フロッグマン

 フロッグマンが変異生物ではなく、亜人とされるには当然、理由が有る。

 彼等は今ある道具の改良が出来る。

 彼等は改良の際に不具合が発生した場合、その原因を調べることが出来る。

 彼等はその発見した不具合に対する解決を考えることが出来る。

 彼等はその解決方法を同様のレベル、或いは上のレベルの他知生体に求めることができる。

 彼等はそうして目的に達成した道具を伝達欠損の少ない状態に落とし込み、伝達が出来る。

 彼等はこれらを道具以外のモノにも適用できる。

 改良と蓄積と伝播ができ、自分達以外の種族ともコンタクトができる。こうなってしまえば変異生物ではなく、亜人として扱わなければ危険だ。

 まぁ、つまりはフロッグマンは馬鹿では無いと言うことだ。

 人が自分達の敵であると明確に理解しているので、それなりに監視の目を放っている。パッチェに何時もよりも多くの人が集まれば、そこから異変を感じることくらいは出来る。

 だったら奴等の監視が届かないヴァッヘンで準備を進め、多脚戦車を用いた行軍で目的地に同時刻への到着から部隊展開で一気に攻めてしまえば良い。

 職業軍人でも胃が痛くなりそうなこの作戦を、個人主義が強い開拓者にやらせようと言うのだから、今回の作戦を立てた奴は随分とイカレている。そう思う。思うが所詮、ケイジは下っ端だ。五人一組のフロッグマンチームの隊長ですら無いのだから、意見を言う気は無い。


「ケイジ、ここ?」

「あぁ、多分ここだ」


 有り難いことに――と、一応、素直にそう言っておくと、同じチームに入れられたガララの言葉に頷く。目の前には、BAR。普段ケイジが利用するのとは違う系統の店だ。大人の雰囲気がする。「……」だが、店長のセンスには期待しない方が良いかもしれない。音楽も楽しめると言うことを強調したかったのかもしれないが、店名が『ソニック』は無いだろう。暗めの照明に合わせられた木目の看板の中、その店名だけが浮かんで見えた。

 まぁ、別にいい。店名に左程興味はない。ただ、ここが他のカエルとの待ち合わせに指定されたと言うだけだ。

 入口の時点で金を払わされたのには少しだけ辟易した。ミュージックチャージだか何だか知らないが、一人銅貨十枚を入るだけで取られると言うのはどうかと思う。


「音楽は良いものだよ、ケイジ。きっと銅貨十枚の価値はある」


 リザードマンは求婚が唄であることも有り、音楽好きは多い。ガララは納得しているようで、うんうん、と頷きながらそう言うが――


「そうかよ。精々へっぽこ音楽隊でねぇことだけを祈ってるぜ」


 生憎と芸術を解さないケイジは、へ、と小馬鹿にしたように笑った。

 扉が重い。音を押し込める為なのだろう。アンナは一人で開けられそうにねぇな。ふっ、と先程とは種類の違う笑みがケイジに浮かぶ。

 そんな思い扉を開けてみれば、一階と地下をぶち抜いたフロアが見えた。地下席にステージが置かれている。あちらの方がバンドに近い分、人気がある様だ。逆に手摺りで区切られた一階席はそこまで人気が無い。そんな一階席の一つのテーブルで手を挙げる人影が見えた。


「こっちだ、お嬢さんフロイライン


 甘いおっさんの声。「……」あぁ、そうかよ。そう言うことかよ。アリアーヌに行けば解ると理由がはっきり解った。マジでファックだ。ケイジはUターンしたくなった。なったが、既に前金は貰ってしまった。今、仕事を放棄したら最悪賞金首になってしまう。


「……」


 せめてもの抵抗でケイジはジュリオから一番離れた席に付いた。そんなケイジを見てガララが「あぁ、アレが噂の……」と呟いた後、同情する様に肩を叩いて来た。


「……テメェ、笑ってるよな?」

「そんな。言いがかりだよ、ケイジ。人間にガララ達の表情は読み難いから間違え――」


 ぶふぉっ。


「ヘイ、ヘイヘイヘーイ! 今、何か爆音が聞こえたぜ? 屁か? ちげぇよな? 笑いが漏れちまったんだよな、冷血蜥蜴コールドブラッド?」

「誤解だよ。ほら、良いから挨拶をしようケイジ」

「……」


 顔を背けてプルプルされながら言われても何の説得力も無い。だが、こうして居ても仕方がないのも確かだ。ゆっくりと見渡す。「……」。ケイジは絶句した後、頭を抱えた。最悪だ。最悪の中の最悪だった。


「……ケイジ」

「ンだよ? テメェも安全地帯に居るわけじゃねぇって気が付いたガララさん」

「前だけじゃなくて後ろも警戒しないとだめだね」

「……そうだな」


 答えるケイジに力は無い。何故ならテーブルに居るのは――


 “アスバンデット”ジュリオ。

 “ロバー”ロブ。

 その恋人のエルフ(男)。


 と、言うこれ以上ない位に個性的なメンバーだったからだ。







 ミリィの様な大人の女性も絵になるが、若い少女たちが集まって何やら楽しそうにしているだけでも絵になる。水場とはそう言う場所だ。水場と言い切るには少し厳しい油の浮いた沼地でもそれは変わらない。


「……」


 いや、大分変る。それでもちょび髭のおっさん見るよかナンボかマシだ。ケイジはそんなことを思いながら近い位置からエントリーする戦乙女ワルキューレの一団を見ていた。ケイジと同じく、ダイバースーツを着ているので、ボディラインが見えて中々に楽しい。

