よろこびのこ

本日は二話更新(1/2)







 人生にリセットボタンは無いので、逃亡コマンドも存在しない。相手が大魔王でなくとも逃げられない時は逃げられないのだから人生と言う奴はクソゲーだ。


 ――待って居るぞ。


 そう言ったのなら道中のお仲間くらいはどかしておいて欲しい。


「ヨォ、ポンコツ? 元気してた? ちぃと落としもんしちまったんだがよ、この辺に俺の右腕無かった?」


 代わりにこれやるよ。そう言ってケイジが捨てたのは道中の警備をしていた大型機、アスリートの死骸だ。動かなくなったソレは自立することが出来ずに崩れて行った。


「むっ、もう来たのか?」


 意外そうな、驚いた表情を浮かべるナナカマド。

 表情。そう、表情だ。ナナカマドの顔は再び人の様になっていた。アレが彼なりのイケメンなのか、モデルが居るのか、先程被って居た皮と同じモノを被って居た。


「……」


 天井を見る。六人の乙女はもう観察に値しないと判断されたのか、見知った三人が吊るされていた。上半身の服が破られている。剥き出しだ。アンナはスルー出来た。リコはちょっと見た。「ぶっころすわよ、ケイジ?」「ケイジくん、ケイジくん、お金取るよ?」「……俺、一応助けに来たんですがね?」。二人は減らず口を叩けるくらいには余裕がある様だ。ソレを理解した。理解したら、少し安心しできた。余裕ができた。

 ヤバいのはロイだ。出血している。何故か背中が、呪印がズタズタだ。『眉間を撃ち抜かれた鹿』ロイの背に彫られたソレは死亡原因が変わってしまいそうな有様だ。


「あぁ。これまで、動物兵は良く観察してこなかったのでな――して・・みた」


 不思議だな? 毛皮を剥いでも、治すと絵も治る、とナナカマド。


「――魂に彫り込む。眉唾で有ったが、これなら当方にも入れられそうだ」

「あぁ、そう。ソイツは良かったな。オメデトウ。お祝いに鉛玉をくれてやるよ。お礼は言えるかな、ボクちゃん?」

「安い挑発だな、賊。当方が守護するこの場に土足で踏み入った非礼、頭を下げて詫びればまだ仲間の命位なら助けてやったものを……」

「頭を下げる? 俺が? おいおい、冗談だろ? テメェの頭カチ割る方が楽だし、早いぜジャンクマン?」

「……そのザマ・・でか?」

「ハンデが足りねぇか? だったら頭を下げな・・・・・

「……」


 きゅら。金属の擦れる音。ナナカマドの顔に怒りが浮かぶ。成程。コレの製作者は本当に新しい種類の人としてコレを造ったんだな。そんなことを思った。

 殺す。そんな無機の殺意に晒されてケイジは笑い、RMDを取り出す。首に一本。


「……薬物に頼るか。未熟だな」

「狡いってか? そんじゃ――ハンデだ」


 そしてもう一本、首に。


「ッ!」


 打った。衝撃が来た。世界が揺れる。跳ねる。いや、違う。内側が跳ねる。暴れる。

 肺が裂けた。気のせいだ。

 心臓が破裂した。気のせいだ。

 細い毛細血管が破裂した。コレは多分、そうだ。痛い。いや、痛くない。それが怖い。誰かが何かを言っている。多分、頭上のアンナとリコだ。その動揺が欲しかった。相手に、本当に壊れたと思って欲しかった。

 ぶぶっ、と唾液混じりの血がせり上がり、口から飛び出した。右目の視力が無い。何処かで切れている。

 死にそうだ。

 だが、それは予想通りだ。

 問題なのは、思ったよりも死にそうだと言うことだ。

 行ける。はずだ。両親からはそう訊いている。

 弄ってある。この身体はその為に調整がされている。コレは今まで使わなかった範囲まで使おうとした初期不良みたいなものだ。いや、初期不良だと意味が変わる。じゃぁなんだ? 知らねぇよ。

 死ぬ。

 戦う前に死んでしまう。

 戦う為には更にアクセルを踏み込み、先に行かないといけない。いや、無理だろ。無理だよね? 死ぬ。ぜってぇ死ぬ。本能で理解している。死にたくない。殴る時、壊れない為に脳が全力を出さない様にブレーキを掛ける。そんな痛がりな人間だ。デリケートなんだよ。優しくしろ。しろ下さい。あぁ、でも――


