる。そんな中――


「都市神を造ります」


 リコに似た女は、リコに似た声でそんなことを言った。






 神は実在する。

 そして神は創造できる。

 金と、土地と、依り代があれば神は造れる。

 新興の職業である蛮賊バンデット呪文スペルを使えるのがその良い証拠だ。蛮賊バンデットギルドはその創設に当り、新たな神を創造している。粗にて野にて卑。あらゆるギルドの未熟者を食い物にして生まれたギルドが造ったごちゃ混ぜの神は正真正銘の造り物だが、それでも存在し、確かにケイジ達蛮賊バンデットに神秘の行使を許している。

 それを今回、連合はやる。

 儀式の行使はかっては国だった仄火皇国が、依り代はオルドムング教団が用意し、それをオークが支える。

 作るのは悪徳の都市、ヴァッヘンよりも更に深い無法者共の都市、人も亜人もごちゃ混ぜに受け入れる街。悪徳ラスター。丁度良い名前の都市をその名前に相応しい様にしてそこの権力を三分割にして握る。

 成程。都市に神を下ろしてしまえばヴァッヘンも手を出すのに躊躇する……かもしれない。安く買える……かもしれない。落とし前にその神ごと殺される……かもしれないが――


「歴史は結構あるよ、オルドムング様」

「まぁ、テメェ等ダークエルフが迫害されて地下に潜ってる間、ずっと祈られてたようなモンだからなぁ」


 招き入れられたリコの寝室。前にラブホで見た様な天蓋付きベッドを視界に入れない様にしながらケイジは溜息に混ぜる様にしてそう言った。

 実在はしていなかった。

 それでも祈りを捧げ続けられてきた。

 それだけで神は強くなる。オルドムング。ダークエルフの崇める邪神。殺そうとするのならば……


「戦闘職系統のギルドの――それもヴァッヘンの拠点じゃなくて本部からの部隊」


 数も、質もその辺りが必要だ。ヴァッヘンではギルド長クラスが質で超えるが、数が揃わない。仮に揃えても大半が死ぬ。それならばギルドは動かないだろう。

 所詮は開拓都市が開いた街の一つであり、更に深くてあまり利益を生んでいない。これでは割に合わない。そう言う出てくるかどうかのラインを攻めたのだろうし――


「知ってる、ケイジくん? 戦争ってね、始まった時には半分以上終わってるんだって。大事なのは準備。色んなギルドの上の方にはダークエルフも居るから――」

「動かねぇ、と」


 頼もしいことで。笑うケイジ。そんなケイジの手を取ってリコはベッドにケイジを座らせ、その膝の上に座った。

 薄い、ネグリジェ。

 透けている。


「……ヘイ?」

「大丈夫だよ、ケイジくん。わたしは今回の作戦の要の巫女だけど処女じゃないとダメって言う縛りは無いから」


 オルドムング様、邪神だから。


「……期間限定のフリだろ?」

「期間限定でも恋人でしょ?」

「……」

「だから、ね?」

「言って良いか迷ってたけどよ……おかしいぞ、テメェ」

「ダメなの?」

「……」

「イヤなの?」

「……」

「ダメじゃなくて、イヤじゃないなら――」


 ――おねがい。


 掠れた、小さな、祈りの様な声。

 それがケイジの耳に届いた。「――」。甘い匂いがする。部屋に焚かれた香の香りか、リコの匂いか。分からない。分からないが脳がしびれる。誘われる。


「――ぁ」


 後ろから抱き着く様にして肩に鼻を突ける。吸う。左手で細い腰を抱く。手触りの良い生地。そして薄い布越しの肢体。


「まっ、ケイジくっ、まっ、て……何か、手慣れ、てっ――!」

「……」


 無視。右手を伸ばす膝に触れる。手の平で太股をなぞる様にして手を戻す。ネグリジェを捲って行く。手を、その、中に、入れる。


「っ、ふ、ぅ」


 甘い声。吐息。男を誘う、女の声、音、匂い、香り。

 横目でリコの表情を見る。

 朱が差す頬。声を殺す為に噛まれた指から赤いモノが零れ、ぬらり、と舌がソレを舐めとる。期待と不安に双眸は閉じられ、まつげがふるふると震えていた。

 それを見ながら、ケイジの手は――











あとがき

はい。

……いや、最近厳しいって聞くし。


以下、プチ宣伝です。

もう知ってる、いや興味ないという方はスルーでお願いします。


1.doggyを更新しましたー

2.書籍化します(コレジャナーイ!!)

 興味を持ってくれた方は1/17の活動報告を見て頂けレバー。

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