彼は右足を撃った
本日は二話同時更新(1/2)
大街道の荒れ果てたアスファルトが一歩で削れる。それが重さを表している様だった。腹の肉が揺れる様を見ればソレが筋肉による重さで無いことは想像できる。敏捷性、或いは速さと言う目で見れば勝っているだろう。ならばソコで勝負する様な構図を造ってやれば良い。
一番良いのは二対一、ガララとケイジ対ホブと言う図を造ってやれば良い。
速さは速度のことではない。
速さとは行動回数だ。
そう言う意味では今はそれでも負けている。先ずは相手の手数を、取り巻きを減らす必要がある。「――」アイコンタクト。ガララとケイジはソレを交わし、左右に分かれた。
遊撃、奇襲、強襲で力を発揮するケイジとガララの戦い方は走ることから始まる。
――上位種混じりで二十と……四ってところか?
とっ、とケイジが軽く背後に飛んだのは数を数える為だ。一歩の後退でも視界は広がる。敵との距離が出来上がれば、それだけで冷静に成れる。
それでも殺せる。
見るのは武器だ。
ケイジに向かってくる二匹の――二組の騎乗ゴブはSGとAKを持って居た。AKゴブは既に引き金を引いている。引いてはいるが、上下する大ネズミの背の上と言うこともあり、中々にフィーバーしている。楽しそうだが、アレでは当たらない。怖くない。
――テイマーか?
その騎乗での立ち振る舞いから漸くそんな予測を立て、SGゴブでAKゴブを隠す様に動く。ケイジはAKゴブの射線の先にSGゴブを置いた。そうすればまぐれ当たりも怖くなくなる。そしてSGゴブの動きは同じSG使いとして何となく読める。読めるから、その進路上に向けて試験官を
投げた先で中身が零れる。空気と触れたソレが化学反応を、或いは魔法的な反応を起こし、壁へと姿を変える。
カバーとして使える程度には硬い壁だ。
猛スピードで走る眼前にソレが出て来たSGゴブの末路は中々に可哀想なモノだった。ぎゅみっ! と操る大ネズミが潰れた悲鳴を上げると同時に投げ出された彼は結構な勢いで吹き飛び、頭から壁にぶち当たった。首の骨が逝ったのだろう。ゴキブリの様に手足をばたつかせて狂ったように地を掻いている。
「……シートベルトとヘルメットの大切さが良く分かるな、オイ」
軽口を叩きながら出来たばかりのカバーに背を付ける。既に二匹目は来ている。だからその間に壁を置いた。AKでは抜けない。その程度の硬さはある。
だから回り込んでくるのを待った。
大ネズミの旋回半径はそれなりに小さく、中々に優秀だ。それでもどうしたって速度は落ちるし、その横に掛かる慣性に騎乗のゴブは対応しなければならない。
ゴブリンライダーなら兎も角、本職ではないゴブリンテイマーが隙を作ってしまうには十分だ。ケイジは待って居た。アイアンサイトの先にソレが来るのを。来たので撃った。ゴブは耐えれた。だが、大ネズミが顔面に貰い、終わった。
そうなってしまえばゴブも終わる。こけた大ネズミから投げ出された姿は
SGを左手に、死体を右手に抱えて盾の様にしながら、道路の端へと向かう。
横目で『次』を見る。
しっかりと並ばれたら厄介だったが、リーダーがホブだ。統率と言う面では大したことが無い。ケイジと言う獲物を前に刺激されたのは、狩猟本能か、加虐嗜好か。そのどちらかは分からないが、上がったテンションそのままに好き勝手突っ込んできてくれるからやり易い。
「――」
先行するのは身軽なノーマルゴブ。混じっている体色が違うのは上位種だろうか? 特徴が無くて何だかよく分からない。大楯が重いのか、遅れているのはゴブリンファイターで良いだろう。更にその後方に控えたゴブリンガンナーがSRで狙ってくる。盾にしていた死体が受けた衝撃で跳ねた。弾丸が肉を抜けてケイジに届く。呪印で止まったので良い。