 呪印を彫ったから完成させなければ後四年位で死ぬ。

 ここまで外したらもう結構寿命は吹き飛んでいるので、十年位で死ぬ。

 そしてこのままだと、ここで死ぬ。


「――は、っ」/笑った

「ははっ」/笑ってみせた


 どうせ死ぬ。どうしたって死ぬ。


「……オーケ、イ。オーケイで、オーライで、ついでにファックだクソ野郎が。――行くぜ?」


 どうせ死ぬなら、どうしたって死ぬなら――


「――強襲アングリフ


 勝って死ね。







 ――獣と交わった仄火の民の中には稀にそう言うの・・・・・が生まれる。


 母親が言うには迷信の様に語られていたのだと言う。

 父はその、そう言うの・・・・・なのだと言う。

 獣の様に俊敏で、獣の様に狂暴で、獣の様に短命なそう言うの・・・・・。ソレが旧時代に改造された人の名残だと言うのが解明されたから、狙ってそう言うの・・・・・を造ろうとした結果、出来たのが自分なのだとケイジは教えられた。

 父親はプロトタイプだ。生まれやすい家系同士を掛け合わせた。

 自分は初期ロットだ。前の代から得られたデータを元に、発掘したデータを使用。そして修正を加えられた。そうして体外受精で弄ってから薬漬けの母の腹に返って造られたのは――ケイジ。


 ケイジは慶児。強い子、祝福の子。赤い目をした獣の子。長く生きられない獣の子。

 天から仄火の国を守るために使わされた――よろこびの子。


「――ぶっ」


 と、血を吐き捨てる。赤黒い。静脈を流れる血だろうか? 狭い視界でケイジはそんなことを思った。心臓が煩い。鼓膜が破れそうだ。でも破れない。一線を越えたら楽になった。身体が『用途を思い出した』からだろう。RMD二本打ちからの強襲アングリフだ。常人なら死ぬ。何時ぞやの野盗、蛮賊同業のスキンヘッドがやって見せてくれたようになる。

 だがならない。

 だって慶児の血管はそう言う風に造られている。

 だって慶児の肺はソレを稼働させられるように造られている。

 拍動強化。定められた二十億を猛スピードで食い潰す獣の心臓の為に、そう造られている。

 そうして捧げた代償により得られるのは人外の時間だ。

 反吐が出る。何が慶びの子だ。そう思う。強くて、早く死ぬ。英雄として祭り上げるには丁度良い。それだけの存在だ。あぁ、そうか。確かに国の、集団の頭にとっては慶びの子だな。

 皮肉が効いている。当事者だと少し笑いにきぃな。そんなことを考えながらゴブルガンを抜く。コン、鉢がねを銃口で撃つ。ふぅぅぅ――、長く息を吐いた。


「――来いよ、ボクちゃん。それともまだハンデが欲しいかぃ?」

「腕を失い、血を吐き倒れ、不様を晒す。……それで来い? 当方を愚弄するのもいい加減にしろっ!」


 三回。腕が振られ、蛇腹剣が床を叩き、壁を削る。

 三歩。歩いただけでケイジはソレを躱した。


「その赤い目! その動き! やはり東軍所属の強化兵かっ! 旧式の分際でぇ!」

「ちげぇよ。ヴァッヘン蛮賊バンデットギルドのケイジさんで、一応は最新式だ」


 嵐の様な連撃。両腕の蛇腹剣が空間を削る。

 亜音速領域の連撃。破裂音は鞭の様に撓る剣先が戻しの際に音を超えた印だ。それを――

 ケイジは歩いて躱す。

 人の時間は獣にとっては遅すぎる。激しく拍動する心臓が許し、寿命を代償に入った世界は酷く緩慢だ。歩きながら、ゴブルガンのグリップエンドで空間を叩く。空間には突然、蛇腹剣が来た。肩から軌道を読み、目で修正した。それだけだ。叩きつけたグリップエンドが速度が乗り切る前の蛇腹剣の勢いを削ぎ殺し、たわませる。

 死に体だ。

 長く伸ばしたソレに勢いを乗せるには引き戻さなければならない。待ってやる義理は無い。


「テメェがマシンガンでも持ってりゃ勝負になったかもしれねぇが……わりぃな、相性が良すぎる」


 引き戻すのに合わせての一歩。

 軽かった。そう見えた。だが疾かった。無駄が無いから軽く見える。それだけだ。


「っ、のれぇ!」


 近づくケイジを嫌い、腕が振られる。二回。引き戻しながらの刃がケイジの後頭部に迫る。一瞬、振り返り、ケイジが引き金を引く。二つの刃が一発の弾丸で弾かれた。それを確認することも無く、記事が歩きだす。近づいてくる。あの拳銃のグリップで頭を割る気だ。ナナカマドにはケイジの狙いが何となくわかった。そうしたら死んでしまう。

