どこに落ちたい?

 ――まぁ、良くは無いけれど、悪くも無いかな?


 あたしは。

 アンナと言う名前で有る所のあたしは、紅玉の右眼と、緑玉の左目で世界を見ながらそんなことを考えた。

 良くないことは――今の自分の現状。

 捕らえられ、犯されるのを待つ状況と言うのは控え目に言っても最悪だと思う。

 で、悪くもなかったことは捕まる前のこと。

 妹たちは無事に逃がすことが出来たと言うのは、まぁ、控え目に言わなくても良かった。

 あたしはお姉ちゃんなんだから。

 だったらここに妹の誰かが居ないことを素直に喜ぼう。


「助けを求めていましたがね、あの小僧はただの見習い開拓者。威勢だけのただの雑魚です。残念でしたねぇぇぇぇぇぇ?」

「……」


 だってこんなタヌキの様な奴の相手をさせなくて済む。

 ねぇ、何で鉄格子舐めてるの?

 あたしが触ったから?

 キモいんだけど。

 死んでくれないかな? あ、無理? うん、無理だろうね。アンタ、生存能力は高そうだもんね。絶対にあのチンピラみたいな子に喧嘩売らなかったもんね。売ったら買うタイプだと判断したから売らなかったんだよね?

 彼。

 野良犬の様な眼をした人間。

 おどける様に助けを求めてみたけど、駄目だった。もっと必死になったら良かった? どう、かな? そうだったらもっと必死になっておけば良かったな。そうしたらここから無事に出れた――とは思わないけど、まぁ、逃げて銃殺されてそこで死ねたかな? 位には思える。


 ――あぁ、でも駄目。もう駄目。手遅れ。


 タヌキは部屋を出て行き、代わりに女たちがあたしに服を着せる。服? 服かな、これ。すごいスケスケで薄いんだけど。下着、普通に見えてるんだけど? 完全に煽る為のモノだよね?

 女だけの種である魔女種はただでさえ魔性、男を惹き寄せる性があるのに、ここまでするの?

 あ、だからあのタヌキは部屋を出て行ったのか。自分の理性に自信が無かったから。

 あくまでも儀式。

 あくまでも私情じゃない。

 そう言い張りたいのね?

 ばっかじゃないの?

 準備が整い、檻に布が被されて女たちが出て行った。あたしは隠しておいた小瓶を取り出す。手首に吹きかけ、擦って、首もとでも擦る。

 香水。ただの香水。でも、大切な香水。親から子へ。お母さんから私たちに、そうして受け継がれてきた魔女の香水は大切な時に使う。

 そりゃぁ……ね?

 あたしだって、こんな使い方をするとは思って居なかった。

 白馬の王子様を夢見る年齢でも無いし、そもそも馬って今の時代生きてるの居るの? 変異しちゃってない? って感じだけど、それでも、きっと、好きな人の為に――とはあたしだって思ってた。期待も。うん、してた。

 でも残念。あたしの相手はタヌキでしたー。

 それでもコレは矜持だ。相手はタヌキで。本当に嫌だけど。本当の本当に嫌だけど……それでもあたしにとっては一生に一度のことだ。

 だから魔女の香水をつけた。

 タヌキの為では無く、あたし自身の為に。


 ――あぁ、でも、それでも……


 やばい。泣きそうだ。折角誤魔化してきたのに、泣きそうだ。

 運ばれ、舞台と思われる場所に連れてこられる。手枷を嵌められ、ベッドに拘束されれば嫌でも『何』が起こるかを想像して、想像出来て――


「いっ、いやぁぁぁぁぁあぁっ!」


 不意に周囲が明るくなる。天幕が取られて、大きな舞台に上げられ、拘束されたあたしに沢山の視線が刺さって。そこが、限界。我慢できない。

 笑い声が聞こえる。

 あたしが泣くのを楽しむ笑い声。それが分かっても、耐えられない。怖い。嫌だ。怖い。


「――」


 そんなあたしを見て、タヌキが楽しそうに嗤う。

 にちゃっ、と粘性のある唾液が糸を引き、金歯が覗く。目がいや。目がいやだ。その目で見ないで欲しい。

 助けて!

 誰でも良いから!

 助けて下さい!

 どんな奇跡でも良いから!

