職業ギルド

 銃創を神官クレリックのヒールで癒される。

 骨で止まっていた弾丸が吐き出されるサマは神秘、魔法、と言うより、どちらかと言えば質の悪いジョークだと言ってくれた方がマシな有様だ。

 自由になった両足でジャンプをしてみて何の違和感が無かったことがソレを更に強調する。

 自由。

 そう、自由だ。

 手枷と足枷が外され、三枚の食堂利用チケットに一枚の紹介状を渡され、ケイジ達は一応の自由を手に入れた。

 ケイジとガララ……それと、一応、エルフのパフォーマンスはそれなりに受け、奴隷商ご主人サマは無事に開拓都市ヴァッヘンへと商品を卸すことに成功したのだ。

 これにより、ケイジ達奴隷はヴァッヘンの『二等市民』となった。

 二等市民にはある程度の自由が与えられる。

 金さえ払えるのならば元の街に戻ってもいいと言われたが、生憎と二等市民である以上、街から出るのにも、入るのにも莫大な費用が掛かる。

 ましてやここは開拓都市ヴァッヘン。

 人類とその敵との最前線。万年人手不足であり、来る者は拒まないが、去る者の足は全力で掴んで引き倒す泥沼の様な街だ。

 当然、奴隷から解放されて無一文のケイジ達は街を出ることなど出来るはずがない。

 そこで、コレだ。

 三枚のチケットと一枚の紹介状はヴァッヘンからケイジ達に対する最初で最後の贈り物だ。

 食堂のチケットは三食分。そして紹介状は各職業ギルドへ入会する為に必要なモノだ。

 ケイジ達はコレを渡されただけで、何の悦明も受けていない。

 受けていないが、何を言われたかは分かってしまう。


『飢え死にしない内に職業ギルドに所属しろ』


 つまりはそう言うことだ。


「……取り敢えず、早速一枚使って、そこで話そうぜ」


 チケットを振りながら、ケイジは隣のガララにそう声をかけた。






 開拓都市ヴァッヘンには港がある。

 開拓の目的が資源を求めてのモノであり、事実として多くの資源が摂れる以上、海運による運搬を見込むのは当たり前のことだろう。

 隣接するのがゴブリンの領地と言うことも在り、押し込もうと思えば、もっと押し込めたのだが、敢えて少し引いてでも海と隣接させて造られたのがヴァッヘンと言う都市だった。

 そう言う分けでヴァッヘン西区は港で働く人足の為の安い店が出ている。

 経験上、ソレを知っていたケイジとガララはそんな西区で食事を取ることにした。

 選んだのは屋台より少し大きめの店の前に野ざらしのテーブルが幾つか並んだ店だった。ニンニクを使用しているのだろう。兎に角、匂いが暴力的な店だった。

 どうやらチケットではメニューを選ぶことも出来なさそうな為、せめて『量を多く』とだけ要望をだして待つこと数分、貝とエビが油で煮込まれた鍋ものと硬いパン、それと気の抜けたエールが運ばれてきた。「……」。隣の客のエールとは明らかに泡立ちが違う。売れ残ったモノを処理させられているのだろう。

 金を払ったモノと、そうでないモノへの区別に言いたいことはあるが、料理の方は流石にそう言うことをする気が無かったのか、古くとも調理方法で誤魔化せてしまったのか、左程大きな違いは無かった。この店を選ぶ決め手となったニンニクは魚介類を煮込んだ油に溶けている様だ。軽くパンに付けてみれば煮込んだ魚介の味も沁みて中々良かった。


「そんじゃ、今後のことを話し合――う前に意思確認しようぜ」


 油で戻されぷりぷりした貝をバケットに乗せながらケイジが言えば、『何の確認だ?』と言いたげにガララが小首を傾げる。

 ケイジが軽く笑う。

 種族差――と言うよりも体格差だろう。ケイジよりも体が大きいガララはケイジとは比べようも無い程に腹をすかしていたらしい。リーザドマンらしい大きな一口で口の中は魚介とバケットでいっぱいのようだ。


