V.Sジオ 後

おいた・・・はそこまでだぜ、仔犬パピィちゃん。躾の時間だ」


 鋼の右で、左手の指を鳴らす。

 顔に貼り付ける表情は、にやにやとした煽るようなモノを選んだ。

 眼を集める。

 耳を集める。

 言葉で、態度で、殺意を集める。


 ――イヌ科を怒らせたければ群れを、仲間を侮辱するのが一番だ。


 選ばれた側であるジオは間違いなくあの三人を下に見ていただろう。だが……いや、だからキレる。下のモノ、庇護する対象。それを留守にした間に殺されたのだ。群れで生きる狼の血が沸騰する理由としては十分だ。

 黄色い瞳には静かな殺意。出て来たケイジに銃口は向けられ、周囲の球体はジオの呪文スペルを受けて弾丸の様に形を変えていた。

 貫通力を上げた。そう言うことだろう。つまりは殺すと決めたと言うことだ。「……」。肌がビリビリする。背中に悪寒が奔る。死を目の前にして、ケイジの身体が目を覚ます。心臓が脈打つ。血が加速する。世界が停滞する。クスリでの加速は良いな。そう判断したケイジは転がって居た金属のお盆の渕を踏んで、起き上がった所を蹴り上げ、右手で受けた。

 かぁん、と高い金属音が鳴り響いた。

 それが開始の合図だった。

 ジオが引き金を引く。飛び交う弾丸を、魔弾をケイジは手の中のお盆――否、円形の金属盤で叩き落とし、走り回る。倒された机を踏み台に跳躍。そのままスライディングでピアノの下を潜り、ガタイの良い警備の死体をひっつかみ、盾にする。孔が空く。弾丸の威力は殆ど肉に食わせてやったお陰で呪印のガードで楽に止められた。胸元を漁り、銃を取り出す。大口径のダブルアクションリボルバーだった。良い趣味してんな。仲良く出来そうだ。ケイジはそう思った。だが無理だ。もう死んでいる。「――ふっ」と、肩を入れて死体を担ぎ上げ、右手でリボルバーの引き金を引き、走り出す。こう言う時、機械の義肢は無茶が効く。大口径特有の衝撃も殺し切り、しっかりと狙える。でも狙えるだけだ。当たんねぇ。思わずケイジは半笑いになった。だが威嚇としては十分だ。マグレ当たりを嫌って今度はジオが下がった。

 攻め時だ。

 ケイジの鼻が勝機を嗅ぎ取る。

 弾の切れたリボルバーを投擲。革靴がフロアを力強く蹴り、リボルバーで目を引いてから一気に近づいての――膝。「はっ!」ケイジが笑う、止められた。膝を掴むジオの手には凶悪な獣の爪。ソレが肉に食い込み、裂かれ――るよりも前に蹴り足一つ。服と肉の表層だけをくれてやり、離脱。「……」。血が出た。クソいてぇ。だが距離は詰めた。距離を詰めたのなら――

 殴れ。

 駆動する鋼の右と、脈動するネクタイを巻きつけた左。

 銃を弾き、イヌ科の急所である鼻づらを左の速射で撃ち抜いて、右の鋼を腹に。ワンツーで身体をくの字に折り曲げた後、その下がった頭を掴んで膝に叩きつける。

 潰れるマズル。

 仰け反るジオ。

 神に愛された銀狼が理不尽な詠唱速度と威力を誇るのなら――

 旧時代の兵士の血と心臓はそれを人外の身体能力で食い破る。

 近接連撃ラッシュ。一息の間に為される拳の乱舞。親指で目を狙い、引きの拳で肝臓を狙う。側頭部に右の鉄槌を叩きつけ、脳を揺らす。ふらり、と崩れた所に叩きつけるのは自慢の石頭だ。血がでた。ジオから血が出た。笑った。ケイジはソレを見て笑った。