 お願いします。お願いします。あたしを助けて下さい!

 叫べば叫ぶ程、周囲はヒートアップする。誰も。誰も、助けてくれない。そして、タヌキが裸になった瞬間その熱は最高峰に達して――

 一発の銃声が響いた。


「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――え?」


 場違いなその音に、周囲が静寂に包まれて、


「いぎゃぃぃぃぃいぃいぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 タヌキの汚い悲鳴が響き渡る。

 あたしに覆いかぶさろうとしていたタヌキが倒れて、視界が開ける。屋上に造られた特設ステージに夜風の音だけが響いている。

 誰も、何も喋らない。誰もが皆、一か所を見ている。

 どこに異変が有ったのか? それをギャラリーの視線が教えてくれた。


「あー……わりぃ、この距離で当たるとは思わんかったから、ちょい固まってた」


 言いながら大口径の単発銃の弾を込め直し、視線を集めて悠々と歩く――


「っーわけで、名乗ってやる。地獄より来たる正義の使者、バンデットマン。只今参上、っと」

「その相棒のシーフマン。同じく、参上」


 覆面の人間とリザードマンが居た。


「きっ貴様らっ! きのっ、昨日のガキ共だなっ! こんなことを、こんなことをして許されると思って居るのかっっ!」


 お尻を抑えながら、脂汗だらだらな顔で、タヌキが叫ぶ。

 うるさい。

 あたしがそう思ったのだから、彼等もそう思ったのだろう。


「っーせぇな、バンデットマンとシーフマンだって言ってんだろーが。テメェなんざと面識はねぇ、通りすがりのヒーローだ。……オラ、シーフマン。挨拶してやれ」

「ハジメマシテ」

「ふざっ! ふざけているのかっ!」

「うるせぇよ。喚くなよ。ケツの穴が一つ増えただけでそこまでテンション上げられるとコッチのテンションが付いてかねぇよ。アレか? 明日の朝からクソする時間が半分になったのがそんなに嬉しいのか?」

「成程。二倍出るな」

「ヤァ、そう言うことだぜ、シーフマン。んー……オーケイっ! そこまで喜んでくれるんなら大サービスだ! 次はコッチ・・・で開けてやるよ!」

「勿論、こっちでも良いよ? それに彼だけではない。誰でもオーケイだ」


 言いながらSGとSMGを掲げて見せれば、集まっていた人々は慌てて道を開けた。


「ヘイヘイヘーイ、立候補は無し? 穴がでけぇから必要ないってか? オーライ、ビッグアスホール共っ! そんならバンデットマンも無駄弾使わずにご機嫌だ! そのまま端の方で震えてな!」


