灰皿

 国同士の小競り合いで弱った所を亜人に攻められ、落ちた都市がある。

 まぁ、その程度で落ちる国なので、大したことは無い。国とは言っているが、ヴァッヘン以下の力しかない。そんな小さな国だ。

 仄火皇国。

 その小さな国がケイジの両親の祖国らしい。正直、話で聞いたことしかないので、ケイジには何の思い入れも無い。お国が再び立ち上がる時の為に――と母親は張り切っていたが、ケイジにはあまり興味が無い。だから助けたのだって、両親への義理でしかない。親孝行したい時に親は無しとは良く言ったもので、ケイジにとっては出来なくなった親孝行の代替行為くらいのつもりしかない。

 やれると思ったから、やった。

 正直、無理なら普通に引いていたし、二回目もやる気は無い。

 お行儀よく言葉を選んでいるのも、両親に対する義理でしかない。

 その程度だ。

 ケイジに対応している人間種の中年の武士、ヒョウエはそのことを理解してくれている。軽い情報収集をしながらも、軽いお礼を渡して最後に適当なお世辞を言って、『また機会が有れば話そう……』位のセリフで締める気だ。

 その対応はケイジの望む所だ。

 初回サービス価格で礼金だって吹っ掛ける気は無い。だが――


「ヒョウエ。何をしているのですか? 仄火の民だと言うのなら、共に来てもらうべきでしょう?」


 ちょっと空気が読めてない子が居た。

 実用性皆無の動き難そうな和装の少女。黒絹の様な美しい挑発、瞳の色もそれに合わせた黒。外に出ることが無いのだろう。日に焼けていない肌は宝石の様な透明な白だった。

 硬い殻の中で育まれた美しい真珠の様な少女だった。彼女は「行けません、姫様!」と言うお付きの侍女を振り切ると言う三文芝居の様なやり取りをしてから、ケイジの前にやって来た。

 ヒョウエが膝を付く。目線で『頼む!』と言って来たので、ケイジも膝を付いた。頭が高い! と言う奴だ。ガララとアンナも空気が読めるので同じ様にしてくれたし、レサトも良く分からないが鋏と尻尾を下ろしていた。「……」空気読み取り機能が壊れ気味のリコが居なくて良かったな。ケイジはちょっと現実逃避気味にそんなことを考えてみた。


「先の手並み。見事でした」

「はっ、有り難く……」

「許す。名乗りなさい」

「シチマルと申します」

「シチマル。私達は国を取り戻します。その為にはお前の様に若く、優秀な者が必要です。分かりますね?」

「……勿体ないお言葉です」

「ついて来なさい」

「……」


 視線でヒョウエに助けを求めてみた。指を一本だけ立てられた。『一度、見逃す』。口がそんな風に動いた。だったら話が早い。下げていた頭を上げ、立ち上がる。慣れない言葉遣いで凝り固まった肩をぐるんと回す。


「良いことを教えてやるよ、嬢ちゃん」

「じょっ……!?」

「沈みかけた船に乗る奴はいねぇ。ましてやテメェんとこの国は沈んだ船だ。……こういや分かるか? 分かんねぇならはっきり言ってやる。有難迷惑だ。誘わねぇでくれ」

「――!」


 真っ赤になった後、無礼者! と怒鳴られたのでお礼は貰えなかった。






「呼び出して悪かったな、ボーイ?」


 蛮賊バンデットギルドであるストリップバーの三階、来客用のソファーに座るケイジの対面に虎柄アフロの虎が居た。

 婉曲的な表現で言えば趣味の良い金のネックレスと指輪を嵌めて、室内にも関わらずサングラスを掛けっぱなしのおかしな虎の獣人。奴の名はキティと言う。


「休暇中だからな。問題ねぇぜ、マスターキティ?」


 ケイジの助言者メンターであり、ついでにヴァッヘンの蛮賊バンデットギルドのギルド長だ。

 ケイジが両親の生まれ故郷のお姫様に舐めた口を利いてみたのは昨日のこと。

 そこから一日以上たった今、ケイジはキティからの呼び出しでギルドに来る羽目になっていた。打ちっぱなしのコンクリートの事務所は寒々しい印象を与えてくるが、その実、換気が上手く行っていないので蒸し暑くて不快だ。