記事は走る速度とルートを調整する。足の速いA群をなるべく同じ距離に置く様に意識をする。目指したのはガードレールをへし曲げる勢いで伸びた街路樹だ。
SRゴブの死角に入ると同時に盾にしていたゴブを破棄。一気に速度を上げてみれば、それにつられる様に慌てた様子でA群ゴブ達が駆け寄ってくる。それをしっかり確認して、ケイジは街路樹をカバーに、その裏に隠れた。三秒後。下が騒がしくなった。ケイジは木の上からありったけのグレネードを落とした。結果は見ない。そのまま枝の上を走り抜け、一気に跳躍。爆音を聞きながらB群、ファイターゴブ達を狙い、頭上からの奇襲を仕掛けた。
B群は三匹。一匹は落下ついでにブーツの底で顔を踏みつけた。重さと言う凶器は中々に優秀だ。ゴブの鼻を潰し、後頭部をアスファルトに叩きつける。
更に終わらせる為、その足を踏み足にした。
銃剣術。
SGの銃口を握りしめ、奥歯を噛み締める。
ぎりっ。
軋んだのは歯か、それとも攻撃の色を孕んで瞳孔が開き気味になった野良犬の様な瞳か。
ストックでケイジはゴブリンの頭をフルスイング。呪印により跳ね上げられた身体能力を駆使しての一撃は、ゴブの意識を吹き飛ばす。
コレで残りは一。
「はっはー」
薄く、軽い笑い声。SGを手放す。代わりに両手が拳を造る。砂鉄入りのグローブが形を変え、硬度が跳ね上がる。文字通りの――鉄拳。
流石に時間を与え過ぎた。反撃が来る。SGだ。至近からの散弾の雨に一気に削られた。咄嗟に目を庇った両腕から血が出た。だが弾は
それが彼の敗因だ。
次弾装填などさせない。一気に踏み込み――
腹。腹。腹。
右。左。右。のワンツースリーを一か所に叩き込むコンビネーション。
体格差から面白いようにゴブリンを跳ね上げ、止め。選んだのは左。ただし、拳では無く、銃。抜き放ったゴブルガンのグリップエンドで叩き落とす様に殴り、そのまま銃口を向けて引き金を引く。
「――ッ」
狙撃が来た。何処を狙ったのかは知らないが、左肩が跳ねた。弾丸は入った。入って、抜けた。つまりは貫通した。孔が開いたのならまだ直しやすい。右手で回復役を取り出し、孔の付近に突き刺し、走り出す。SGを回収し、
ガララは三つのカバーとトラップで敵の速さを調整しながら削っていた。巧くやっている。ケイジはそう思う。だがジリ貧だ。同時にそうも思った。理由は簡単。ホブがあっちに行った。
その思考を肯定する様に棍棒の一撃で命綱のカバーが吹き飛んだ。
「――ガララ、横から行く」
ケイジは端的にそれだけ言うと、
屋外だ。効果時間は短い。それでもSRゴブとの間に白い壁が出来上がった。時間は稼げる。それで良い。SGを抱える様にして走り出す。ガララはそんなケイジに注目が行かない様にと、わざとカバーから離れ姿を見せながら後退している。それを追う様に残ったノーマルゴブが走り出す。ホブとの分断はコレで完了だ。
バックストックを肩に当てる。
視線の先にアイアンサイトを置く。
太い足を頑張って稼働させている膝が見えた。走りながら引き金を引く。左手がフォアエンドを煽り、次発を送り込む。
そんな無作法はしない。きっちりと狙って叩き込む。三発。その間は好きにさせて貰った。四発目。コレは許してくれないらしい。
アスファルトを削りながらの片手でのゴルフスイング。
砂礫をバラ撒きながらのソレがケイジの射撃に割り込んだ。
打ち返さることなく、木製の棍棒に弾丸は突き刺さった。
それでもアスファルトの破片はケイジの身を撃つ。呪印のガードが切れているとは言え、大した脅威ではない。だが、その棍棒の風圧は十分ケイジの恐怖を煽ってくれた。