 彼等は歩く。悠々と。堂々と。人垣を割り、誰にも邪魔されずに。そうして舞台に上がって――


「そんな訳で助けに来たぜ、嬢ちゃん?」

「今、手錠を外すね」


 あたしに笑いかけた。


「……」


 声が出ない。

 ありがとう、とか。

 バカじゃないの、とか。

 色々言いたいことはあるけれど、その何れも声にはならない。

 リザードマンの盗賊がカチャカチャと手錠を外そうとしている。

 人間の蛮賊がタヌキを蹴って転がし、その上に座ってニヤニヤ笑って周囲を伺っている。


「……んで、……なんで、助けてくれる、の?」

「ヘイヘイ、寂しいね、嬢ちゃん。テメェが『助けて欲しい』って言ったんだろう?」

「……でも、アナタ達、ここの警備には……」

「あァ、そうなんだよ。こんだけカッコつけといてアレだがよ。敵わねぇんだわ」


 はっはー、と笑って「“あがり”の連中も混ざってるしなぁ」とバンデットマン。


「うん。でもね、ソレはガララ達が諦めて良い理由には成らないよ」

「ヘイ、ガララ、ヘイ。名前、名前……」

「……ガララはガララじゃない。シーフマンだよ、ケイジ」

「いや、テメェで言ってんだよ。……後、俺はケイジじゃねぇ。バンデットマンだ」

「……ぐだぐだじゃない」

「生憎準備期間が短くてね……っと、来ちまったかぁ……ガララ?」

「あと少し」

「ケー。そんじゃ時間稼ぎは任せとけ」


 言いながら、バンデットマンが立ち上がる。見れば屋上に続く階段を駆け上がって警備が来ていた。

 彼等でも敵わないと、はっきりそう言った警備達が。

 あぁ、でも、それでも――


「夜遅くまでお仕事ごくろーサン。そんな勤勉なアンタらには悪ぃんだけどよ……動かねぇで貰えるか?」


 彼等の言葉に嘘は無い。

 彼等は全く引かない。

 タヌキを足蹴に、これ見よがしにショットガンの銃口を向ける。

 だが、それで止まっていては警備の意味が無い。周りを押しのける様に、隊長各の人が前に出る。


「いぎゃぁぁぁぁぁぁぁ! やめっ! やめてっ! やめてぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 そして叫び声。タヌキの叫び声。

 銃声も鳴って居る。そう、鳴って居るはず。それなのに全く聞こえない。うるさい。耳がバカになりそう。そんな状況でも気にせず作業できるシーフマンは凄いと思う。

 撃ってた。バンデットマンがショットガンを撃ってた。

 三発。同じ場所に。

 三発。タヌキの右足に。

 タヌキの右足が取れた。バンデットマンはその取れた足を動いた隊長に放り投げる。


「ヘェイ! そこのカーキ色のアンタ! アンタに『ズバリ! 今、動いたで賞』のプレゼントだっ! 豚足ならぬタヌ足! 残りは先着三名までだぜ。欲しいか? 欲しいよな? 欲しけりゃくれてやるぜ! さぁ、動けムーヴ動けムーヴ動けムーヴっ!」


 そして笑う。

 ぎゃははー。歯を見せ、狂ったように、タヌキの悲鳴をBGMに嗤って見せる。

 血に飢えた狂犬の様な振る舞い。

 気が狂ったかのような嗤い。

 それをしながら――目。

 その目だけは氷の様に冷たく、静かに待って居た。


「うん。取れた」


 この時を。


「うし、引くべ」

「そうするべ」


 すっ、と狂気に酔っていたのが嘘の様に声から温度が引く。

 ショットガンの一発目を抜いて、代わりに青いシェルを装弾する。それを撃つと、舞台の周りが煙に包まれた。

 あたしはバンデットマンに抱えられた。

 これから逃げる。

 そう思った。思い至った。至った瞬間に、疑問が湧いた。

 逃げる。うん。それは分かる。うん分かるよ。でも――


「ねっ、ねぇ! あのっ! 出口……塞がれてるんだけど?」


 何処から?


「……」

「……」


 そんなあたしの問い掛けに二人は、ぱちくりと見つめ合い。

 悪そうな顔でニヤリと笑った。


「ガララが良いことを教えてあげる。こう言うのは様式美と言うモノがあるんだよ」

「ヤァ、屋上からの逃走と言えば映画ムービーでもお約束だぜ、嬢ちゃん」


 言いながら、彼等が走って行く方向は。

 あたしを、抱えて走って行く方向は――


「……嘘でしょ?」

「ところで、嬢ちゃん。テメェは――どこに落ちたい?」

「嘘でしょ嘘でしょ嘘でしょ! バカじゃないのバカじゃないのバカじゃにゃいのっ!」

「はっはー、そんだけ叫べるんなら行けるな」

「うん。元気が有れば、大丈夫」


 屋上の縁に足を掛け、走って来た勢いそのままの大跳躍。

 自称『地獄より来たる正義の使者』はあたしを抱えてビルの屋上から飛び降りたのでした。






あとがき

心無い友人が言いました

「お前の小説はタイトルが良くない」

「俺の考えたタイトルを使えば読者が増えるぞ」

と。

それにポチ吉は言いました。

「舐めんな」

と。

すると、また友人が言いました。

「変えても読者が増えなければスガ〇ヤを奢ってやる」

と。

ポチ吉は言いました。

「ソフトクリームのセットでも良いのか?」

勿論だ、かやくご飯も付けると良い――。

そんな答えが返って来ました。


そんな訳で明日の更新から三日間限定で本作は『奴隷商に捕まった少年、辺境で蛮賊として成り上がる』にタイトルが変更されます。

スガ〇ヤの為に。

まぁ、三日たったら戻します。

見慣れないタイトルがブクマに有っても気にしないで下さいな。

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