紳士の身嗜み
「……ケイジちゃん、三番テーブルご指名デース」
おら、行ってこいとルイにケツを蹴られたケイジは、面倒そうに頭を掻きながらネクタイを外し、それを右拳にきつく巻いた。
「……ご指名ありがとうございまーす、ケイジでっす。やぁーん! お客さん、こういうお店初めて? ケイジ、いっぱいサービスしちゃうからねっ! と」
裏声で言いながら言葉尻に合わせてのボディブロー。
――
無音での発動の練習の為に心中でだけ呟いた言葉が意味を無し、背中が燃える。血が燃える。そして肉が稼働する。
こちらを指差す
「~~~~~~~」
吐き出されるのは無音と吐瀉物。顔を起こすことも出来ないのか、自身が吐き出した夕食の中に顔を付けてエルフはぴくぴくしていた。
「……」
ケイジは無言でそんなスイマーに近づき、髪を引っ掴み、無理矢理顔を持ち上げる。苦痛に歪み、閉じられる目。瞼を指で持ち上げると、充血した目がぎょろぎょろとせわしなく動いて居た。身体がガタガタと震えている。恐怖では無い……だろう。随分と『冷たいモノ』を入れた様だ。既に冷静な判断は出来ないのだろう。
「――みっ、見ましたかぁ! 暴力です! コイツは暴力を振るいました! これこそがコイツが犯人であると言う証拠です!」
「ンなわけあるかボケ。俺の罪状は今んとこ暴行の現行犯くれぇだ」
「煩い! 僕にっ、エルフである触るなぁっ! この低俗種っ!」
「オーケイ。そんじゃ離してやるよ。ゲロの中に顔付けてな。お似合いだぜ?
床に叩きつける。ゲロの薄い膜は叩きつけられたエルフの顔面を優しく包み込むことなく、直ぐにコンクリートが出迎えることになった。
高い鼻がぶち当たり、軟骨がズレて、鼻血が噴き出す。吐き出された夕食に赤黒いブラッディ・ソースが混じって行く。
「あー……」
十三人のギルド長の視線を一斉に受けることになった
「説明を。ストル。
司会進行役。
「待て、待て、待って。分かってる。勿論、分かってる。ストルはちゃんと説明をする。コイツはタグの持ち主と仲が良かった奴だ。だから、この後、真ん中に出すつもりでいた。これは後付けじゃない。ね、ゴルさん?」
「……まぁの。出来れば白であって欲しかったんじゃが……おい!」
「……エルフ」
誰かが言った。
そう。そうだ。またしても――エルフだった。
「……親父、オレは違います」
スイマーよりは上なのだろう。特に取り乱した様子は無い。盗賊エルフは低い声でそう言って真っ直ぐに老エルフを見据えた。
「……腕を捲れ」
「親父ッ!」
「腕を捲れ。儂は
暴力の気配に騎士と戦乙女、そして蛮賊の何人かが持ち込みが禁止されているはずのナイフやデリジャーを取り出したりケイジの様にネクタイで簡易的に武装をする。
「……」
その様子に苦虫を噛み潰したような表情で盗賊エルフが腕を捲る。注射痕が有った。
「……恥ずかしいことだがな、親父……恐怖に負けて使ってた。だが信じてくれっ! コレは正規の――っッ!?」
「ちょっと失礼」
全裸白衣がソレだけ言うと、ナイフで盗賊エルフを切りつけた。
素早く滑る様なナイフ捌きだった。殺そうと思えば殺せる。そう言う動きだった。
職人系であれど長は長。強さはどうしたって必要だと言うことを教えてくれる動きだった。
ナイフに付着した血に白衣の内側から取り出したスポイトの中身を掛ける。
「一応ね。造っておいたんだ。ヴァッヘンで流れてるクスリと持ち込まれたクスリには構成に違いが有ったからね。食った時間によるけど、これで簡単に判別が付――ダウト! ダウトだぁっ! この嘘つきエルフがぁっ! 酷い! 酷いジャマイカっ! ボクのアイスを食べちゃうなんて! 蓋に付いたので良いから分けて下さいよぉぉぉぉっ! ――ほら、何をしているんだい? 彼は外部のクスリを使っている。取り押さえたまえよ、キミ」
「だからっ――」
――感情の振れ幅がデカすぎんだよッ!