 スールの三番隊、ゲルヒルデの乙女達らしい。


「……ガララ。俺さ、一応あそこの八番隊の隊長と面識あんだわ」

「それで?」

「そっから広げて任務終了後の打ち上げと言う名の合コンに持って行こうと思うんだけどよ、どう?」

「良いと思うよ。リザードマンの子も居る。ただ問題は成功率が低いと言うことだね」

「ばっか、お前、ばっか。解ってねぇなぁ、俺が本気出せば……」

「本気を出せば?」

「……ロイと通信コール繋がってたりする?」

「そんなカッコワルイ形で後輩を頼るの、ガララはどうかと思うよ?」


 後、空きには後方部隊のアンナを入れてあるよ、とガララ。

 フロッグマンは五人一組。通信コールの枠は六人。一人浮いた分は別のチーム、特に後方部隊を入れておくのが習わしだ。ケイジもそうするつもりだった。後方部隊の護衛に付くリコかロイでも入れようと思って居たのだが――


「ケイジはルイさんだったね」

「ヤァ。そうなんだよ。後方部隊でも、その護衛でも、ついでに蛮賊バンデット多めのフロッグマンですらねぇ、何やってるか解んねぇルイ先輩に奪われたんだよ」


 あの人も大概、何がしたいのか解んねぇよなー、とケイジ。

 そんな会話をしながらもケイジは戦乙女ワルキューレのガン見を止めないし、隣に座ったガララもガン見を開始していた。

 ヴァッヘンを出発して既に四日。車の中には隙を付いて手を握ろうとしてくるちょび髭と、いちゃいちゃする猪(男)とエルフ(男)しかいなかったのだ。

 男女比を考えれば、男だけのパーティなど珍しくも無い。恋愛感情的なモノさえなければ、まぁ良くある開拓者パーティの移動風景と言ってしまえばそれまでだ。だが、恵まれた環境に居たケイジ達はそうではない。「……」リコとアンナの有り難さがこれ程身に染みたことはない。おっぱい揉んどきょ良かった。ケイジは割と真剣に後悔した。


「わし、あの真ん中のダークエルフの子が良い。お前らは?」

「ヘェーイ、ミスター強奪魔ロバー? テメェの趣味とはちげぇだろ? ――左に居る人間種だな、乳が、こう、ダイバースーツで、こう、なぁ……」

「わし、両方いけるもん。蜥蜴は?」

「ガララは言うまでもないと思うけど。リザードマンの子だね」


 ガン見していたケイジとガララの横に更に猪の獣人、ロブがやって来た。そして聞いても居ない性癖を語ってくれた。筋肉質ではある。それは間違い無い。だが、骨格的にロブのダイバースーツ姿はどうしてもコミカルだ。小太りなおっさんに見える。

 女三人寄れば姦しいとは言う言葉が有る。そして男が三人揃えば始まるのは猥談だ。ガン見しながらのソレはあっさりと戦乙女ワルキューレ達に気が付かれる。

 当然だ。女性は視線に敏感なのだ。

 そしてケイジ達にデリカシーは無いので、ガン見は止めない。


「『こっちを見てる猪さん、もしかしてロバーのロブじゃない、いやーん、奪われちゃう!』」

「ヘイ、何それ? どうしたん、ロブのおっさん?」

「あの子たちの心の声」

「……いや、ねぇよ」

「うん、ガララも無いと思うよ」

「そんじゃどんなん?」

「……本当に何だよ、それ。俺等にやれってか? 嫌だね、糞さみぃ」

「うん。全くを持って、その通り。やるわけが無いよ」

「えー……わし、やったのに」

「いや知らねぇよ」

「その通り。アナタが勝手にやっただけ」

「……」

「……」

「……」

「『黒髪の彼の視線、見られてるとぞくぞくしちゃう。私、もしかして……』」

「ケイジ!?」


 やるの!? とガララ。コイツがこんなデケェ声出すの、初めてかも知んねぇな。そんなことをケイジが思うのと同時、ジュリオからの集合が掛かった。見れば狩人レンジャーの長距離狙撃が沼に浮かぶ船に撃ち込まれていた。

 様子がおかしいことに警戒していた見張りの保証がスナイパーライフルから吐き出された弾丸で吹き飛ばされる。開戦だ。第二射はクロスボウによる曲射だった。船に隠れる様に動いたフロッグマンを頭上から襲う矢の雨は視線を自然、そちらに向ける。

 元より沼地はフロッグマン達の陣地だ。警戒は薄い。そこにコレだ。視線は殆どが上を向く。そんな中で沼に落ちた矢に括りつけられていた物に気が付いた奴は何人いただろうか? 気が付いても気にした奴は?


錬金術師アルケミスト謹製の毒薬だっけ?」

「そう、フロッグマンの粘液と化学反応起こして酸になる奴だね。……水を汚されるとガララは少し悲しくなるよ」

「あれ、わしらにも有害だから気を付けんといかんのがなぁ……」


 ぶつくさ文句を言いながらジュリオの下へ向かう二人の蛮賊バンデットと一人の盗賊シーフ


「……水中スクーターってどうなったんだっけ? 俺等使えんの?」

「結局用意で来たのは水上スクーターで、薬品を撒く部隊が使うとガララは聞いたよ」

「へぇ? 囮ってわけかよ。頼もしいね。そんで俺等は? ボンベ背負って、リムペット地雷抱えて、バタ足で行くって? 最高だな、オイ」

「うん、それも毒液撒かれた沼をね」

「しかもわしら素手」

「……そこはテメェに期待しとくぜ強奪魔ロバー?」

「惚れないでね?」

「惚れねぇよ?」


 ククッ、と笑い合った。




あとがき

書いてる時は気に成らなかったけど、ガララとロブの口調が紛らわしい……。

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