 人を安心させる種類の笑顔ではない。寧ろ不安を掻き立てる笑みだ。それでも笑うケイジを見て、場に安堵の雰囲気が広がる。警備員がやられた時は誰もが慌てたが、こう・・なってしまえばただの見世物だ。

 蓋を開けてみれば、蛮賊バンデット魔術師ウィザードの殴り合いだ。結果など分かり切っている。賭けにもならない。

 だがここはカジノ。

 賭けに成らない勝負は――存在してはならない。


「――、――」


 詠唱、小声。聞き取れない。だがずっと続いていた。ソレをケイジの耳は拾っていた。認識。その詠唱が終わった。理性ではなく、本能がソレを理解した。

 背中に悪寒が奔る。来る。と言うか来た。


「――っ、の!」


 再装填された球体が形を変えることなく、そのまま叩きつけられた。

 それを嫌って下がるケイジを追う様に今度はジオが前に出る。狼の獣人の、肉食獣のバネが瞬発力を生み出し、瞬発力は鋭い爪を殺意と共に打ち出す。

 突きは弾丸よりは遅い。

 だがケイジの眼でも捉え切れなかったのは、これ見よがしに速度を乗せて撃ち出されたのとは逆の手の突きが来たからだ。


 ――巧ぇな。


 三本の指で左目を狙われた。無理矢理顔を逸らして避けた結果、爪が頬に突き刺さり、穴が開いた。親指で拭い、舐める。味は良く分からない。鉄錆の匂いが鼻に抜けて行った。

 蛮賊バンデット魔術師ウィザードの殴り合いは成立しない。

 だがケイジとジオの殴り合いなら成立する。

 殴って、打って。唱えて、撃つ。

 近接戦闘インファイトも熟せる魔術師ウィザードまさしく移動砲台。ジオはそれだった。


「……」


 乱雑に、引っ掛けた指でワイシャツのボタンを二つ千切ってケイジは喉もとを緩めた。熱い。身体が熱い。だが頭は冷静だ。殴り合いなら6:4で分があんな。冷静な頭がそう判断した。つまりはもう止めた方が良い。その確率はギャンブルだ。ふぅー、と大きく息を吐く。切り替える。ギャンブルではなく、確実に勝つ。そう決める。良し。顔を上げる。にやにや笑いを貼り付けて――


「ヘェイ」

「?」

眠たいぜ・・・・


 煽る。


「……そうか。では――目覚ましだ」


 戦闘の際、ケイジが表情を造るのに対し、ジオは表情が止まるらしい。

 それでもその言葉に合わせて展開された無数の球体が彼の怒りを物語っていた。

 浮かぶ殺意。数は無数。


「……目は覚めそうだろうか?」

「どうかな? どうだろうな? どう思う? なぁ、テメェ、なぁ、どう思うよ・・・・・?」

「試してやろう」

「あぁ、して・・くれや」


 炸裂音。ケイジが避けたせいで背後に隠れていた客がバリケードごと貫かれる。速度で吹き飛ばされた肉は綺麗なモノだ。血も出ない。「ぁ」。と呻きが漏れた。傷口から血が滲みだした。自覚と共に死んだ。それを見て悲鳴が上がる。

 ディーラーの頭が吹き飛び、バニーのウェイトレスを客の一人が庇ってロマンスが発生。「っ! 馬鹿ッ! こっちくんな! くんなくんなくんなくん――来ないで下さいっ! お願いしまっ――」そして必死に頼み込む男がケイジの代わりに凶弾に倒れれば、場は更に混沌としてくる。


「ヤァ。良いね、良いね、良いぜ。盛り上がって来たじゃねぇか、ファン、ファン、ファンだ。ラッパの音が聞こえてきそうじゃねぇか」


 死んでしまった男の無念を晴らさせるべく、死体を盾に、目くらましに。

 死体の影から大きく外れて飛び出して、ケイジは鋼の右を振りかぶる。「ッっ?」。その時点でジオに痛み。脇腹に針が刺さっていた。そちらに気を取られる。一瞬遅れる。ケイジの右が逆の脇腹に突き刺さり、吹き飛ばされる。バーカウンターに背中を思いっきり打ち付け、ジオの肺から空気が漏れる。