悪態を吐き出しながらもケイジが動いた。突き出した右が頭を振られ躱される。開いた顎に突き出される掌底。紙一重で下がり「ふっ」、と呼吸。援護が入ることを期待するが――見物に徹する気なのか、入ってくれない。ったく、ひっでぇー話ですね、オイ。仕方がないので下がり、バランスを崩し、尻餅をついた。隙あり! と迫ってくる盗賊エルフ。ケイジ目掛けて襲い掛かるその肉体が――真横から来たガララのタックルで吹き飛んだ。引き摺り倒してのマウント。「センパイは馬鹿なの?」スーツの上着を脱いだYシャツ姿のガララが辛辣な言葉。互いに盗賊だ。殴り合いでエルフがリザードマンに勝つには技能が必要だが、盗賊同士だとソレも無い。マウントを取っている状況に、体重の差で程無くしてエルフは動かなくなった。
「サンキュー、ガララ」
「ケイジも良い囮だったよ?」
いぇー、とハイタッチ。
取り敢えず円の中心に二人のエルフが転がされた。職業は関係なく、エルフが、だ。
「……」
場の空気を読んだのだろう。騎士ギルドの中から一人のエルフが進み出て全裸白衣の前に指を差し出す。切られ、試薬を垂らされ、ハグされた。本気で嫌そうだが、取り敢えずケイジ達の出番は無さそうだ。
盗賊ギルドの長、老エルフの時も出番は無かった。小突き回されて無理矢理表に出された様な奴でも意外に出番は少ない。ただ、何人か。ぎょろぎょろと血走った目のエルフは床に転がすことになった。
十四のギルドの中から、合わせて五人。それだけのエルフが黒と判断されて転がされた。
「ここに集まった人は種を問わずに検査しておくことを進めるよ」
全裸白衣のその言葉にそれもそうだな、と各ギルド長が応じたので、ケイジも親指の腹をナイフで切る。ぷくり、と膨らむ赤い血に試薬を垂らす。変化は無かった。
「アンナ、いてぇ」
「唾でも付けときなさ――あぁ、そうね。良いわ。治療してあげる」
「……ヘイ、ヘイヘイヘーイ。周囲の視線が超いてぇんですがねぇ?」
指先が咥えられる。仔犬の様にぺろぺろと舐めるアンナの姿は何処か蠱惑的だ。
――どう治った?
赤と緑の瞳が上目遣いでこちらを見る。「……」。無言で引き抜く。「あん」。何だその声。ケイジの指とアンナの口の間に透明な橋が架かっていた。アンナが手にしたハンカチでそっとソレを拭い、絆創膏を取り出した。「猫ちゃんの貼ったげる」。ワンちゃんのが良いですとは言えそうにない。
「お礼は?」
「……何かよ、コレで言ったらダメだと思うんだが?」
「お・れ・い・は?」
「……アリガトゴザイマス」
「はい、どういたしまして!」
何やら満足げにアンナ。微妙に恥ずかしくなり、視線を逸らす。既に大方の検査は終わっているらしい。
やはりと言うか、何と言うかエルフ以外は白だった。
「ベイブとトモちゃんは居ねぇの?」
「……」
無視された。少し寂しい。
仕方がないのでガララに遊んで貰おう。
「ボーイ!」
そんなことを考えていたらキティに呼ばれた。
何だろう? 軽く小首を傾げながらもそちらに向かう。「ケイジ?」。どうする? と言うガララの問い掛け。「……」少し考え、指でちょいちょいと招く。付いて来てもらおう。
「見つけた! 見つけたぞ! 四人組っ! 顔も覚えた! 覚えたぞ! この劣等どもめ! 必ず裁きをくだしてやるぅぅぅぅぅぅ!」
おクスリが切れて情緒不安定で大絶叫中のスイマーエルフが居た。「……」。ちょっとテンションが高くてどう接したら良いか分からない。
「ヨ、ボーイ。確認だがよ、ボーイのパーティのことでいーんだよな?」
「まぁ、確かにウチは四人パーティだがよ。……何でコイツが知ってんだ?」
「ヨ! そりゃぁ痕跡を辿られたんだろ!」
「……マジか。ゴブに荒らして貰おうと思ってたんだがなぁー」
「いや、ちゃんとゴブに荒らされていたよ」
すっ、と割り込んで来たのはストル。ハジメマシテ、と手を出されたので、ハジメマシテと応じる。
「一流の
「……マジかよ」
「リコに燃やさせれば良かったね」
「それに『そうだな』とは答えたくねぇなぁー」
だが、そうしておいた方が良いかもしれない。少なくともコレで相手にケイジ達の情報、四人組であると言う情報が洩れてしまったのだから。
「まぁ、その辺は誤魔化しが効くから安心しろ。……さて、始めるが……どうする?」
ミッシェルの問い掛けに、にやにやとキティと老エルフ。
