不履行

 あー、と口を開いて、いー、と口を閉じる。

 そうしてからケイジは確かめる様に鏡を見ながら頬をこすこすと擦り、今度は、おー、と簡単の声を漏らした。


「ヤァ、助かったぜ、シスター。孔からパスタが顔を覗かせた時はマジどうしようかと思ったもんだ」

「……頬に孔が開いた状態で飯を食うんじゃないよ、間抜け」

「ケイジ。ガララはビールを飲んだら三つの穴から零れだしたのが面白かったよ」

「面白がって無いで止めろ、馬鹿」

「腹が減ってたんだよ。兎も角、ありがとよ。コレで飲み食いがやり易くなる」

「ありがとう、センセイ」


 そしてレサトがケイジ達に続き、感謝を示す様に鋏を掲げた。

 場所は、ラスター唯一の完全中立地帯である教会。

 治療特化。この街に居るだけあり呪文スペル技能スキルも医術だけを学び、双方を一流まで高めた白衣の神官クレリックはケイジ達の礼の言葉に呆れた様に溜息を吐き出し、胸元からステックキャンディーを取り出して舐めだした。

 ぬらぬらと唾液でテカる飴が艶めかしい。因みに彼女はグラマラスな年上美女なので、ケイジのドストライクだったりする。


「……今度はどこだ?」


 ガリガリとケイジのカルテを付けながら女医。


「あー……組織名は知んねぇ。アレだ。大通りにある客のすくねぇ煙草屋。あそこの地下から入れる会員制のカジノ経営してるとこで――」

「ガララ達は錬金術師アルケミストギルドの関係者だと思っているよ」

「煙草屋の地下? それなら――あぁ、お前らの推測通り錬金術師アルケミスト連中の組織、ホワイトクロウだな」


 主な仕事は検体の確保で、この街でもそれなりに大きい組織だと教えてくれた。

 借金漬けにして回収しているらしい。

 ごねて逃げようとすれば、犬をけしかけて狩るらしい。

 その辺を聞いた後、その犬が調子にのった結果、しつけ教室に入れられたことを教えておいた。しつけ教室が悪徳肉屋と繋がっていたこともだ。組織弱体の情報の様だが、医療関係者である以上、隠す意味はない。


「……バラか?」


 窺う様な声に「ヤァ」と軽い肯定を返す。


「男優デビューは敵わずに死体ガラになってのバラ売り。オークション主催はラプトルズでぇす。皆様振るってご参加下さいませー……だとよ」

「神獣と呼ばれる銀狼の獣人の身体だ。値が張りそうだな」


 言いながら、ぺろり、と舌が唇を湿らす。目には光があった。人体のバラ売りでそう言うリアクションをされると、艶めかしい以上に不気味だと言う印象が先に出てくることが分かった。


「……っってもよ、毛皮のコート以外に役に立つのか?」

「薬の材料にもなるし、私の様な研究者にとっても興味深い素材だ」

「……医療に携わるもんとは思えねぇセリフをどーも」


 じと、と半目気味にケイジが言えば、「分かっていないな」と女医がふん、と鼻で笑う。


「医療の発展の下には無数の殺しても良い奴の死体が有るんだぞ?」


 お前の頬の孔が塞がったのもそのお陰だ、と女医が楽しそうに言った。







 獅子の心臓コル・レオニス

 そう呼ばれる“何か”をラプトルズの先代アルファラプトルが所持していたと言う情報を得たのは情報屋にケイジが自分の心臓の情報を売った時だった。料金とは別に貰ったモノなので左程期待はしていない。まぁ、控え目に言ってクソ情報ネタだろうな。そんな気分で貰っておいた情報だ。だから正直、あまり期待はしていなかった。


「……怒らないで、冷静に聞いてくれ」


 デスクで指を組みながら深刻そうな重い声。


「……」


 受けて、ケイジの表情も暗くなる。

 期待はしていないが、流石にこの前振りは止めて欲しい。思わずガララを見ると、ふぅん、と大きな鼻息を吹き出し、肩を竦められた。ダメだね。そんな仕草だ。


「ヘイ、ヘイヘイヘーイ、どうしたどうした、アルファラプトル? 何にそんなにビビってやがる? 俺は仕事を終えた。そんでテメェは料金の支払をする。そんだけのシンプルな話だろ? 今更ごねるつもりがねぇならー―ヤァ、その態度は悪手って奴だぜ?」