 第六世代には生体脳が搭載されている。機械脳では有り得ないブレがある。そのブレは悪い方に作用することも有れば、良い方に作用することも有る。針を連想させる極限の集中力。狭くなった視界の中、自我を持った機械が『死にたくない』と鳴いて生存の為に剣の軌道を制御する。していた。がきぃ。何かが噛み込んだ。そんな音がナナカマドの肩から響いた。


「あ?」


 ナナカマドが振り返る。彼の六つのカメラには一機のアスリートが映った。アスリート? いや、違う。鉄板を被っている。だがお粗末な出来だ。良く見ればソレは鎧の様にアスリートの残骸を嵌めた大柄な人だ。鱗が見える。リザードマンだ。

 ソイツが長い針を、伸ばして出来た腕の隙間から身体の中に差し込んでいた。


「――あ、あぁあぁぁぁああぁっ!?」


 剣を引く機構、二本のワイヤーに絡められた針が呑み込まれていく。ソレを見て思わず叫ぶナナカマド。見慣れた――記録として見慣れたものが、粘土の様なモノが、その針には付いていた。何かを受信する様なピンもだ。


「アナタ達はポケットが無いから」


 ――貼り付けて使おうと思っていたんだ。


 言いながらアスリートが下がる。不安定だった頭部がずり落ちる。

 ガララが目を細めて笑いながらペンの様な装置を押し込んだ。








 三人を下ろし、ロイにはアンナが秘跡サクラメントを掛け、女性陣にはケイジとガララが上着を渡した。特に抵抗せずに言う通りにしたので大した傷がないのが救いだろう。

 それでも天井から吊られていた手首はサイズの合わない手錠の様なモノで引かれていたので、中々に痛々しい。リコに至っては肩が外れていた。アンナが嵌めると「にゃぁ!」と良く分からない鳴き声を上げたあと、ぷるぷるしながらケイジの背中にしがみつく始末だ。


「……」


 ケイジは好きにさせながらモルヒネの錠剤をばりばりとかみ砕いた。

 いざと言う時の為に用意したのだ。今がいざと言う時だ。おくすりおいしいれす。いや、別に美味くはねぇな。


「ケイジ、回収したよ」

「わりぃな。重てぇ役目に加えて死体漁りまでやらせちまって」

「良いよ。囮が優秀だったから楽だった。それに……それだけ出血してる人を死体には近づけられない。大丈夫?」

「初期不良みてぇなもんだ」


 次からはもうちょい軽く行ける。……はずだ、とケイジ。


「それならメーカーに返品しないと駄目だね」


 重症だね、とガララ。

 そんな彼の手には六人分のドッグタグが合った。ポケットマネーからお金が貰えるから回収した。それだけだ。感傷は無い。多分、そのはずだ。


「お、い、賊……!」


 仰向けで床に転がり、レサトに抑えられたナナカマドが声を出す。口はもう動いて居ない。そこまでの余力はない。声にも少しノイズが掛かっている。腹の中を焼かれるのは鯨でも辛いが、ソレをやった方である玩具の人形もきついらしい。


「名を。貴君の、貴君等二人の、名を、聞かせろ……っ!」


 二人と言うのはケイジとガララのことだろう。謳利は見つめ合い、「せーの、ほい」で、じゃんけんをした。ガララがチョキを出してケイジがパーを出した。


「……何でだよ?」


 がりがり。面倒くさそうに頭を掻きながらケイジ。


「くっ、知れた……ことを。貴君等は当方に、勝った……なればその名、刻むが道理……っ!」

「そうかい。かっけーな。……所でテメェ、稼働してどんくらい?」

「? 四ヵ月ほどだが」

「そーかい、生後四ヵ月ってわけだ。そんでオナニー覚えるのは早過ぎだな」


 言いながらゴブルガンを抜く。装弾はさっきガララにして貰った。引き金を引けば弾が出る。銃としての最低機構は片手でも動かせる。素敵だ。ソレをナナカマドの口に突っ込む。


「? おなにー?」


 声には変化が無い。口は飾りなのだろう。だが、その飾りの先には生体脳へ繋がる管がある。レサトにもある。モミジにもある。生体脳を動かす為の白濁した人工血液が流れる管だ。


「そう。オナニーだ。テメェがやってることだ。自己満足で気持ちよくなる為の素敵な行為だぜ? でも見苦しいから人前ではやんな」

「それと、貴君の名前に――」


 何の関係が? ソレを言わせない。被せる様にケイジは言葉を続ける。


「テメェが気持ちよくなるのに付き合う義理はねぇんでな。俺の名前は教えないし、テメェの名前も覚えておく気はねぇ」

「! それはっ! 戦った者への愚弄である! 貴君は当方を愚弄す――」

して・・んだよ、ボケが」


 引き金を引いた。

 そうしたら黙った。それだけだ。

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