イヤーカフ

「……」


 寝て、起きる。

 薬での睡眠も、自発的な睡眠も行き着く先は変わらない。

 それでも薬を使うと睡眠の深さはどうしたって深くなる。それを敵性亜人レッドデミの土地でやって無事で済んだのは――


「ケイジ、起きた?」

「――おう」


 まぁ、頼りになる相棒のお陰だろう。

 ベッドサイドに居る赤錆色のリザードマンは「そう」と短く言うと欠伸を噛み殺した。


「何日だ?」

「三日。途中でリコも付いてくれたから後でお礼を言っておいた方が良いよ」


 んー、と目が細められる。リザードマンの笑顔の様にも見えるが、しぱしぱと数が多い瞬きからすると単純に眠いのだろう。

 珍しいもん見たな。

 そんなことを思いながらケイジが身体を起こす。服の合わせが開いて胸が見えた。鍛えられている。幾つもの傷がある。その傷に紛れる様に、大きくて新しい傷があった。


「……どう?」


 ベッドサイドに置かれていた鋼鉄クロームの右腕を差し出しながらガララ。「どうだろうな」。ソレに苦笑いで答えながら、右手を嵌め込み、生身の左手で付近をぼりぼりと掻いてみる。傷が開くことは無い。違和感も特にない。心臓は脈打っている。


「まぁ、俺の生まれを知ってるおっさんが止めなかったから問題無いんじゃね?」


 ケイジを皇族だと理解した上で武士、ヒョウエが勧めて来た。それだけが今の所、ケイジが五年以上生きられるようになったと言う根拠だった。


「……」


 正直、微妙だ。それでもソレに縋らなければ生きていけなかった。使い過ぎた。

 ケイジの心臓は限界だった。

 だから。

 ケイジの心臓は改造された。

 買い取った獅子の心臓コル・レオニスを皇国に残っていた資料と合わせて技術解析。更に現物で研究を進めていたオークたちと合流することにより、オーク、仄火皇国、オルドムング教団の三組織連合軍は発展型とでも言うべき人造臓器を造り出していた。

 普通の人やオークにもある程度の効果はある。

 それでも本命は東軍強化兵。ケイジと同じ連中だ。ケイジを含めて、三人。滅んだ国が確保した強化兵はそれだけだったが、それでも十分に戦力になると思われていた。


「何か報告ある?」

「一人はケージだった」


 お見舞いに来たよ、とガララ。


「それともう一人はラフメイカーだった」


 お見舞いに来たよ、と声のトーンを変えずにガララ。


「――」


 ケイジは露骨に嫌そうな顔をした。

 騎士ナイトギルドの元幹部、現冷凍庫のミートパテのイケナミ氏。獅子の心臓コル・レオニスの持ち主であり、ラプトルズの飼い主だった彼と揉めた際に出て来ていたのでそんな予感はあった。合ったが、別に当たって欲しくは無かった。

 アレは味方に居て欲しくない種類の生物だ。


「その二人からのお見舞いの品はソレだよ」


 ベッドサイドを指差すガララ。造花と洗濯ばさみがあった。「……」。どっちをどっちが持って来たのか? そんなことは考える迄も無いことだ。


「ケイジのほっぺを挟んで帰って行った」

「何してんの、アイツ?」


 アホじゃねぇの? と、思わずケイジ。


「後は特には。ケイジの素性は気付いても気付かないふりを皆してるよ、皇子サマ?」

「……へぃ、その呼び方は止めてくれや」


 ガラじゃねぇし、ケツが痒くなる。


「もう良い? ガララは眠たいよ」

「ヤァ。ソイツは気が利かなくて悪かった。存分に寝てくれ。百年でも良いぜ、お姫様プリンセス?」

「糸車で指を指した覚えは無いから、明日の朝までで良いよ」


 それじゃ退いて、とベッドからケイジが追い出され、そこにガララが潜り込む。「ケイジしゅうがキツイ」。そんな苦情が一件寄せられたが、生憎と空には月と星だ。お役所は閉まっていたので、苦情が受けつけられることは無かった。







 ガララが座っていた席に座る。

 見えるのはガララの寝顔だ。


「……」


 あまり面白くはないし、楽しくも無い。それはケイジを見守っていたガララも経験した時間だっただろう。アイツ、良くやってくれたな。ケイジはそう思った。異性の寝姿なら兎も角、同性の、しかもキャンプでしょっちゅう見る奴だと何も楽しくない。


「……」


 不義理だと分かってはいても、欠伸が漏れる。退屈だ。薬で眠らされた身体は、その副作用か、それとも単に三日と言う時間をベッドで過ごしたせいかどうにも鈍い。モノを掴んだ際の感触に少し隔たりを感じる。動きがどこか重くなる。血管が末端まで行っていないような、分厚い服を着ている様な、そんな感覚だ。


「……」


 動きたい。運動したい。全速力で走って灰と心臓と血管に仕事をさせたい。

 だが悲しいかな。ケイジの前には眠り姫。雄で、蜥蜴だけれども眠り姫。

 ケイジはいびきをかく。ロイもかいていた。だがガララの寝姿は静かでいつも起きて居るか寝て居るかが分かり難かった。


 ――死んでねぇよな?