 だからさっさと情報を寄越せ。手をくいくいとケイジ。


「……出来ない」


 その言葉と同時にケイジが抜いた。ゴブルガン。ゴブリンから奪ったソレは、二年も経てばすっかり手に馴染む。その大口径の単発銃の銃口が向かう先はアルファラプトルで、そのケイジに周囲から向けられるのも種類は違うが銃口だった。ガララは動かない。状況の動きを見る様に腕を組んでいる。だがレサトはケイジに応じる様に抜いていた。一触即発。そう言う状況だ。ちりちりと空気の中に火薬の匂いが充満する気配がした。


「無しだ。それ・・は無しだぜ、ミスター。そいつは……あぁ、控え目に言って有り得ねぇ・・・・・


 だが、それで態度を改める気は無い。抜いた。ならば簡単に納めて良い物ではない。引き金の軽さは時に大切だ。かかった指も外す気なく、微塵の動揺も見せずにケイジはアルファラプトルを見据える。


「頼む! 銃を下ろしてくれ! 話を、話を聞いてくれ!」

「……下ろして欲しいなら、話し合いがしたいなら、先ずはソッチからだとガララは思うよ」


 腕を組んだまま、すっ、親指と人差し指を立てながら、ツーアウトだよ、と低い声でガララ。


「……気を付けた方が良い。行動にも、態度にも、言葉にも。ガララは野球も、人生も、スリーアウトで終わりで“良い”と思って居るから」


 その言葉に慌てた様子で「銃を下ろせ!」と叫ぶボスの言葉に、構成員が従う様を見て、ケイジも銃を下ろした。下ろしただけだ。しまう気は無い。


「そんじゃその空っぽな頭の中の詳細を語ってくれや、カカシ野郎。なるべく楽しくなりそうに頼むぜ? 何。過度な期待はしちゃいねぇさ。そうだな、テメェ等の下手糞なダンスの方がマシ・・だと思わねぇ程度・・で良い」

「俺は渡す気だった」

「ヤァ。その鳴き声は――あぁ、つまんねぇな。テメェの気分なんざに興味はねぇよ。シンプルに言ってやる。どうして渡せなくなったかを言え・・

「……」


 無言。言わない。言えない。そのどちらかに興味はない。黙った。大事なのはその結果だけだ。ならば話は複雑になるが、やることは単純だ。


「ガララぁー」


 ――やれ。

 音無く、予備動作無く、するりとリザードマンが動く。流れる様な動作。呪印のガードを完全に無視する無音殺人術サイレントキリング


「あ? あぁ、あ、、、、、ぁー」


 手頃な・・・構成員の眼に針が生える。膝から崩れて、倒れて、びくんびくんと痙攣し、床で暴れ出した。呆気にとられたのは一瞬。仲間に突然突き付けられた終わりにラプトルズが殺気立つ。


それで・・・、良いんだね?」


 それに被せられる冷たい殺意。二本の針を片手でジャグリングの様に弄びながら、場を一瞬で呑み込むガララ。ラプトルズが先程の言葉を思い出す。そう、今、彼等は『行動』にも、『態度』にも、『言葉』にも、気を付けないといけない立場だ。

 だが、彼等、ラプトルズの方が数は多い。

 勝てるかもしれない・・・・・・

 だが勝てないかもしれない・・・・・・

 銀狼から逃げた彼等は、それを狩って来たケイジ達にはどうしても引き気味なってしまう。

 だが、それで引きっぱなしのやられっぱなしで居て良い・・業界でもない。そろそろ境界線だ。火薬に火が付く。


「話し合いを――」

して・・んだろうがよ。報酬を払わねぇ理由を言え。『言えません』『渡せません』『分かって下さい』は流石に通用しねぇよ。それはテメェだって分かんだろ?」

「金を払う。当初の倍、いや、五ば――」


 引き金を引いた。

 ケイジがだ。アルファラプトルが衝撃で仰け反る。ガードは抜けて居ない。生きている。だから飛んだケイジがその頭を鋼の右で鷲掴みにして、そのまま机の向こう側に叩きつけた。


「残念だぜ、ミスターアルファラプトル。さよならだ」


 まだ息がある。だから死ね。

 瞬間速度に優れる殺意。前腕部に納められて居た杭が、掌から撃ち出され、掴んだままの頭をカチ割った。血が噴き出る。床に叩きつけられたまま撃ち出された結果、放射状に飛び散り、床を汚した。

