V.S装甲車

 ケイジが地面を蹴り飛ばし、岩陰に飛び込むのと同時、撃ちだされた砲弾がその岩に突き刺さった。人の手で動かすよりもはるかに素早く、正確に狙って放って見せる辺り、中々に優秀な制御ユニットが積まれているのだろう。


「……」


 良いことだ。新しい構造であればソレだけで高く売れる。

 軽く唇を湿らせながら、ケイジは岩陰から岩陰へと走って行く。ガララ程の滑らかさは無い。それでもガララよりも速度は有った。ある程度の隠密、優先すべきは速度。走りながら腰から煙幕スモークを込めたグレネードを取り、ピンを抜いて投げた。

 白い煙が夜に広がる。

 軍用のサイリウムで照らされた様は中々に幻想的だ。


「ロイ、スイッチ用意。煙から出てきたらやるぞ。車軸を砕け」

『へぇへぇ、鹿使いがあれぇこって』


 だが、ケイジにソレを楽しんでいる余裕は無い。「レサト、死んで来い」。呼びかけながら、吹き飛んで行ったSMGの代わりに背中に背負っていた使い慣れたSGを手に取るケイジ。そんなケイジを追いこす様にレサトが前に出た。先に煙から出る。金属が金属を撃つ音。近づいたレサトが装甲車から歓迎のクラッカーをかまされる音を聞き、装甲車大体の位置を想像する。「ふっ」と鋭く息を吐き出す。目を瞑る。地面がタイヤに噛まれる音を聞き取り――


「――強襲アングリフ


 魔法の言葉を口にする。

 加熱ヒートする血、鼓動ビートする心臓。

 身体を巡る熱い血がケイジに限界の動きを許す。

 装甲車の予想位置から大きく左に飛び、煙を突き破る。

 岩肌をカサカサと歩きながら立体的に動いて装甲車とじゃれているレサトが見えた。受け損ねたのか、右の鋏が吹き飛んでいる。

 レサトと装甲車がケイジと擦れ違う形で煙の中に突入する。散った煙の勢いが装甲車の速度を表していた。

 と、とと。

 反転し、バックで跳ねながらケイジがその煙の先を見据える。

 眼で見る。

 鼻で嗅ぐ。

 耳で聞く。

 やはりと言うか、この状況で真っ先に相手を捉えたのは耳だった。

 きゅら。

 軋む音がする。金属が軋む音がする。さっき聞いた音がする。装甲車が、反転する音がした。煙の中のレサトを見失い、煙の外のケイジを狙う音だ。

 そして遅れて、鼻。

 嗅覚が――獣の匂いを捉えた。

 スイッチ。

 跳ねる様に後退するケイジと入れ替わる形でロイが前に出る。


「――やってれやれバンビ」

「あいよ」


 交差の瞬間に交わした言葉はソレだけ。

 交わった瞬間、ケイジは装甲車から見て左側に下がり続け、ロイは装甲車の右側を目指し走り出す。

 煙から飛び出した装甲車の人工知能がどちらを追うか一瞬迷った。その一瞬が欲しかった。

 ロイが駆けながら撃つ。

 走り連続撃ちランニング・ファニング。脇を締めて腰だめに。右手の人差し指で引き金を引きっぱなしにしたまま、左手がハンマーを煽る。

 都合六発。

 何れも弾道はヴァイパー。曲がる弾丸は少しづつの微調整を施され、発射の誤差を潰し合い同時に一点――いや、一か所に着弾する。


「すいやせん。ケイジさん、アタシにはコレが精一杯です」


 ギリギリまで装甲車に駆け寄ったロイが大きく横に飛び突撃チャージの軌道から無理矢理逃げる。落ちたテンガロンハットが無情にも轢かれる中、どうにか逃げ切ったロイ。

 そんな彼の呟きに合わせる様に弾丸を撃ち込まれた一点が限界を迎えて折れた。

 車輪が一つ、転がった。

 車体が傾き、キャビンの右前面が地面を削る。


「――いや、十分だぜ?」


 十分だった。それを待って居た。

 何時の間にか後退を前進に切り替えていたケイジが再び装甲車に駆け寄る。

 装甲車はバランスを崩し、減速していた。正面か迫るケイジに対応できる機銃はもげ、主砲は遅くて届かない。側面の散弾を向けられればどうにかなるかもしれないが、加速状況から車輪が吹き飛んだ今、方向転換は困難だ。


