銃と魔法とポストアポカリプス。
ポチ吉
Newby
ケイジとガララ
ガタガタと地面が揺れる。
いや、そうではない。揺れているのは地面と言うか、床で、床と言うよりは荷台だった。
右に人、左に人、どこを見渡しても人、人、人。
最も数が多い人間種に始まり、小柄で骨太なドワーフ、精霊の末裔を名乗るエルフ、全身に鱗を持つリザードマン、人身獣面の獣人、女しか存在しない左右で瞳の色が違う魔女種と言った人と呼ばれる全種族が老若男女を問わずにトラックの荷台に詰め込まれていた。
彼等の唯一の共通点を上げるのならば、全員が手枷と足枷を付けられ、立って荷台に詰め込まれていると言う点だろう。
奴隷商のトラックだった。
そして彼等は商品だった。
商人はなるべく多くの商品――つまりは彼等を運ぶ為、使用面積が少なくても済む様に立ったまま乗り込むことを強要した。
狭い荷台だ。
呼吸の度に食いつぶされる酸素は徐々に薄くなり、押し込まれた人の熱も相まって、トラックの荷台の中は軽い酸欠状態の人で溢れていた。
だが、倒れたらそこが終わりだ。
ぶっ倒れた他人を
そういう意味では壁際に陣取ることが出来た自分は、まぁ、運が良いのだろうな。
ケイジはそんなことを思った。
「――、」
思って――直ぐに苦笑いを浮かべた。
奴隷狩りに会っておいて運が良いわけがない。
音なく笑うケイジは人間種の男だった。年の頃は十七。父親譲りの黒髪は獣の様に硬く、その目は野良犬の様に尖っていた。
有体に言ってしまえば凶相だ。見た目で得をしたことは覚えている限りだと無い。やんちゃな連中に因縁をつけられ、喧嘩沙汰になることなどザラだ。
それでも最近は平和に暮らしていた。
肉切り包丁の扱いにそれなりに慣れた頃には、良く分からない言い掛かりからの殴り合いに発展することは無くなっていた。染みついた血の匂いと野良犬の様な鋭い目は、平和なシェルターの中でのもめごとを避けるには十分だったのだ。
だが本職で暴力を『使う』連中には通用しない。
シェルターの中では恐れられる
「……」
ケイジには売られる先に心当たりがあった。
開拓地。
人に分類される六人種の領土とそれ以外モノ達の領土との境界線。
そこに居る変異生物は狂暴で、そこに居る亜人は人を恨んでいて、そこで造られている暴走機械は殺人の為に造られたモノだ。
言うなれば殺人領域。
それでも確かな資源が眠る黄金郷。
ころころと人が死ぬが故に万年人手不足のソコへと売られるのだろう。
ケイジが首を回すと、ごきん、と鳴った。
ガタガタ揺れるトラックの荷台に押し込まれて丸一日。その間にすっかり硬くなった体は本調子からは随分と遠い。
眠ることすらできない状況でガタガタと揺られ、そこから漸く解放されたと思ったら五分でコレだ。
――やってられねぇ。
そんな悪態を呑み込んで、ケイジは周囲を見渡した。
周囲は一メートル程の木の柵に囲まれている。
飛び越えることは可能だろうが、飛び越えた所で周囲に居るのはSMG、サブマシンガンを持った見張りだ。どうなるか――。つい先ほど二回分の見本を見せられているので、それを試す気は更々ない。
手と足の拘束が取られたので、ひょい、と前へと進む。
策の中に入ったケイジを出迎えたのは万雷の歓声――などではなく、何処か値踏みする様な視線だ。一応、ぎゃぁ! とか、ぎゃいぎゃい! みたいな声も聞こえてくるが、残念。それは対戦相手である一匹のゴブリンと彼が飼う二匹の大ネズミが檻の中で上げる声だった。
「――やれそうなのはガララと貴方くらいだな、人間の人」
「みてぇだな、リザードマン」
横から掛けられた声にケイジはぶっきらぼうに答える。
ケイジの隣には同じように手枷と足枷を外されたリザードマンが居た。
硬い鱗と恵まれた体格を持つリザードマンは生粋の戦士だ。そんな分けで今回の見世物に立候補したのだろう。
年齢は良く分からない。鉄錆の様な赤い鱗を持った長身の彼は爬虫類の様な赤い眼でケイジを見ていた。
「フレイムアイズ氏族のガララ。年は十と七。貴方は?」
「ケイジ。同じく年は十七だ」
よろしく、と手を差し出されたので、よろしく、と握手をした。ひんやりとしていた。
「ケイジ。ゴブリンを殺したことは?」
「自警団の見回りの時に棍棒でやったことならあるがよ。流石に素手ではねぇよ。そっちは?」
「似たようなもの。ガララは、槍を、使った」
「ってことは呪印は……」
「ガララ達は十と五からの三年間は武を磨く。銃は武ではない。ケイジ。貴方からは血の匂いがする。ケイジは戦士ではないのか? 呪印は無いのか?」
「呪印は金がねぇから彫ってねぇよ。血の匂いは解体屋で働いてたからだろうよ」
――アレ、そう言えば俺の今月の給料、どうなったんだ?