 机の上にはガラスの灰皿一つに二つのグラスとツマミの入った皿がある。「……」手を伸ばし、ギルド長自ら入れてくれた炭酸水を飲んだ。少しだけ減ったケイジのグラスを見てキティがウイスキーの瓶を揺らして見せた。飲む気の無いケイジが軽く首を振ると、キティは悲しそうに眉を寄せて自分のグラスにウイスキーを注いだ。


「ヨ。ボーイ、腹芸に付き合う気はあるか?」

「ねぇな。ストレートに頼まぁ」

「ヨ、ヨ、ヨ! 何だよ。余裕が無いな。良くないぜ、ボーイ?」

「……男なら直球で行けってのが我が家のお父様の方針でね」


 それで母ちゃん口説いたらしいぜ? と肩を竦めて見せれば、キティがますます悲しそうな雰囲気でケイジを見て来た。


「ボーイ……お前は本っ当に――可愛くねぇなぁ……」

「お褒めに授かり光栄です、っと。……っーことは“やっぱり”か?」

「ヨ。その通り、ボーイのパパとママ、つまりは仄火皇国についてお話しようぜ?」

「……一応聞くけどよ、何で?」


 何かあんの? とチーズを手に取るケイジに、


「奴等、最近進出して来たんだよ。ボーイは知らねぇかな? ヴルツェ街道の先、ゴブリン共の領地に近い所にオープスっていう都市が有るんだ。そこがな、最近買われちまった」


 枝豆をぷちぷちやりながらキティが行った。


「……買ったのは?」

「ヨ! 勿の論で、今話題の仄火皇国の方々だ。今は名前も練石ねりいしに代わってるぜぃ!」

「へぇ? そら景気のよろしいことで……」


 判断、間違えたかもしれねぇなー、とケイジ。


「ヨ。その良い景気にウチとしても噛みたいわけだがよ、何かネタはねぇか、ボーイ? いや、シチマルだっけ?」

「……お耳が早いことで」


 へ。と吐き捨てる様に笑い、姿勢を正す。ケイジのその態度に、キティはニヤニヤ笑いを深くする。「……」無関係を主張するのは無理だな。そう思う。口の内側の肉をごりっ、と噛んだ。痛み。意識を研ぐ。


「有るには有る」

「ヨ! 流石だボーイ! イイコだぜ! マスターキティにこっそり教えてくれよ!」

「わりぃな。お断りだ」


 ぱぁん、ガラスが割れる音。

 返事と同時に側頭部に衝撃が奔った。打撃。瞬間で机の上の灰皿だったモノを掴んだキティが横殴りにソレを叩きつけていた。頭が割れる。血が出る。痛い。だが、それだけだ。「……」無言で顔を元の位置に戻してみれば、変わらずにニヤニヤ笑うキティが居た。


「ヨ、ヨ、ヨ、ヨ、ヨ! いけないっ! いけないぜ、ボーイ? いや、これはオレが反省するべきかな? ……ボーイ、オレはお前に優しくし過ぎた・・・・・・・みたいだ」

「……あぁ、そうかぃ。そんじゃコレが噂に聞く愛の拳ってやつ? 殴った方もいてぇって聞くけどよ……どうも嘘みてぇだな。俺だけがいてぇよ」

「ヨ! 安心しな、オレも心は痛んでるぜぇ?」


 ――ダウト。

 その言葉を口にする代わりに、ケイジも笑う。


「話して欲しけりゃミリィの姐さん呼んでくれや。テメェに首輪付けとかねぇと怖くて放せねぇ内容だ」

「……ボーイ。ネタがあるならさっさと話すのがお互いの為だと思うぜ? ネクタイを締める・・・・・・・・のは嫌だろう?」

「ご最も。けどな、キティ。テメェ、ヴァッヘンの蛮賊バンデットギルドの長、マスターキティを安く見積もり積りだぜ?」

「?」

「俺はテメェに鍛えられたお陰でこの状況からでも『捕まる前に死ぬ』位は出来るって言ってんだよ」


 頭から、だくだくと血を流しながらも、わかっかなー? とケイジ。


「ヨ。良い口上だぜ、ボーイ? ……試してやろうか・・・・・・・?」

「当たり前だがよ、是非・・。……とは答えねぇぜ?」


 ぴりり、空気が張る中、バキっ、と高い音が響いた。音の出所はキティの手だった。灰皿だったモノが、更に砕かれていた。キティが手を開く。キラキラと破片が落ちて――


 更にその上に血がポタポタと落ちた。

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