おしのび

 一通り吐き出させた情報をメガネさんに投げる。どうやらケイジ達が最後の様で、情報を受け取ったメガネさん達はその照合を始めた。この作業にはケイジは参加しない。彼女達の上司に、組織に投げる情報だ。依頼されたモノでない以上、そこに蛮賊バンデット盗賊シーフがコメントをしてはいけない。


「ケイジさん、代わって欲しいとのことです」

「……」


 だと言うのに何故かご指名されてしまった。俺? と自分を指を指すケイジに、貴方です、とメガネさんが頷いた。


「ご指名だよ、ケイコちゃん。頑張ってね?」


 目を細めながらガララ。


「……ヤァ、良く見てな、冷血野郎コールドブラッド。俺のトークで同伴出勤まで持ってってやるぜ」

「そういうのは要らないので」


 冷たい目でメガネさん。


「……」


 要らないらしい。

 つまりは一見さんと言う訳だ。本指名料金も取れないと言うことなので、ケイコはやる気をなくした。


「ハロー? こちらハンサム。何のようでしょうかね?」

『違うな。ボクが――ハンサムだ』

「……へぇへぇ、お噂は聞いてますよ、色男ロメオ


 甘い声。電話口から聞こえて来たその声に、やや、ウンザリしたテンションでケイジが返す。

 カイト。確かそんな名前の騎士ナイトだ。

 甘いマスクを持った名家の子であり、“あがり”を迎えて尚、戦い続けた結果、今は騎士ナイトギルドの幹部の席を狙える位置に居る男。

 言ってしまえば、ちゃんと才能が有ったベイブ、成功したベイブ、スーパーベイブ、ベイブの上位互換。

 ケイジが買った資料から読み取ったのはそう言う情報だ。

 あまり仲良くしたいタイプでは無い。だが、今回の仕事のパートナーだ。


『何。お礼と、椅子の座り心地を報告しておこうと思ってね』

「ヤァ。そいつぁ――もう新しい椅子に座れたってことで良いのかぃ、色男ロメオ?」

『まさか! 流石にそこまで早く“公式に”ことは運ばないよ!』


 非公式ならばもう座れた。そう言うことだろう。


「んで、お礼ってのは? 金に関しちゃそこまで要らねぇぜ? なんと言っても今回は――」

『落とし前。そうだろ?』

「……」

『分かってる。分かって居るさ! 仔猫リトルキティ! 君はラプトルズに舐められた。君はイケナミ氏に舐められた! だから彼と対立していたボクを使って彼を権力から引きずり下ろした! ラプトルズは血の海に沈み、イケナミ氏は色んな不都合と一緒に沈められる! 君は、君を舐めれば“どう”なるかを示したかったんだろう。――そしてそれは成功した』


 ――だからソレで十分に満足した。


『……だが、ボクがソレでは納得いかない。勤勉さには報いを、だ』

「そうかぃ。素敵だぜ? そうだな、俺が女だったら思わず惚れそうな言葉だ」

『歓迎するよ?』

「生憎と男でね」

『歓迎するよ?』

「……ヤァ。すまねぇ。電話の調子がわりぃみてぇだ。掛けなおさせてくれや」

『そうかい? 残念だ。だがその前にボクの最近のお気に入りのナンバーを聴いてくれないかな? 何。心配は要らない。サビは死に物狂い・・・・・叫びシャウトさ。電話の調子が悪くても――あぁ、問題無く聞こえるとも』


 おい、と何かを指示する声。遠くなるカイトの声で「さっきのをもう一度」と聞こえて来て――


『心臓は! 売った! ほ、仄火皇国にぃ! 売ったぁ!』


 そんな壮年の男の声が聞こえて来た。


『――イケナミ氏渾身のシャウトなんだが……どうかな、仔猫リトルキティ?』

「良いね。クールだ。悪くねぇ。けどよ、歌手シンガーとしてデビューするにはちぃと年が行き過ぎてんじゃねぇかな?」

『成程。今後の利用方法プロデュースの参考にさせて貰おう』

「そうかい。そんじゃ――クソのついでで良けりゃ幸せを祈ってやるとでも言っといてくれや」


 言うだけ言って、はい、とメガネさんに受話器を返した。






「……」


 ちり、と焦げる様な視線が来た。

 襲い掛かってくるわけでは無い。単なる警戒の視線だ。だがソレが周囲から投げられると軽く首を傾げざる得ない。

 場所はヴァッヘンの裏と表の境目。それ故、表側も、裏側も揉め事を起こすのを嫌う場所だ。何か事件でもあったのか? ケイジはそんなこと思いながらも、歩く足を止めずに、目的の場所に向かった。


「――」


 すっ、と一人の男がケイジの進行方向に姿を現した。

 彼の所属部隊を示す腕章は――唐獅子牡丹。

 前に見た中年の騎士ナイト――いや、武士だ。彼はケイジを見て、深く一礼をしてきた。「……」。あぁ、クソが。言葉にも、表情にも出さずに心の中だけで悪態を吐く。バレている。コレは、この態度はバレている。確証は掴ませて居ないはずだ。だが、ケイジの素性を薄々把握している。