 ――貰った。


 ケイジの口角が持ち上がり、犬歯が覗く。

 ぎらついた目の野良犬が笑った。勝利に嗤った。

 だが、その程度どうにか出来るのが暴走機械。人を殺すと決めた鋼鉄のバケモノだ。

 ばつん、と鈍い音。バランスが崩れたのなら、バランスを取れば良い。左の前輪が飛んだのなら、右の前輪を飛ばせばいい。

 自切。蟹の様に、蜥蜴の様に、危機から脱する為に装甲車は自らの身体を切り捨てた。

 吹き飛ぶ右の前輪。キャビンの前面がガリガリと地面を削る。それでも残った四輪が鋼鉄の身体を動かし――ケイジに車両側面を向けた。

「は、」ケイジが笑う。やべぇな。隠れる場所がねぇ。奔らせた視線に打開の策は転がって居ない。側面に並んだ三つの銃眼からは散弾銃の銃口が見えている。

 止まってはいけない。速度を緩めたら良い的だ。

 下がってはいけない。後方に逃げ場はない。

 進んではいけない。近づけば散弾はその効果を増す。

 だから死ぬしかない。何故なら相手の方がケイジよりも上だったのだから。


「左手捨てなさい」


 だが。

 だが、ケイジの耳に彼女の声が聞こえた。少女の声が、アンナの声が聞こえた。だからケイジは――


「ッ、お、ぉ、おぉぉぉぉぉぉおおっ!」


 進んだ/叫んだ


 既に一度散弾を喰らい、肉が破れ、血が零れる左手を掲げる。

 三発の散弾は防げない。骨が飛び、庇う顔面に突き刺さり、柔らかい目を潰し、頭蓋を割り、脳症をぶちまけるだろう。


かかかいなに言葉の意味を――保護ヴェール


 力のある言葉。その意味がケイジの左腕に集まる。

 防御魔法の一点集中。肉の盾を得たケイジは体高を下げ、頭を左腕で庇い、一気に駆け寄った。「い、っ、ぎぃ!」。銃眼が瞬き、弾丸が突き刺さる。鉢がねで止めた。呪印で止めた。左腕で止めた。命に届く前で止めた。つまりは賭けに勝った。

 装甲車の側面にケイジの右足が掛かる。地面を残った左足が蹴り上げ、掛かった右足が更にケイジを打ち上げる。二メートル以上の壁昇り。呪文スペルで跳ね上げた身体能力がケイジにそれを許す。ケイジが見る装甲車の天井にはさっきは無かった穴が空いていた。捥ぎ取った機銃が有った場所だ。

 跳んだ勢いそのままに天井に触れた左足が垂直から水平へと推力を変える。転がる様にしてケイジはその孔目掛けて銃口を突き刺し、引き金を引いた。

 左手が死んでいるので、次弾の装填が出来ない。そもそも、止まることが出来ずに勢いよく転げ落ちて行った。「――」。受け身が取れず、背中を打ち付けて肺の中身を空にした。そんなケイジをレサトが尻尾で絡めとり、引き摺る様に岩陰に潜って行った。

 装甲車からの追撃は無い。

 内側を散弾でズタズタにされた彼は一度撤退すると決めた様だ。ケイジとロイの仕事はここまでだ。後はリコとガララが巧くやるだろう。

 不意に引き摺りが止り、地面に転がされる。覗き込んだレサトが無事な左鋏でちょん、とケイジの頬を付いた。重いからもう運びたくないらしい。


「……助かったぜ、レサト」


 ぎっ、と珍しくレサトが軋んだ。それなりに傷ついているらしいが、掲げた左の鋏は『気にするな』と言っているようだった。

 装甲車を追ってロイが走って行くのが見えた。それとは逆にケイジ達に向かってくる人影も見えた。


「大丈夫? ヒールいるわよね?」

「……何でテメェがここに居るんだよ」


 あっちは大丈夫なのか? とケイジ。


声援エール保護ヴェールも掛けて来たから大丈夫よ」


 回復薬もリコにいっぱい持たせといたし、とアンナ。


「そうかい。……助かったぜ」

「お礼ならガララに言ってあげて。状況判断してこっちにあたしを送ったの彼だから」

「礼くらい素直に受け取ってくれや」


 アンナの赤い髪を撫でてからケイジが歩き出す。途中、落ちていたSGを拾う。無事な右手でフォアエンドを握り、腕の振りでリロード。

 それに合わせる様に向かう先から爆音が響く。


「ヘイ、ガララぁー。キツネはどうなった?」

『罠に嵌ってお寝んねだね。……仕留めたよ』





あとがき

更新再開です!

(二週間ぶり、二度目の宣言の模様)

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