 静かな病室でも聞こえない寝息にそんな疑問を持ち、ぎっ、とパイプ椅子を軋ませ眠るガララに近づいてみる。鱗で覆われた表情は硬く、あまり動かないし、冷たい印象を返してくる。心配になったので顔を耳に近づけてみる。その瞬間、廊下で何かを落とす音がした。

 幸いにもガララは起きなかった。

 不幸だったのは、廊下のドアに付けられたガラス部分からリコの姿が見えたことだ。


「……」

「……」


 三秒。

 無言で見つめ合った。


「そうだったんだね、ケイジくん……」


 ふる、と目を伏せて悲し気に、リコ。


「ヘィ、リコちゃん? すげぇ嫌な勘違いしてませんかね?」

「だってキスしようとしてた!」

「……してねぇですよ?」


 息をしてるかを確認しようとしてただけですよ?


「アンナちゃんと前に冗談でケイジくんホモ説を唱えてはいたけれどもっ!」

「……」


 何を唱えているのかと小一時間問い詰めたい。ケイジはそんな気分になった。なったが、けらけらとリコが笑っているので、まぁ、冗談だろう。そう思った。冗談だよな? 思ってからちょっと疑った。






 リコはガララと交代でケイジの看病に来たらしい。


「前はアンナちゃんにとられちゃったからね?」


 わたしもやりたかったのデス。

 跳ねる様な声音で言いながら冷たい夜の風の中、先を歩くリコが振り返った。月の光に銀糸が靡き、同じ色のネックレスが弧を描く。背負った月は逆光となってリコの顔を隠す。だからケイジにはリコの表情は分からなかった。


 ――デートして。


 看病のお礼がしてぇ、と言うケイジに対してリコが言ったのがそんな言葉だった。だからケイジは野戦服に着替え、ゴブルバーを腰に差して夜のオーク領に飛び出した。

 隣接した廃都市群。暴走機械の本拠地へ運び込まれる物資を強奪している影響だろう。豊富な資源の影響で、オーク領の道路は旧時代と同じ様にアスファルトで補強されていた。

 街灯の明かりはまばらだ。

 中途半端な明るさは月と星の光を薄めて、返って夜を暗くしているが、舗装された道路は歩きやすい。

 オーク領に来てから一週間。

 ケイジが眠っていた間もこの街で暮らしていたリコの足には迷いが無い。


「んで、お嬢さん? 俺を何処へ連れて行ってくれるんですかね?」

「ひみつ」


 だが手術準備から殆ど外に出て居ないケイジにはその足が何処へ向いているのかが分からなかった。敵性亜人レッドデミ。オーク。擦れ違う彼等の数が多くなっていることから街の中心に言ってるのでは? と言う推測が出来る位だ。

 そして、視界が開けた。

 ビルに囲まれたかっての大通りは今は屋台が並ぶ商店街へと姿を変えており、この時間、酒を求めるモノや、ケイジとリコの様なカップルが集まっていた。

 騒がしい。

 だが、人間であるケイジとダークエルフであるリコが歩いても普通に受け入れているのだから中々に不思議なモノだ。「……」。絡まれるくれぇは覚悟してたんだがな。ケイジはそんなことを思いながら、軽くゴブルバーを撫でて、右手を握って開いた。


「拍子抜け?」

「まぁな」

「ケイジくんは血の気が多くて物騒だなぁー」

「人聞きのわりぃことを言わねぇでくれや。俺ほどの平和主義者はそうは居ねぇって自認してるぜ?」

「でも自認はしてても、他は認めてくれないんでしょ?」

「悲しいがな」


 軽くケイジが肩を竦める。リコは楽しそうに笑いながらケイジの手を掴んで好きな様に歩いて行く。デート。そこにある男女で営む甘酸っぱさは無く、駄犬を散歩している様な気分になった。腕が好き放題に引っ張られる。


「リコ。俺、腹減った」

「もうちょっと我慢して」

「……」


 Yes以外の回答を求められて居ないのは分かって居るので、されるがままにケイジはリコの隙にさせる。

 そうして辿り着いたのは――


「……アクセサリーショップ?」


 俺、金属はくぇねぇんですけど? とケイジ。


「わたしがプレゼントしたいから受け取ってよ」


 良いでしょ? とリコ。


「……」


 別に要らねぇ。それがケイジの率直な気持ちだ。指輪も、ネックレスも邪魔だ。どう断るかな? そんな思考。ソレに割り込む様にリコが抱き着いてくる。「……」。来る前にシャワーでも浴びて来たのか、石鹸の香り。Tシャツ越しの感触は酷く柔らかく、ケイジを動揺させた。固まる。耳が舐められる。避けた部分をなぞる様にだ。背中がぞくぞくした。


「これ、隠した方がかっこいいよ?」


 悪戯っぽく、身体を少し離したリコが笑う。

 何をしたのか。それを分からせる様に出された舌が艶めかしく濡れていた。






あとがき

あのな

ガララはん

そこ――


リコちゃんの席ぃぃぃぃぃぃいいぃ!


ヒロインのポジションに座る蜥蜴(♂)。

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