『ケイジ、フォロー――』
「――は要らねぇ。それよか先にSR持ちが一匹いるからそっち頼めっか?」
雑魚の殲滅が終わったのだろう。ガララからの
とっ、と、ととと。
軽く、ステップを踏んでホブを軸に公転する。テンガロンハットの下の濁った黄色い瞳と抜き放った左手のリボルバーの銃口がケイジを追う。
「……」
まるでケイジと銃口が糸見えない糸で繋がっている様だった。不規則に跳ねるケイジの動きに合わせて銃口も踊り、追尾する。
狙う。
単純単調、扱いやすいことで有名なホブゴブリンが冷静に冷徹に、狙ってくる。だからケイジは――
「遊ぼうぜ、太っちょ《パァヂィ》? ダイエットに付き合ってやるよ」
煽る。
恐らくは、ホブをベースにガンナーの左腕を付けたのだろう。
精神感応系に弱いホブの脳みそはそれだけで一気に沸点に達した。
速くは無いが、大きな一歩。
それで一気に間合いを喰らい――救い上げ、袈裟、くるっと回っての横払いの三連撃。
それを全力のバックダッシュで避けて、その終わりに合わせてケイジは最後のグレネードをぽぉん、と軽く放り投げた。
ホブがそれに反応する。緩やかに投げられたソレに対するには過剰とも思える鋭いフルスイング。破裂する前にグレネードは地面に叩き込まれる。爆発はした。だが、大したことは無かった。
別に良い。
視線を上に誘導しながらの潜り込んでの接敵。一気に近づいたケイジはそのまま至近距離からホブの顔面を狙ってSGの引き金を引いた。一発だけだ。無理はしない。そのまま走り抜ける様にしてホブの後方に回り、翻弄する様に走り続けようとした所に――
それを見た。
身体を開くホブ。棍棒を握る右手と、拳銃を持つ左手が綺麗な一直線を描くイケメン俳優がやれば映画の一シーンに見えないことも無い様なスタイリッシュな構え。
目を瞑っている。だが痛めたわけでは無い。ケイジはそれを手応えから理解している。
だから。だから、これは――攻撃の為だ。
クイックドロウの一つの技法。
ノールックショット。
動き回る相手に当てるにはただ、ただ、経験による未来予測を必要とする技。それがケイジに放たれる。
ファッションで無いのは理解していた。
機能しているのは理解していた。
だが、まさか――
――ロイよりも上、タカハシ側かよっ!
それは想像していなかった。
咄嗟、胴の前にSGを掲げたのは単なる勘だ。
美学で頭を吹き飛ばすよりも、当たれば良いとデカい的を狙う。ケイジとホブの思考が近かったから助かった。それだけだ。
「――ぉ」
大口径の拳銃弾の衝撃が腕を振るわせる。受け止めたSG、漆黒のスプリンターが砕け、それでも衝撃を殺せずに、強制的に万歳をさせられる。崩された銃身。たた、とケイジはたたらを踏む。完全に体勢を崩した。それを濁った黄色い目が見た。ホブの口に愉悦が浮かぶ。黄ばんだ乱喰い歯が見える。ザラリとした長い紫色の舌もだ。
――キィ。
と、棍棒を握る右手の骨が軋む程に筋肉が動くのが見えた。ふぉん、と軽い音を置き去りに振るわれる猛撃。ケイジは咄嗟、最後の
冗談の様にケイジが吹き飛ぶ。
受け身も取れずに地面を滑り、アスファルトでケイジは擦りおろされる。剥き出しの頬が破れ、血の跡を残して止まるケイジの上に――ホブゴブリンガンナーの雄叫びが響いて落ちた。
ケイジは比較的生きるのが巧い。
世渡りと言う意味では無い、生存と言う意味で巧い。
痛恨の一撃に対して左腕を捨て、後ろに飛びながら衝撃を殺し、吹き飛んだまま死んだふりをする。この動作を反射で行える程度には生き汚い。
「――」
左腕は折れた。肋骨もだ。動くだけで激痛が走る。息に鉄錆の匂いが混じるのは、内側が傷ついたからだろうか?