「ヘィ、どうした? 眠てぇのか?」

「――」


 簡易詠唱。突撃するケイジの顔の前に球体を生み出す。「――っと」、前のめりに突っ込もうとしていたケイジはソレを見て急ブレーキ。きゅっ、とフロアを鳴らし、身体に制動を賭ける。左手に巻いた赤いネクタイが尾の様に大きく動いて目を引いた。「づっ!」。ジオの口から苦悶が漏れる。次ぎは肩だった。視線を引っ張られた隙を付いて針が差し込まれる。だが見た。今度は見た。影。ケイジが制動を掛けて止まる中、その影だけが止まらず動き、こちらに差し込んで来た。


「二対一かっ!」

「一対一のファイトを申し込んだ覚えはねぇぜ?」


 白々しく答えながらケイジが動く。大きく動く。振りかぶられた右の拳。アレは囮だ。ジオはそう判断する。魔術師ウィザードならでは俯瞰視点。前衛のケイジやガララとは違う広い視野で戦場を見る。どこからくる? そう思った。どこからも来なかった。囮と思われた右拳が鼻を潰してきた。


「余所見はいけねぇな」

「――!」


 怒りに任せて全弾を叩き込む。顔を庇いながら、思いっ切り後方にケイジが飛ぶのが見えた。打つ、撃つ、撃って打つ。打撃音が響き渡り、ケイジが吹き飛ばされる。だが、弾が途切れた瞬間、踏ん張っていた足が前進の為に思いっ切り踏み込まれる。

 弾丸の様に真っ直ぐ疾駆する。

 身を低く、弾が無くなった隙を付いて一気にケイジが距離を詰める。


「――、――」


 ジオは慌てることなく、意識して呼吸を深くした。

 勝てる。

 そう判断したのだ。

 装填の間を稼ぐ為、ジオが下がる。半歩。それだけの距離を稼いだ。ケイジは半歩届かない。その間に展開した魔弾をカウンターで叩き込んでやれば良い。勝ちを焦るあまり、直線的に動いたのがそもそもの間違いだ。そう思ったのだ。


「解除」


 右肩に触れながらケイジが言う。左手が鋼の右手首を握り――そのまま居合抜きの様に服の袖から右腕が抜き放たれた。

 勢い任せの一撃だ。それでも半歩分、いや、それ以上を喰った。

 咄嗟、踏鞴を踏んでどうにか下がるジオ。その眼前でケイジが自身の右腕を鈍器の様に大上段に振り上げる。

 重さに速さを足せば、殺意だ。


「舐っ、めるなぁ!」


 受けて撃つ。

 手を捨ててでも頭を守り、時間を造る。

 その為に腕を上げようとした。上がらなかった。影がジオの身体に纏わりついていた。足で両腕ごと身体を締める。更に首に腕が回され、首を引き抜く様に締めあげられる。

 盗賊シーフの技能の一つ絞殺術スネーク・キリングの一つ、裸絞だ。


「――っ!」


 ジオの口から声にならない声が漏れる。猶予は七秒。それは人が締められて落ちるまでの時間だ。実戦で長いか短いか、それは分からない。だが、ジオの判断は早かった。自分ごと撃って、影を殺す。その判断を即座に下した。

 だがそれよりも影、ガララの方が速い。

 太く、しなやかなリザードマンの尾が鞭の様に振られ、ジオの足を払う。人には反射と言うモノがある。無意識で動いた身体が大勢を立て直す方にリソースを裂いた。魔弾は八差されない。そして五秒使わされた。

 声は、もう出なかった。

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