ラフメイカー

「ベイブが思ったよりも働いたね」

「ヤァ。感動したぜ、俺はよ。掲げる盾が星条旗模した丸盾サークルシールドに見えたくれぇだ」

「?」

「古いムービーのネタだ。気にすんな」


 キャプテンベぇ~イブ。けらけら笑いながら、敵が用意した陣地に腰を下ろし、電子タバコを吹かし始めるケイジ。鎮静用のリキッドだ。人質に取った盾役タンクBと魔術師ウィザード二人がメガネさんのチームに護送されるのを見送っていたレサトが寄って来た。「……」。ドーナッツを造ってやる余裕はなかったので適当に煙を噴き掛けておく。威嚇された。


「仕留められた?」

「逃げられた」

「兄弟?」

「どうかな。どうだろうな。年齢は近ぇ様な気がするが、同じロットかは自信がねぇ。なんっーか、ケージは見て何となく分かったけど……どうにもなぁー」

「所詮は感覚。ケイジが気が付かなかっただけって線も――」

「ヤァ。勿論だ。わりぃが所詮は俺の感覚での推測さ」


 だから気にすんな。

 言いながら煙を吐き出すケイジの右目は普段の色に戻っていた。






 折角生きて捕らえると言う手間を踏んだのだから、有効活用しないといけない。

 そう言う話になった時、そう言う道具が揃った地下ガレージを直ぐに用意出来る辺り、メガネさん達は正真正銘の裏方なのだろう。

 ケイジとガララが捕らえた三人以外にも、メガネさん達も四人確保していた。秘密裏に動かした割には随分と人数が多い。

 相手側はもう気が付いている

 そう確信出来る駒の動かし方だ。


「今頃、街から出てんじゃねぇの?」


 手入れの行き届いたノミの先端を指でなぞりながらケイジ。これだけ鋭ければ彫刻を彫る時にも良い働きが出来るだろうが、このノミは木を削ったことはないのだろう。拭いきれない血の匂いが部屋中からしている部屋に置かれているのだから当然だ。


「本隊が動きました。盗賊シーフギルド側も合わせてくれたと聞いてます」

「……早過ぎねぇか?」


 お話したのはついさっき、資料だってここにあるじゃねぇか。封筒を裏拳で叩きながらケイジ。


「無線を使いました」

「それ、暴走機械に盗聴されたりしない?」

「盗聴されても問題ないでしょう? 人同士の争いです。人の形をした人形は居ても、人と変わらない人形はいません。彼等がこの情報を得ても使い道がない」


 ガララの問い掛けに心配ありませんとメガネさん。


「……」

「……」


 ケイジとガララが無言で顔を見合わせる。

 脳内にはナナカマドが浮かんでいた。アレなら街に、人の社会に潜り込める。「……」。面倒なので考えないことにした。今日も世はことも無しケセラセラ。そう言うことだ。


「あー……話は変わるんだがよ、俺が相手した奴がこんなん投げて寄越したんだが――」


 知り合い?

 ケイジは言いながらレサトが背負った死体袋から首を取り出す。仮面野郎が投げて寄越した女エルフの生首だ。何の意味があるかは知らないが、下手に弄って疑われても面白くないので、洗濯ばさみで無理矢理つくられた笑顔もそのままだ。


「……ウチのチームの六人目です」

「やっぱりか……」


 玩具にされた仲間の死体。仮面野郎はそれを見せて動揺を誘おうとしたのだろう。

 だが残念。

 生憎とケイジは彼女と面識が無かった。だから仮面野郎の狙い通りに動揺することはなく。普通に動けた。だが、もしこれが顔見知りだったら? 笑えねぇ。それが答えだ。死んだあとに態々間抜け面にさせられたガララの首は見たくない。


「一応、確認させて下さい。――この洗濯ばさみは貴方が?」

「まさか」


 そんなクソ見てぇな趣味はねぇですよ。とケイジは肩を竦める。


「でしょうね。……ラフメイカー。随分と有名所を雇ったものですね」

「……育ちが良くてね。裏側の事情には詳しくねぇんだ。良かったら教えちゃくんねぇか?」

「腕利きの殺し屋ですよ。仮面で顔を隠した騎士ナイトの殺し屋です。どう言う意味があるかは知りませんが、仕留めた全ての、えぇ、本当にそれがゴブリンだったとしても、全ての死体を『こう』することから――」

