お祝い
「ボーイ、焼肉とステーキ、どっちが良い?」
ブラック・バック・ストリートの地下、呼びたくなくとも第二の故郷とでも呼べそうな勢いで馴染んでしまったストリップバーの関係者席で買って来た情報を纏めていたら、仕事を終えたキティがやって来て突然そんなことを言い出した。
三秒考える。
「……何で?」
「ヨ! 察しがヨロシクないじゃないか! どうしたどうした? お腹が痛いのかい、ボーイ? 御馳走してやる。そう言って居るんだ」
「……何で?」
「ううン? チョイスが不満か? ヨ! だがそこは我慢してくれぃ! 奢ってやるが、オレ肉が食いてぇ!」
「……ちげぇですよ。何で奢ってくれるのかって聞いてんですよ、マイ・マスター?」
何だ? 新しい
「オゥ。親の心子知らずとは良く言ったもんだな……」
オレは悲しいぜーとサングラス越しに手で目を覆う。薄暗い店内であのサングラスに視界を悪化させる以外の効果があるかは二年経っても分からない。
「あ、もしかしてアレか? 俺とテメェが出会って二年の記念日とかか? 止めてくれよ、キティ。俺はそんな重めな彼氏彼女みてぇな真似はごめんだぜ?」
「ヨ、ヨ、ヨー。一応は付き合いの期間を覚えてたことにビビるぜ、ボーイ。二年。そうだな、こういや伝わるか? ――二年でとは随分と早かったな、
ニヤニヤ笑いながら向かい側のソファーに深く座るキティ。多分、ヒントを出して貰ったのだろうが、ケイジにはさっぱり分からない。『ながら』の思考では答えが出てきそうに無かったので、情報屋から買った書類をファイルに戻して、愛用のワンショルダーバックに戻した。
「……」
コップに口を付け、唇を湿らす。考える。分からない。
ぼすん、とソファーに倒れ込み、お手上げです、と両手を上に挙げた。それを見てキティは口を『へ』の字に曲げて、眉を寄せていた。マジで分かんねぇの? そんな感じだ。
「ヨ。ボーイ、何でヴァッヘンに来たかを言ってみろ」
「ヤァ。楽しくねぇ話だぜ? ラプトルズの連中がどうして俺達との約束を蹴ったのか。その情報収集の為だ。どうも
「あー……話は逸れるが、理由に関しちゃオレが説明してやるぜ、ボーイ。単純だ。お前は引きが良い。鼻か? 目か? 耳か? それとも単純に運が良いのか? ヨ! オレにもその辺は分からないが……ボーイ。お前は一発で“当たり”を引いた」
「……」
続けてくれや。先を促す様に浅くソファーに座り、ケイジは前のめりになって聞く体勢を造った。
「
投げ出される分厚い書類封筒。それに手を伸ばすよりも先に、言葉が出た。
「……調べたのかよ?」
「ヨ。勿論さ。可愛い……かは正直微妙だが、愛弟子の一大事だぜ?」
助けれそうだったら助けるつもりだったのさ、と笑顔でキティ。それを真に受けるのは――流石に駄目だろう。多少は……いや、恐らく善意の方が大きいだろうが、それでも貸しを造って利用するつもりだった、が本音だろう。大して利用価値が無い情報だったからこうして放り出しただけだ。
「ヤァ、嬉しくて涙が出そうだぜ? 俺は優しいマスターを持って幸せもんだ」
だが、ソレを言っても仕方がない。愛想良く笑い、ケイジは封筒を受けとった。
「んで? 当たりを引いたのが拙かったってのは? 欲しいモンだってんなら俺はハッピー、ラプトルズの連中もデケェ恩を売り付けれてハッピー。あぁ、
「ヨ、ヨ、ヨ、良い子に育ってくれてオレは嬉しいぜ、ボーイ? 世の中にはな、他人が、自分の味方で無い奴が強くなると不幸になる心の狭い奴も居るんだよ。――ボーイ、おめでとう。お前の強さはギルドに影響があるレベルまで来た。立派な立派な『質』の側の戦力だ」
「……そうかぃ。俺なんかの足引っ張ってもなんも楽しくねぇだろうに、ご苦労さんだ」
「ヨ! 全くだ。どうせ触るならカワイ子ちゃんにするべきだろうにな!」
師弟がけらけら笑い合う。店内に響く音楽のお陰で割と下種な会話だが、特に誰かに聞かれることが無いので、
「……んで、どうして情報収集の為に俺が来たのが奢る理由になるんだキティ?」
「ヨ、そうだった。すっかり忘れてたが本題はソレだった。ボーイ、もう一つあるんじゃないか? ヨ、そいつはラスターでも出来ることだが、ボーイはラスターのモノでは今一信用出来なくなっていることだ」
「……呪印か?」
ラスターとヴァッヘンは定期的に行き来する輸送隊に便乗しても二週間近くかかる。それだけ離れているとヴァッヘンでしか出来ないことと言うのはあまりない。
