ヒーロー
本日は二話同時更新(2/2)
ヴァッヘン中央区のおしゃれなオープンカフェ。そこでパスタをくるくる巻きながら、ケイジが溜息と共に、不満を漏らす。
「……ベッソに行きてぇ」
「奢ってあげてるじゃない」
向けられた先に居るのはアンナだ。白いワンピースにデニム生地の上着を合わせたお嬢様はケイジと同じ様に、それでも幾分かは上品にパスタを食べていた。
「量がすくねぇんだよ」
「おかわりすれば良いじゃない」
「何かもっとガッツリ腹に溜まるもんが――」
「はい」
うるさい口にフォークが突っ込まれる。ケイジはもぐもぐと大人しく口を動かしだした。
「ちっちゃい子みたい」
ふふっ。
アンナの笑いながらのそんな言葉にも、口に食べ物が入っているので、反論できない。
ケイジを静かにさせる手段を理解したアンナがケイジの口にパスタを運ぶ。三回ほど、それを繰り返しただろうか。
「ごめんって言えば良い? それとも――ありがとうって言っても良い?」
おずおずと窺う様にアンナが声を掛けて来た。
食事に誘ったのはこの為なのだろう。
「そうだな」
と、ケイジは考える。自分のフォークを揺ら揺ら揺らし、アンナのカルボナーラのメインとも言える半熟卵に手を出す。半分に割ると、黄身がとろりと広がった。麺にたっぷりと絡める。
「勝手に動くのは……正直勘弁して欲しかったぜ? 助けるにしても、見捨てるにしても手間だからよ」
「……やっぱり、見捨てる可能性もあったの?」
「正直言うと、結構迷ってた」パスタを一口。「そこはガララ達に礼言っとけ」
助ける方向に持ってったのはアイツ等だからよ、とケイジ。
「で、礼だが、貰うのはどうかと思う」半分残った卵を更に半分に割り、フォークで掬う。「一応、俺はパーティリーダーだからよ。それで礼を言われんのはどうかと思う」言いながら、ちゅるん、と卵を飲む。
「そんな訳で礼も付き合わされたガララ達に言っとけ」
俺は
「……そう」俯きながらアンナはそう言った跡、ぱっ、と顔を上げる。「最後に食べようと取っておいたのに……随分高く着いたのね?」そこには笑顔があった。
「そこはベーコンに手ぇ出さなかった俺の優しさに感謝してくれや」
「そうね」
「……」
「ケイジ」
「あ?」
「感謝してるわ。本当に、本当に、感謝してるわ」
「……ベーコンでそこまで感謝されるとちょいビビるな」
「そうね。ベーコンに捧げる感謝としては過剰よね」
アンナが言いながらケイジの手を取る。折れたり、その状況で殴るのに使われた左手だ。
唇が押しあてられる。そのまま愛おしそうに手の甲にアンナの頬が当てられる。柔らかかった。ずっと触って居たいような触り心地だった。
「ねぇ、ケイジ?」
瞳。瞳が、息が熱を孕んでいた。蕩ける様な瞳でアンナがケイジを見ていた。
「本当に感謝してるわ、あたしのヒーロー」
言いながらアンナがケイジの手を引く。
強い力ではない。それでもケイジは引かれ、身体を起こす。テーブルの上、息が掛かるほどの距離で見つめあう。
――口紅。
桜色の唇を見てソレに気が付くケイジ。気が付いてしまうと、何故か目が離せなくなる。良い匂いもする。クラクラする。
はぁ。
とアンナの吐息が掛かる。ケイジは、誘われる様に――
「美味そうなものを食って居るな、ケイジ?」
貰うぞ。それに許可を出す前に、ケイジのナポリタンが皿ごと強奪され、流し込む様にしてかき込まれる。
空の皿をテーブルにどん、と叩きつけ、更にその上にフォークをがちゃーん、と叩きつける。口の周りをケチャップで赤くしたデカい女が居た。
「……ヘェーイ、グリムゲルデ? っーかタヌ姐さん? 割と今、良い雰囲気だったんですが?」
何してくれやがんだ。
悪態を吐き出しながらも、知り合いに見られたということで頬を染めるケイジ。横目で何となく、アンナを確認してみると、こちらは左程照れた様子もなく、すました顔でアイスティーを飲んでいた。「……」。ちょっと納得いかない。そう思うが、まぁ、良い。問題は闖入者だ。
「……んで、マジで何だよ」
ケイジは勝手に椅子を持って来て座っているグリムゲルデに視線を向ける。
「何。大したことではない。当てにしていた金が手に入らなかったからな、奢って貰おうと思っただけさ」
因みに、ソレはお前から貰った情報のゴブリンのことさ、とグリムゲルデ。
笑っているが、目は笑って居ない。
まぁ、無理は無い。彼女にしてみれば、ケイジの行動は彼女を馬鹿にしている。
情報を売りつけておいて、先に自分が狩る。
無名教からの賞金が出る前だった――と、留飲を下げようとした所に聞こえて来た噂は多分『新人がホブゴブリンガンナーの死体で一儲けした』と言うモノだろう。
アンナの暴走などの話も聞いているかもしれないが、それでも何らかの落とし所が必要だろう。
「あー……」
ケイジは頭をガリガリと掻きながらポケットを探る。一応、用意はしてある。キティに警告を受けていたからだ。
ぴん、と親指で弾くと、ぱっと空中で奪われた。
グリムゲルデはまじまじとソレを見て、にんまりと笑った。
「金貨とは、景気が良いじゃないか、後輩?」
「お蔭さんで――とでも返せば良いですかね、パイセン?」
言って、ケイジは席を立つ。
食べるモノが無くなったのだ。何時までもここに居る理由は無い。
そんなケイジの腕に仔猫の様にアンナが絡みつく。
「ねぇ、ケイジ?」
「……何だよ?」
しゃがめ、と腕を引かれる。
お姫様の言う通りにすると、耳元に口を寄せて来て――
――続きがしたくなったら何時でも言ってね?
言うだけ言って、手を離すアンナ。
たっ、と軽く走り、スカートを靡かせて振り返ると悪戯っぽい笑顔が、ケイジを見ていた。
そこに居るのはまるで普通の少女の様で――とてもケイジが憧れたヒーローの様には見えなかった。
あとがき
と、言うわけで『銃と魔法とポストアポカリプス。』の第一部はこれにて完です。
……おかしいな? 予定では二月頭にこの文言を書く予定だったのに。
そんな感じに更新がグラついた今作ですが、コメントや、ブクマ、評価やレビューを下さる方々、そして読んでくれた方々のお陰でここまでこれました。
感謝……ッ!!
あ、おまけ企画のレサト日記は一から二週間以内に上げますです。
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