「ンー? ボーイには見せときたいなぁ」
「ウチのトカゲにも、の」
「……ケー。話の流れで読めたぜ。俺とガララは良いが、リコとアンナはNGだ」
「ケイジ、リコは多分平気だよ」
寧ろ大好きだと思うよ、こう言うの、とガララ。
「この状況でアンナ一人はあぶねぇだろーがよ。付き添いだ、付き添い」
「うん。それならガララも納得だ」
五分後。
こう言うことに慣れていない、或いは慣らす気の無い連中が居なくなった。
ミッシェルが「始めるぞ」と宣言をする。
それは五人のエルフにとっての死刑宣告だった。
赤黒い沁みがこびり付いた椅子からは死の匂いがした。
両手両足両肩に、首に額。がっちりと固定されてしまえば動くのは精々が口位で、身体を動かすことが出来るものはいない。体格に優れたリザードマン、筋骨隆々のドワーフであっても、だ。
ましてや素の身体能力が低いエルフなら猶更だ。
そして椅子の後ろには猿轡を固定する場所があるので、最早四人のエルフは喋る自由すら与えられていない。
四人だ。一人は既に訊くことを諦められ、魅せることに使われることが決まっている。
「触るな! エルフである僕に触るんじゃないっ! この汚らわしい劣等どもめ! 僕はこの真実と屈辱を世間に叫ぶぞ! 呪われろ、劣等種共っ! そして劣等に組する愚か者共がぁっ!」
「おい、新入り」
顎で使われ、他の四人の眼をこじ開けて見せつける役を仰せつかう。専用の器具が有ったので楽なものだ。側にいたルイに「てっきり瞼切るんだと思ってましたわー」と言ったら「……それ良いな」と言って採用されてしまった。
間も無く四人のエルフの悲鳴が響き渡った。
「……」
正直スマン。
ちょっと心の中で謝ってみた。
因みにガララはそのガタイを見込まれ、メイン会場でスイマーエルフの口を力任せに開いている。見せつける為であっても今は準備段階なのだろう。ふぐぅふぐぅと猿轡をされたエルフ達が唸る中、かちゃちゃと器具の音だけが響いている。
「ヴァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――!」
くぐもった悲鳴。見れば、スイマーエルフの口内にナイフが突き刺さっていた。上から下へ。口から顎へ。舌を器具で押し込んだのは優しさなのだろうか? 顎から刃を生やしている様を見ると、その優しさは無駄な様な気がする。
「おぉ、可哀想に。痛いかね? 主はキミが泣くのを望んでいない。どれ、癒してやろう」
前にケイジがヒールで治療して貰った際、ジョークの様に弾丸は体外に吐き出された。だが、ソレを刺せない様にがっちりと固定して癒した場合はどうなるか?
その結果は『残ったまま治る』だ。
――ふぅふぅふぅふぅふぅ。
猿轡を噛まされたエルフ達が煩い。
「あぁ、駄目だな。年を取るとうっかりしていけない。ナイフが刺しっぱなしだったな」
そんな中、やけに通る声でミッシェルが言って、ナイフを、そっ、と抜く。スイマーエルフが何かを叫ぶよりも早く、猿轡が噛まされた。ふひゅー、と顎に新しくあいたスリットから間抜けな音が漏れた。
ミッシェルが三歩下がり、そんなエルフを見る。「うん?」そこで何かに気が付く――演技。
「駄目だな。いけないよ、キミ。身だしなみは大切だ。――ネクタイはどうしたのかね?」
――ふぐぅぅぅぅぅうぅうぅ!
クスリよりも血を冷たくする死刑宣告にスイマーエルフの眼に理性が戻る。何かを叫ぶがもう既に全ては遅い。
「いけない。いけないよ、キミ。どれ、ネクタイをプレゼントしてあげなさい」
神官ギルドの獣人がペンチを持って前に出る。顎のスリットから先を突っ込み――
「! ! ! !!!! !!!!!!!!!!! !!!!!!!!!!!!!! ―――」
声に成らない叫びが一度、大きく響いて消えて行った。
「うん。良いね。赤いネクタイが良く似合うよ」
ミッシェルの満足げな言葉。
コロンビアネクタイ。
虚偽を謳ったモノに対するマフィアの私刑。
「さて、高貴なエルフくんたち、君達の口の中にあるのは正直なことを話してくれる舌かな? それとも――素敵なネクタイかな?」
一つだけの瞳を光らせ、嗤って魅せた。
あとがき
どんなに砂糖を混ぜてもどうにもならない。
そんなことも――あるっ!!
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