ダメージは大きい。大きいが、未だ生きている。そしてホブはケイジの様子を見ることなく、装甲車に、柔らかい肉が多い方を目指している。
食うか、犯すか。
その間に逃げることが出来るだろう。頭の何処かでソレを計算し、可能だと判断を下す。それも有りだと思う。思ってしまう。思ってしまって、悲しくなった。
ヒーローに憧れた。
それは多分、母親のせいだ。
器用な彼女は自分で絵本を造り、小さなケイジに良く読み聞かせていた。
姫を守る為に武士が活躍する話が殆どだったのは彼女の趣味であり、教育だったのだろう。
――お国の為に。
そんなことは理解できず、未だひねくれて居なかったケイジは彼女の策略に嵌り、子供らしい純粋さでヒーローに憧れた。
才は有った。目指すことが出来るだけの才が。
環境も有った。父は強く、その得た強さを息子に下ろすことが、教えることが出来た。
才が有り、環境が整って居れば、強くはなれる。ヒーローを目指すに当たって、最低限の条件。強さを得ることはケイジに取って容易かった。
それでも今はもう無理だ。
ケイジはこの世界のルールを知っている。
それは十歳の頃、はじめて貰った給料を少年ギャングチームに奪われ、誰も助けてくれなかった時に理解したのかもしれない。
――いや。
きっと、その一週間後にそのチームのリーダー各を半殺しにした時に理解したのだろう。
這いつくばり、泣きながら許しを請う少年。その頭を思い切り蹴り飛ばし、馬乗りになって殴り続けた時、ケイジは嗤っていた。
許しを請われた。泣きながら請われた。
金を得た。奪われた以上の金を容易く得ることが出来た。
ヒーローの馬鹿らしさを知った。頼りになるのは暴力であると理解した時、ヒーローは単なる
それでもケイジは未だヒーローに憧れている。捨てきれない理想と言う奴だ。だが憧れているだけだ。もうソレを目指すことは出来ない。
「……」
だから動かなくても良いと思う。動く必要が無いと思う。ホブの背中が遠くなっていくのは、仲間のピンチではなく、逃げるチャンスだと考えるべきだ。そう思う。
「ケイジ」
SRゴブの処理を終えたのだろう。ガララの声が降って来た。回復薬を二本、転がされる。それが何を言いたいかが分かり、反射で手を伸ばしてしまう。そんなケイジを見て、ガララは柔らかく笑う。
「裏を取るよ。正面はお願い」
笑って言う。それに歪な笑顔を返し、ケイジが問う。
「……やっぱ、未だやんのかよ、テメェ?」
こふっ、と溜まって居た血が口の端から零れた。
「うん。ケイジも分かってるでしょ? リコは死なせても良い。ロイは考える迄もない。でもアンナは、死なせちゃダメだ。あの考え方は、とても以上だけど、とても貴重」
「……」
「でもアンナは弱いからね」
「……そうだな」
アンナは異常者だ。
その行動の理由が尊いモノであると理解は出来ても、ケイジに同じ行動を取ることは出来ない。
アンナは弱い。
その行動が正しくとも、彼女にそれを貫く力は無い。
口だけだ。迷惑な女だ。問題は、それでも行動を止めず、それで死ぬことを受け入れていて、それを見て見ぬふりをするのがケイジに取って『嫌なこと』だと言うことだ。
彼女がその生き方を続けるには強さが居る。強さが居るのなら――
「ケイジ」
「……何だよ?」
「貴方の勝利を――勝利だけを信じている」
「……」
無言の返答をガララがどう受け取ったかは知らない。
それでもガララは牽制でホブの注意を引くことなく、側道の陰に隠れて行った。
ホブは何の妨害も無く、呑気に、悠々と、獲物を嬲る様に歩いている。直ぐに装甲車に辿り着くだろう。レサトが応戦しているが、一人からの射撃など、棍棒の盾でどうにでも出来る。
「――さて」
折れた左腕に回復薬を撃ち込み、動かせるようにだけして、ケイジは起き上がる。
その目線の先にはホブゴブリンが居る。
もう一度言おう。
ケイジはヒーローには成れない。それでも――ヒーローに、憧れている。
「ヘイ!」
大声を出す。激痛に身体を折りたくなる。倒れて居たい。眠りたい。そんな甘美な誘惑をかみ砕く様に頬の内側の肉を噛み千切り、吐き出す。
「どこ行く気だい、太っちょ《パァヂィ》? なぁ、俺を置いてどこへ行こうって言うんだい、太っちょ《パァヂィ》? どこに