だから当然、ギルドお抱えの彫師はラスターにも居る。腕もそれなりだ。これまでヴァッヘンで彫って来たモノのテーマを読んで、続きを彫る位はやってのける。
だから何も問題は無い。
そのはずだった。ケイジもガララも、暫くヴァッヘンに戻る気は無く、ラスターで彫るつもりで居た。だが、そこにラプトルズの裏切りだ。そしてケイジ達は小規模だったとは言え、その組織を潰した。そうなってしまえばバランスが崩れる。ラプトルズは小さな組織だ。崩れ方は微々たるモノだし、あの規模の組織が
だが、そのバランスを崩した原因であるケイジ達が無防備を晒す彫師のところへ行くのはよろしくない。多少の無茶をしてでも
それは面倒だ。
だから
ラスターがどれ位で落ち着くのか。それが悪徳の街に入って日が浅い二人には読めなかったからだ。
「ヨ! 漸く正解に辿り着いたな! それで焼肉とステーキ、どっちにするんだい、ボーイ?」
「……ヘイ。わりぃがな。さっぱり分からねぇ。俺の呪印がどうかしたのか?」
「……」
キティの顎が、かくん、と音を立て大きく開かれた。嘘だろ。そう言いたげだ。いや、それ以上に本気で呆れている。
「はぁぃ、キティにリトル・キティ。“あがり”のお祝い、どこでするかもう決めた?」
そこにやって来たミリィの言葉で漸く理解したケイジは
「あー……」
それかぁー、と今度こそ正解に辿り着いた。
例えば習おう習おうと思ってはいても
そもそもある程度戦い方が固まってくると、
ケイジは
この一年、ケイジが増やしたのは
だから特に意識はしてこなかったのだが――
「……その様子だと、そっちもかよ?」
陶製のジョッキに口を付けながらケイジが黙りこくっていたガララに言えば。
「……同じ日に彫り始めて、ほぼ同じようなペースで彫り進めて来たからね」
貝の殻を剥きながらガララが答えた。
「……」
「……」
無言でエールを呑んで、無言で剥いた貝をちゅるんと呑み込む。そうしてから――
「“あがり”おめっとさん、ガララ」
「ありがとう。ケイジもおめでとう」
「ヤァ、あんがとよ。取り敢えずこれでテメェの寿命の心配は当分しねぇで良いな」
「うん。ケイジは――まぁ、少し伸びたね」
どれ位?
「親父よりも起こすのが遅かったが、親父よりも酷使してる気もするからなぁー」
どうだろ? と思いながら取り敢えず指を五本立てておいた。まぁ、少なくとも五年は持つだろう。残り三年だったのが二年伸びた。そう言う計算だ。
「ケイジ。取り敢えず乾杯をしよう」
「おぅ、乾杯だな」
控え目にジョッキがぶつかり合う。陶製であることを示す、重く、低い音がなった。そうしてから一口。エールの泡で二人に髭が生えた。
海の匂いがする労働者向けの安い屋台、魚介所ベッソは今日も働く皆様で込み合っている。だが、ケイジ達の様に昼間っからグデグデしている連中も多少は居る。店主は客の回転が悪くなって迷惑そうだ。ケイジ達が来た時、どうせ長時間居座るんだろ? とでも言いたげに屋台の傍の席に案内されたのはそのせいだろう。たまに煙が流れてくる席だ。店主であるベッソと客のやり取りが聞こえてくるし、暇を持て余したレサトが偶に食事を運んだりもする、ほぼ関係者向けの席だ。
そんな席だからケイジとガララの会話がベッソに聞こえていたのだろう。無言で大皿がテーブルの上に置かれた。貝とエビを油で煮込んだ料理だ。その強烈なニンニクの匂いには嗅ぎ覚えがあった。職業ギルドにも属していないヒヨコ未満の卵の時、ヴァッヘンで正真正銘初めて食べた料理だ。「……」。無言でケイジとガララがベッソを見上げる。「……祝いだ」。低い呟きが降って来た。
「……ヘイ、おっさん」
「何だ?」
「ガララ達は、この街で初めての食事をここにして本当に良かったと思っているよ」
「ふん」
つまらなそうにそっぽを向いたベッソの耳は真っ赤だ。
ケイジとガララはソレに気が付かないふりをして、料理に手を伸ばす。
一口。パンに乗せて齧れば暴力的なニンニクの匂いが鼻に抜けていく。相変わらず美味しかった。
あとがき
ベッソでは偶にサソリ型のオートタンクが給仕をしているらしい。
バイト代はジュースらしい。ろうどうほういはん。
『四十四式強化兵用臓器』だから『ししの心臓』。
コル・レオニスとか言い出す辺り、中二病ウィルスは健在の模様。人類はお終いだー。
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