 ゆらり、とケイジが立ち上がる。左手にはゴブルガン。鋼の右は血に染まっている。銃口を向けたまま、ラプトルズはその光景に動けなかった。「――」。部屋の中に誰かが唾を呑む音が響く。やたら大きく響いた。それに被せる様にケイジが床を踏む音が響いた。一瞬の接敵。ゴブルガンのグリップが鼻を潰し、鋼の右が拳を造って腹を撃つ。きゅ、と床を鳴らして、身を屈めるケイジの頭の上を弾丸が通り、鼻を潰されたエルフの胸を撃つ。喀血。そして出血。飛び散る血の雨の下、ケイジが低い姿勢のまま、足払い、二人こけさせ、レサトに食わせる。起き上がると同時に、掌打。手頃な獣人に打ち込み、撃ち込む。顎から入った杭が頭から角の様に生えた。口は開けないので、くぐもった悲鳴が鳴った。


「クソっ! 盗賊シーフだっ! 盗賊シーフ探せ! アイツを見過ぎるな・・・・・! 数は勝ってる! 盗賊シーフから仕留めれば、蛮賊バンデットは息切れ――」


 ゴブルガンが大きく開かれた口に突っ込まれ、引き金が引かれる。果物の様に吹き飛んだ。「……」弾切れのゴブルガンをそのままに、ケイジはソイツが持っていたARを奪う。左手一本で乱雑に弾薬をバラ撒きながら下がるついでに右で適当に一人掴んで、出力を上げていく。徐々に、少しづつ、ミシミシと骨が鳴る。嗤う。出力を上げる。暴れる獲物に腹を蹴られた。気にしない。叫びが上がる。嫌でもケイジに注目が集まる。打たれる。まだ呪印の残っている獲物を盾にする。割れそうな頭痛を抱えたまま、仲間に撃たれてソイツは死んだ。ワンハンドリフト。ケイジに吊り上げられたまま、力なく揺れるその身体を見て、耐え切れなくなった奴がソファーの影から叫ぶ。


「止めっ、止めてくれよっ! 報酬を払わなかったのは、ボスだろ! 俺達は関係がないじゃないかっ!」

「組織に属しておいて、美味い汁を吸っといて、ヤバくなったら関係ねぇってか? ヤァ。良いね、俺は好きだぜ? そう言う生き方スタイル


 だが――


「ガララはあまり好きでは無いね」


 だから死んでね。

 裸締めの体勢から、リザードマンの膂力で首が可動域を超えて回された。

 アルファ含め、部屋には十三匹の肉食恐竜ラプトルがいた。ケイジが四匹殺して、レサトが三匹、ガララが六匹を殺した。

 部屋の外が騒がしい。色々と察した連中が動いて居るのだろう。


「どうするの、ケイジ?」

「首だけにして玄関に晒す。ソレが舐めてくれた相手に対する礼儀だろ?」

「そうじゃなくて――」


 つい、と扉を指差すガララ。

 それは当たり前。

 だから聞いているのは、どう対応するか、だ。


「俺は右回りに行く」

「ガララは左回りに」


 足元でレサトが右を見て、左を見て、おらぁーと鋏を挙げた。やる気ありますアピールだ。スカウト待ちらしい。

 だが指名を掛けてやる気は無い。彼だって一人前なのだ。


「レサト。テメェは出口行って塞げ」


 了解。かっしょん、と敬礼が返され、レサトが窓から飛び出して行った。


「それじゃケイジ、一階で落ち合おう」


 死体からSMGを取り上げたガララが言えば――


「あぁ、ブラッドバスに漬けてやろうぜ」


 同じ様にして得たSGのフォアエンドを送って装弾しながらケイジが答えた。








あとがき

ギミック最終候補

・ヒートナックル → 何か派手で強過ぎる気がするからボツ

・人呼んで紫電掌! → 対暴走機械も出来て良かったけど、レサトと被るからボツ。あと、このネタもうDoggyでやった

・パイルバンカー → 皆大好き! だけど、『固定して』『撃つ』のツーアクションはケイジには不向きでは? とボツ


でもダイ・ガード式ではなく、AC式なら良いのでは?

そんな感じ。

五発装弾可能らしい。

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