「ラフメイカー?」


 メガネさんの首が縦に振られる。ケイジはあきれ顔だ。


「……恐怖で相手が笑うとかではないんだね」


 そんなケイジの内心をガララが代弁してくれた。ラフメイカーの後ろに物理が付きそうだ。ラフメイカー(物理)。


「……」


 だが全てにソレをやると言うのなら、ソイツは狂っていると言う訳ではない。

 明確な理性でもって、確かなルールの中で、常人からしたら理解できないその行動を行って居るのだろう。






 捕まえた奴をそれぞれ個室でシてやって吐かせた情報を照らし合わせることになった。

 メガネさん達は当然、一人で一人を担当できる。ケイジもガララもだ。

 ベイブは出来ない。


「メモを取れとは言わねぇ。始めたら、取り敢えずマスクして黙ってろ。喋ると相手が勘違いするからぜってぇ喋んな」


 割り振られた個室から対象の居る部屋に向かう廊下でケイジはそう警告した。それに――


「勘違い?」


 と小首を傾げる子豚ちゃんベイブ

 どうやらメガネさん達はベイブを『裏側』で使える様にするつもりらしい。「……」。割と向いているとは思う。自信を取り戻させ、以前の傲慢さを見せられる様になれば良い線に行くだろう。貴種は下には幾らでも残酷になれるモノだ。


「……」


 ベイブと言い、ミコトと言い、イイコのケイジよりも蛮賊バンデットに向いてそうなのが騎士ナイトやら神官クレリックだと言うのだから世も末だ。


「ケイジ?」

「――あぁ、わりぃ。何を勘違いするか、だったな? 自分の言葉が俺達に通じると勘違いするんだよ」

「……」


 ケイジの言葉に青い顔でベイブ。自尊心を取り戻すだけじゃなくて血にも慣らさねぇと駄目か。そう判断する。めんどくせぇ。そんな本音。

 本音が口から零れない様に注意して、ガレージを開ける。対象は七人。全員居る。一番乗りだ。ベイブを押し付けるなら一番最初に選ばせろやーとごねた結果だ。


「さて――」


 どいつにするかな? ふむ、と顎に手を当ててケイジは考える仕草を取った。仕草だけだ。考えて居ない。


「直ぐに吐く気のある奴、居るか?」


 アホみたいな質問。だからソレに答えるのもアホみたいな奴だ。


「……騎士きしの誇りに賭けて誰が言うか」


 盾役タンクBだ。

 ケイジはそんなBの言葉を聞いて、良い笑顔を浮かべる。


「助手、コイツ運べ」

「え? あ、わ、分かった」


 ベイブが肩に担ぐようにしてミノムシを担ぎあげる。ミノムシは「くそっ!」だとか「下ろせ!」とか「お前に騎士の誇りは無いのか!」と喚いている。ケイジは無視した。もう彼の言葉は『理解できない』。そう言う段階だ。


「なぁ、ケ――」


 言葉を遮るマウスクロー。

 鋼の右腕一つでベイブを持ち上げ、壁に叩きつける。床にミノムシが転がる。無視。ベイブが何かを言おうとする。力を籠める。顎の骨が軋む。目を見せる。感情を映さない目をだ。「黙れ」。低い声と同時に掌の発射口を開く。「――、――」ベイブが必死で首をふる。手を放してやる。壁に沿う様にして崩れ落ちるベイブ。その腹を踏みつける。


「ヤァ。優しくしすぎちまったかな、ベイブ? 俺をトモダチだと勘違いしちゃったのかな、ベイブ? それとも俺がさっき言ったこと忘れちまったのかな、ベイブ? ベイブ、ベイブ、ベイブ? どうしたんだ、ベイブ? なぁ? なぁ、なぁ、なぁ、俺はお前を『どう』すれば良いんだ、ベイブ?」

「――すまっ、すまない! だが、ど、どうしても、気になったからっ……!」


 咳き込みながら、土下座をするベイブ。


「オーケイ、素人さん。思い返してみりゃ俺も何時から開始かは言ってなかったな。廊下に居る間は許可してやるよ。――何だ?」

「どうして、彼を選んだんだ?」

「――騎士の誇りを口にしたからだ」


 “彼”じゃなくて“ソレ”な。と、訂正を入れながら、それでも思ったよりも都合の良い質問だったので、少しだけ気を持ち直しながらケイジ。


「『合理主義者』は簡単にゃ自分を『合理主義者』とは言わねぇ」


 隠しといた方が上手く回る場合が多いからだ。人情味のある人の方が好かれる。間抜けの方が油断して貰える。合理主義者を歌って仲間から遠い位置に置かれたり、敵に警戒されるのは『合理的ではない』。

 自分で合理主義者だと主張していたら、自称・合理主義者が自慰をしている最中だ。邪魔をしてはイケない。色んな意味で。生暖かく見守ってやればその内満足して黙る。


「同じ様に本当に『誇り高い騎士』は誇りなんつー言葉は口にしねぇ」


 虜囚になったのなら、その三文字を言う間に舌を噛み切っている。事実、今回捕らえたうちの何人かは『そう』している。残った七人は『そう』しなかった連中だ。本当に誇りがあると言うのなら――

 敗者の誇りで潔くケイジ達に従うか。

 騎士の誇りに準じて死んでいる。


「それじゃ、彼は――」

「気分だよ、気分。気分で口にしただけだ。経験上、割と楽に吐くぜこういうタイプは」


 しかも頭も回らないからあっさりと嘘に矛盾が生じて正解を吐く。


「わーったらさっさと運べ」


 言いながらケイジはベイブを引っ張り起こして歩き出した。

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