左手にゴブルガンを、空いた右手で挑発する様に中指立てる。浮かべる表情は、口角上げて、犬歯を見せつける様な獰猛な笑顔。口の端の血を乱雑に拭い、ケイジは、ホブの視線を集めながら、ゆっくり歩く。
走らない。未だ走れないとも言う。
ゆっくりと間合いを詰め、至るのは
「……」
無言のケイジにホブは銃を向ける。ソレは必殺を確信していた。このまま撃って殺しても良いし、近づかれたら打って殺せば良い。
だが、彼は距離を詰めるのを嫌い、撃つことを選んだ。
ソレは彼が優秀だったのかもしれない。本能的に危険を察知したのかもしれない。それでも彼はミスをした。
彼は右足を撃った。
大口径の拳銃弾がケイジの右腿を吹き飛ばす。骨には当たって居ない。それでも肉を抉った。ホブの位置からだとズボンを貫いた弾丸が肉の溝を造り、後方に着弾するのが見えただろう。
ケイジが自重を支えきれず、ガクン、と落ちる。落ちたが、そのまま左足を蹴り出す。
「――
とっておきの
跳ね上げられた身体能力はケイジに蹴り足一つで矢の様に飛ぶことを許した。
フリーの右手が何時の間にか三本の回復薬を握り、肉の溝が出来上がった右腿に突き刺す。
だから二歩目は右で蹴った。
ホブのダブルアクションリボルバーが次弾を撃とうとする。だが遅い。ケイジは腕の内側に入り込んでいる。
肩からの入り身。斜め上に持ち上げる様な軌跡でホブを上げて、運んで、突き飛ばす。
境界線として用意した壁に巨体を打ち付けたホブが衝撃で肺の中身を空にする。腹の肉が揺れていた。ケイジはそっ、とゴブルガンを投げた。とっさ、ホブが叩き落とした。
視界が腕で塞がる。そこにケイジは潜った。
両の拳が握られる。開き気味の瞳孔に狂気が揺蕩う。
先ず、足の指を踵で潰すことか始まった。局を打ち上げるボディブロー。右で放ち、足で踏み止め、空いた脇腹に左。横に折れ曲がるホブの耳を掴み、引きちぎる様に下に下げ、顔面にヘッドバット。鉢がねで鼻を潰しながら、膝。金的。ホブの手からリボルバーが落ちて、反射的に股間を抑えようとする。その肘を内側から打ち抜き、ガードを跳ねる。空いた。ならもう一度だ。再度、膝。跳ね上がる膝の皿の先で、潰れる感触が有った。ホブの頭が下がる。両耳に指を突っ込み、がっちりと頭を固定して――膝、膝、膝の三連撃。歯を砕いて、鼻を潰して、顎を割る。
手を離すと、ホブがたたらを踏んだ。下がろうとする。壁がソレを許さない。
とん、とケイジが軽く飛んで下がった。
ホブの顔に『これで終わりか……』と安堵が浮かんだ。
だからケイジは終わらなかった。踏み足右で、軽く飛ぶ。ひゅん、と鋭く軽い音。一瞬、ホブに背を向けながら側頭部に踵を叩き込む回し蹴り。ホブの身体が大きく揺れて、地面に倒れる。
「――、――」
ケイジも限界だ。
呼吸が荒い。言葉は出てこない。追撃をしようとして、膝から崩れた。ホブが立ち上がる。手には最後まで放さなかった棍棒がある。ケイジは起き上がらない。四つん這いの体勢で、身体を支えているが、両足は震えるだけで動かない。疲労か。ケガか。
ホブはそんなケイジから目を離さない。
一瞬前までの余裕はない。
彼は、ここに来て、どうして自分が銃での決着を選んだのかを理解していた。
だが、もう油断は無い。しっかりとケイジを見据える。目を離さない。ふらつきながらも、棍棒を握りしめ――
「……ヘィ、別のヤツにも言ったがよ――俺ばっか見過ぎだぜ?」
その言葉を倒れながら訊いた。
? ?? ??????
彼の顔に疑問が浮かぶ目を動かすと、針を握ったリザードマンが見えた。そこで彼は耳の痛みに気が付いた。アレでかき混ぜられたのだろう。そう理解した。同時に、敗北も理解した。でも、落としたリボルバーが見えた。最後の反撃だ。手に取り、原因となった人間に向ける。向こうもこちらを狙って居た。
相打ちか。
そう思いながら引き金を同時に引いた。
拳銃が暴発して指が吹き飛んだ。それを認識すると同時に、頭を撃ち抜かれた。脳が崩れてなお、死に切れない彼の目がギョロギョロ動く。
「ごめんね。詰め物をさせて貰ったよ」
落ちて来た言葉の意味はもう理解できない。
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