ケイジは、ガララと会話を交わしつつ、そんなことを考えながら体を解していく。
――まぁ、貰えるわきゃねぇわな。
そして溜息と共に諦めた。
何と言ってもケイジは運が良いか、悪いか、で言えば間違いなく悪いのだ。
奴隷商に捕まったのが運が悪かった。売られる先が開拓地と言うのも運が悪かった。そして、いざ、開拓地に入ったら
なんでもご主人サマは前回、『酔っ払って寝ているだけだ』と言って死体を売りつけたらしい。その前はよりにもよって権力者の息子を売り飛ばし、その私兵が開拓地に攻め込んでくる原因を造ったらしい。
そんな事情を聞くとは無しに聞いたケイジは本気で己の運の無さを嘆いた。
売れなくなった商品に対する扱いはどんなものだろう? もしかしたら次の取引の為に丁重に扱って貰えるかもしれないが、三流商人の場合は――
まぁ、余り期待しない方が良さそうだ。ケイジはそう結論づけた。
捨てられるならまだラッキーで、先ずはストレス発散に使われるだろう。問題なのはその度合いだ。殺すまでやるか、やらないか。道具を使うか、使わないか。素手で殴られる程度ならば一人を殺せるかどうかと言うラインだろうが、道具を、例えば銃などを使われたら全滅だ。
脳裏にサブマシンガンを乱射して奴隷を撃ち殺し、恍惚としているご主人サマがはっきり想像出来たので、ケイジは心底うんざりとした。
ある程度頭が回り、外の会話が聞こえる連中も同じような結論に達したのだろう。聖人めいた男が「せめて女子供を中心に壁を造って……」と言い出せば、良く言えば人間らしい女が「えぇ、そうね! そうしましょう!」とはしゃぎだす。荷台の大半が外の状況を知ることが出来ない中でそんな会話をするのだから最悪だ。「壁となる」「女子供だけでも……」そんなキーワードから大まかに想像できる未来はあまり明るくない。
緊張から暴動へ。その引き金に指が掛かり、力が入り、絞られる。その刹那――
「お、降りろ! お前たち! 降りるんだ! う、売り込め! 売り込むんだよっ!」
靴を舐める様な低姿勢での交渉術が功を奏したのか、ご主人サマが駆けこんで来た。
どうやら一応、商品を見て貰える所までは漕ぎつけたらしい。
種目は開拓者に必要な戦闘能力を見る為の殺し合い。勝てば街が奴隷を買ってくれると言うことなので、商人は必死だ。
その相手はゴブリンが一匹に大ネズミが二匹。こちらはやや有利な五人。
三対五の殺し合い。
そして、その代表にケイジとガララが立候補したのが大体五分前と言う分けだ。
「おい、ご主人サマよ、得物は貰えねぇのかよ?」
ある程度身体が解れたので、ケイジは柵を掴む様にして何やら喚いていた中年に声をかけた。
「なっ、無い! 素手だ!」
「おいおい、相手を何だと思ってんだよテメェ? ゴブ居るんだぞ、ゴブ。あの大きさのイキモノ殺すのに素手はねぇだろうがよ」
ゴブリンは人間の子供程の大きさの亜人だ。身体能力もそれ相応だが、亜人と分類されるモノの例に漏れなく人への高い殺意を持って居るし、身体もソレが可能な様に造られている。
きぃーきぃー! と叫ぶ度に除く汚い歯は鋭く、ソレは人に分類されながら異形であるリザードマンの鱗を貫くことが可能だった。