「――、――」


 大きく息を吸って、空に向かって吐き出す。まぁ、そうだろうな。本名もバレた。偽名をもう少し捻れば良かった。だがあの時は慶児を起こす気は無かったんだよ。そんな反省。


「名乗り出て頂くわけには――」

いかねぇよ・・・・・。向いてねぇし、やる気もねぇ。おまけで暗殺される可能性すらあんだぞ?」


 ――だぁれがやるか。


「心臓も、ご用意しております」

「要らねぇ。使う為に用意したんだろ? 俺の弟か何かによ? そっちに使え」

「いえ、弟などと。ただの兵士で――」

「あのよ。皇族の誰々さんよか、そっちの方が俺にとっちゃちけぇんだわ。……こっちはこっちでどうにかする。どうにかする手段の中にテメェら襲うのもあるかもしんねぇが、関りのねぇテメェ等に恵んで貰うのは筋がちげぇだろうが」

「――それではこのことは某の中だけで終わらせておきましょう」

「おぅ、そうしてくんな」


 けっ、と吐き捨てる様に言って歩き出すケイジ。「……」。それでも外れない警戒の視線に小首を傾げながら、先程武士との会話よりも幾分柔らかい口調で、金網にもたれて煙草を吹かす男に声を掛けた。


「景気はどうだい、デザイナー?」

「……悪くはねぇよ? 適当に流行りのデザイン真似ればガチョウは喜んで買うからな」

「ヤァ。適当にパクるだけでヒット商品を創れるなんて素敵じゃねぇか。その割にゃ面は随分と景気が悪そうに見えるぜ?」


 そんなんで接客業できんの? ほら、笑って、すま~いる。ケイジが人差し指で自分の口元を釣り上げながら、髪をピンクに染めたドワーフに言ってやれば、中指を立てられてしまった。

 ケイジは肩を竦めて、金網に引っ掛けられたTシャツに目を移した。


「何でおれがデザインしたTシャツは売れんのだっ!」

「だせぇからだろ?」

「お前は良く買っていくじゃないかっ!」

「だせぇからな。……ヘィ、毎回このやり取りやるの止めね?」


 新作どこ? と訊いたら、端っこを指差された。

 自分がデザインしたモノは売れて欲しい。

 だけど売れないという現実から場所は端の方にある様だ。


「……あっ!」


 ケイジが『明日を信じるっ!』と書かれたTシャツに手を伸ばそうとしたら、同じように手を伸ばした少女と手が触れそうになった。

 途端に警戒の視線に殺気が混じる。そこでケイジは彼女の正体に気が付いた。

 中年武士は別にケイジと話す為にあそこに居たわけではない。単純に仕事の最中だったのだ。

 一応、帽子は被っている。何故かメガネをしている。多分、伊達だ。


「――」


 そんな彼女は以前あったケイジに気が付くことも、周囲の護衛の殺気だった雰囲気にも気が付かずに、Tシャツを見て、ケイジを見て、目をぱちぱちとしていた。


「その――許しなさい」

「……あぁ、いや、こっちこそ気が付かなくて悪かったな」


 適当な返事をして、ケイジは少し離れる様に動いて、別のTシャツを手に取った。『後で悔やむ』と書かれていた。「……」。何と言うか――


「先程のものと言い、何かの締め切りに追われていたのでしょうか?」

「……」


 話しかけられた。後ろから覗き込んでいる。覗き込まないで欲しいし、話しかけないで欲しい。変な誤解から絡まれるのはごめんだ。


「……」


 話しかけんなや。割と露骨なそんな視線。だが残念。


「買うのですか?」


 従妹サマには空気読み取り機能は搭載されていませんでしたとさ。


「――まぁな」

「ふむ。良いですよね」


 分かりますと従妹。


「……」


 ケイジは好きなセンスだが、女子の反応としてソレはどうなのだろうか? 多分駄目だ。 分かっては駄目だ。


「あぁ、許しなさい。この良さが分かる者が私の周りには居ないので、つい、話かけてしまいました」

「まぁ、そうだろうな。コレの良さはある程度審美眼がねぇと分かんねぇだろうよ」

「そうでしょう!」


 適当な言葉を言ったら、凄くきらきらされてしまった。微妙に罪悪感が滲んだ。ケイジは後悔Tシャツを手に、ピンクドワーフの下に向かうことにした。従妹が後ろから「また語り合いましょう!」と言って来たので、肯定とも否定とも取れる様に軽く手を振っておく。


「ヘィ。地下へのパスのTシャツ、デザイン変わったんだろ?」


 それもくれ。言いながら銀貨を一枚、指で弾く。


「――新作のチェックに来たわけじゃないのか」


 受け取りながら、少し元気なくピンクドワーフ。


「……テメェのデザインだけどよ」

「何だ? ダサいってか? 時代が追い付いてないだけだっ!」

「いや……もうちょい自信もって良いんじゃね?」

「――え?」


 とぅくん。

 アタイを認めてくれるの? そんな目でケイジを見るピンクドワーフ。


「ある意味、皇室御用達だぜ」

「?」


 だが、特にロマンスに発展することはない。

 へ、と半笑い気味のケイジの言葉に、ピンクドワーフは思い切り疑問符を浮かべることになった。









あとがき

仄火皇国の皇族に掛けられた呪い。

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