「あぁ、意思確認だ。意思確認」


 呑み込むのを待つのもアレなので、ケイジはそのまま議題を進める。


「ガララ、テメェ、このまま俺と組む気はあるか?」


 千切ったバケットを鍋に浮かべながらケイジ。


「……もし、無いと言えば?」

「さよならだ。適当にそこらで他のメンバーでも集めるさ」


 言いながら陶製のジョッキに入ったエールを一口。


「……まぁ、テメェ程の信頼度がねぇから出来れば遠慮してぇがな」

「うん、ガララもできればケイジと組みたいと思って居るよ。貴方は戦士だ。ガララは戦士と共に戦いたい」

「んじゃぁ、今後ともヨロシクってことで」

「ヨロシク」


 ごん、と陶製のジョッキが重い音を上げてぶつかり合う。

 特に意味も無く、にっ、と笑い合ってジョッキの半分ほどを喉に流し込んだ。


「んじゃぁ、次だ。他のメンバーに当てはあるか?」

「無いな。ガララは狩りの最中に捕まった。同じ氏族の仲間は居ない」

「俺はシェルターに襲撃喰らった口だから何人か知り合い――つーか、顔を知ってる奴は居る。居るが……組む気はねぇな」

「それは、何故?」

「揉めてたチームの連中だ。背中から撃たれる気しかしねぇ」


 ガララが「うん」と重々しく頷いた後、「日頃の行いが悪いのだな」と言って来たので「うっせ」と応じる。


「そうなると、ゼロから最低で、三人。出来れば四人ということ?」

「……四人欲しいなぁ」


 開拓者は大体、五人、ないしは六人でパーティを組む。

 これは戦闘の基本にして根幹である通信コールの呪文が六人一組となって居るからだ。

 都市軍や、大規模な作戦の場合などは通信機を用意して連携を図ることもあるが、如何せん、通信機は高級品の割に精度が良くないという欠点がある。数が強みであることは理解できるが、所詮、開拓者は個人主義だ。数だけ揃えても連携が取れず混乱するだけである以上、開拓者は気心の知れた仲間と開拓を進めることになる。

 だから当然、ケイジと同時に二等市民に、つまりは開拓者になるしかなくなった・・・・・連中もパーティを組もうとした。

 仲間は強い方が良い。

 それが開拓者をやる上での当然の考え方だ。

 で、ある以上、『見世物』で実力を見せたケイジとガララは優良物件だった。呪印無しで、一匹とは言え、呪印持ちのゴブリンを屠る戦闘能力は美味そうに見える。「パーティを組もう」と声をかける者は多かった。

 彼等の狙いは寄生だった。

 だから全部にケイジの「失せろ」で対応した。

 あの戦いに参加せずに震えていた連中に用はない。脱走を試みて撃ち殺された二人と、ベッドで転がって居るエルフ、ケイジとガララと一緒に立候補したそいつ等以外とケイジは組む気は無かった。


 傲慢だ。


 そして、見に合わない傲慢は妙なトラブルを運んでくる。


「なぁ、ケイジ。ガララは、神官希望者だけでも取っておくべきだったと思う」

「おぅ、ガララ。素敵なことに俺達は仲良くやってけそーだぜ?」俺も同じ意見だよ、とケイジが応じ、紹介状をテーブルに広げる。「俺の方は神官クレリックギルドの他にも騎士ナイトギルドと錬金術師アルケミストギルドからNGだ」。はっはー、とやけっぱち気味に笑う。

「ガララは騎士ナイトギルドだけだ。ガララの勝ちだな」ふんすー、と少し得意げに鼻息を荒くするガララ。


 人は弱い。弱いから戦う為に互いを補い合う仕組みを作った。

 それが職業ギルドで、やったことは技術の体系化だ。

 何が出来るのか、どう戦うのかを明確化することは死の領域で人が生きる為に必要なことだった。


 例えば、騎士ナイト。重厚な装甲を纏い、大楯を構える彼等はパーティの壁であり、その防御力を生かし、重く高火力な火器を扱う戦闘の要だ。

 例えば、神官クレリック。神々への祈りにより傷を癒し、奇跡を起こす彼等はパーティの生命線だ。


 できること。できないこと。

 得意なこと。苦手なこと。

 技術を体系化し、型に嵌め、補い合い、生存能力を上げるのがこの職業ギルドの役割だった。

 だから開拓者は職業ギルドに所属する。


 戦闘系であれば――騎士ナイト暗黒騎士ヴェノム戦乙女ワルキューレ神官クレリック魔術師ウィザード盗賊シーフ蛮賊バンデット銃士ガンナー魔銃使いバッドガンナー狩人レンジャー