殺人種。
それが亜人に分類される最低条件なのだ。
「うるさいっ! うるさいぞっ! 良いから戦え! 戦うんだよっ!」
「うっせぇのはテメェだろうがよ、ハゲ。良いから得物寄越せや。売り込む前に死んじまう。割れた卵に金出す奴はいねぇ。そうだろ?」
ケイジが暴言を吐き出す。
奴隷と言う立場は本来なら弱いが、今、この場では多少の悪態は許される力関係だ。何と言っても立候補したケイジ含む五人の奴隷の内、一人は既に戦意が折れていて、二人は逃亡を試みて射殺されている様な状況だ。
試合開始前に三人がリタイアしている中、残った希望はケイジとガララ。何としても商品を売り込みたい奴隷商としてはここでケイジを傷つけることはできない。
「――こ、ッ、のぉ!」
激昂する奴隷商。真っ赤になったその頭には、髪の毛の代わりに血管が浮いていた。
だが、そこは腐っても商人。「ふー」と、大きく息を吐き出して血圧を下げて、冷静な声を造ってみせた。
「……出来んのだ。相手方の要望でな、素手で仕留めんとお前らは『買われない』。必死にあがくサマを先方はお望みと言う分けだ」
「は、そりゃぁ良い。ゴキゲンだ。負けりゃ買い手が付かなくて
「――商品を捨てる時に私がどうすると思う?」
「……さぁな、少なくとも綺麗にお片付けが出来る面にはみえねぇな」
「良い勘だ。――酔っ払いのゲロがマシに見える位には
「オーケイ。お互いの為にベストを尽くすことにするぜ、
中指おっ立て、くたばれクソが。
ケイジは唾と一緒に悪態を吐き出す。と、その足元に残った一人が縋り付いて来た。エルフの優男だ。
五分前に「呪文が使える!」と言っていた口から今は弱音が漏れていた。「なぁ、助けてくれよ! オレ、無理だよっ!」。隙を突いて逃亡するつもりで立候補したは良いが、『その結末』を二人分ほど見せられて心が折れたのだろう。「……」ケイジはソイツの胸倉を掴み、力任せに持ち上げ、ヘッドバットをかました。
それなりに喧嘩慣れしたケイジの一撃は優男の意識を飛ばすには十分だったらしい。
意識が飛んだことを示す様に手にかかる重さが増す。ソレを引きずりながらケイジはガララの隣に並んだ。
「聞こえてたかよ?」
「うん。ガララは耳が良いからな」
「そりゃ良かった、説明の手間が無くて良い」ケイジが肩を竦めながら言う。「聞いての通りだ、武器はねぇ」
「成程。では、武器はケイジとガララの胸に宿った勇気だけだな」
「は、そいつは良いな、上等だ。世界でも救える最強の武器じゃねぇか」
「うん。問題と言えば世界は救えても、今のガララ達を救うのには心許ないということだな」
「……世知辛ぇな、おい」
「全くだ」
くく、と歯と牙を見せて笑い合い、二人は足元の石を拾って行く。
そうしてから顔を上げる。
見据える先には一匹のゴブリンと二匹の大ネズミ。
こちらの会話の終わりに合わせてくれた分けでは無いだろうが、タイミング良く檻が開いた。
あとがき
むいむいっと新作をば。
楽しんで頂けレバー。
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