 職人系であれば――銃鍛冶師ガンスミス防具鍛冶師アーマースミス錬金術師アルケミスト機工技師メカニック


 それらどれかのギルドに所属することで円滑に探索を進めるのだ。

 で、この中で唯一、パーティに必須とされる職業がある。

 祈りで奇跡を。傷つきし者に癒しの光を。そう言った呪文スペルを修める神官クレリックだ。

 ケイジとガララもそれは知っていた。

 だから当初、どちらかが神官クレリックになる気でいたのだ。

 だから同期の誘いを全部蹴った。全部蹴って、それから紹介状を確認して分かったのが、二人とも肝心の神官クレリックギルドから拒否されていると言う事実だった。

 曰く、あんな野蛮な戦いをするものに神の慈悲は宿らない。

 別に快楽殺人者でも神官クレリックになれば神秘は行える。神は――実在するらしいが、眼が悪いのか、やる気が無いのか、下界に興味を持たないからだ。『信仰しますよー』と手順を踏んで申告をすれば、『はいそうですかー』と慈悲は与えられ、神官クレリックが出来上がる。

 そして、今、教会ではソレが問題になって居るらしい。

 信仰心も何もない荒くれものが神官クレリックを名乗り、全体の品が落ちてきていると言う意見が上がっているのだ。

 だからケイジの様にゴブリンに噛み付く様な奴や、リザードマンであるガララはお呼びではないと言う分けだ。


 ――知るかボケ。


 ケイジが思わず呟いた言葉が二人の総意だった。総意だったが、勘弁してほしいと言うのが二人が口に出さなかった本心だった。


「回復できなければ、厳しいとガララは思うよ」

「ヘイヘイ、ガララ。そろそろ仲良しアピールは辞めようぜ? 俺も同じ意見だ。これ以上続けられるとお前に惚れちまいそうだ」

「それは遠慮したい」

「俺だって遠慮してぇよ」


 行儀悪くケイジがフォークで食器を、きんきんと叩く。


「……神官クレリック以外に回復が出来んの、何だっけ?」

戦乙女ワルキューレ

「お前、メスだったりする?」

「ガララはオスだな」

「……俺が女装したら行けると思う?」

「逝け、とは思う」

「オーケイ。次、行こうぜ」

錬金術師アルケミスト

「次」

「ガララは入れるぞ?」

「二人のパーティで、片方が職人系はきちぃだろうがよ」

「それもそうだ……そうなると……」


 何かあったっけ?

 何時の間にか鍋も、パンもエールも無くなっていた。店主の目が痛いが、ここを出ても行く場所が無い……正確には、決まっていないので、ケイジもガララもその視線に気がつかないふりをした。


「……なぁ、ガララ。魔術師ウィザードって何か回復できなかったか?」

「無かったと思う。……ケイジ、ガララは機工技師メカニックに四肢を治してもらったって言う話を聞いたことが在る」

「そりゃ捥げたヤツの代わりに引っ付けたって話だ」

「そうか」


 あーでもない、こーでもない。もうこの際、適当に「改心したー」とか言って神父ショタコンのケツの穴でも舐めるかな、とケイジが思い出した所で、店主が声を掛けて来た。


「何時までいる気だ」重い声だ。目がさっさとどっか行けと言っている。

「方針が決まるまでは居てぇな」そんな分けでお代わりだ、とチケットを一枚差し出す。

「まだ食うのか?」

「あー……いや、エール二杯と摘まめるもん適当に」

「うん。それとガララは回復の呪文スペル技能スキルがある職業ギルドも教えて欲しい」

「はっはー、そいつぁ、良い案だ。おっさん、神官クレリック戦乙女ワルキューレ錬金術師アルケミスト以外で頼むぜ」


 やけくそ気味にケイジとガララが笑いながら、空のジョッキでテーブルをガンガンと鳴らす。


「ツマミは貝とエビ、どっちが良い」


 だが、店主の方はそんなクソガキの相手も慣れた者。二人の手からジョッキを取り上げ注文を取っている。


 ――まぁ、そうだよな、知る分けないよなぁ。


 ケイジは溜息を吐き出し、諦めた。


「俺は貝」

「ガララはエビだ」

「一品にしろ」

「ヘイ、ガララ。言いたかねぇが……チケットは俺が出した」

「む。分かった、諦めよう」

「うっし! おっさん、貝で」

「あいよ」


 ぶっきらぼうにソレだけ言って調理に入る間際――


「あぁ、それと回復の技能スキルがあるギルドだがな――」


 おっさんは迷える可愛くない子羊二匹に救いの手を差し伸べるのだった。

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