第七章 カワイイ俺のカワイイ調査

第39話カワイイ俺のカワイイ調査①

 目の前の扉は今やすっかり"お馴染み"で、プレートに印字された店名も最早よく知ったるもの。


 ならば何故、こうして扉の前で立ち竦み続けているのかと言うと、別の理由で緊張やら興奮やら……ともかく、心臓がバクバクと騒ぎ続け、平常心を奪われているからだ。


 落ち着け、落ち着け。何度念じてみても、収まる気配はゼロ。原因は言わずもがな、今日が例の月曜日だからだ。

 カイさんへの気持ちを自覚してから、初めての"エスコート"。


 秘めた諸々の事情や抱いた恋情を悟られる訳にはいかない、という使命感もさることながら、好意を抱いた相手に会えるという期待と気恥ずかしさまで顔を覗かせてきて、俺の胸中は大運動会になっている。


 心臓が口から飛び出そうだ。いや。いっそ、飛び出してくれた方が楽になれるのかもしれない。

 そんな馬鹿げた思考に耽ってしまうくらいには、余裕がない状態だ。


 だが、いつまでもここで一人相撲をとっている場合ではない。花柄の腕時計で確認した時刻は、予約の五分前。


(行く、か)


 頼むぞ、"ユウ"。

 目を閉じ、すうと決意を吸い込み、ひと呼吸。


(よし)


 瞼を上げると同時にノブへ手をかけ、扉を一気に開け放つ。

 見慣れた黒の際立つ空間に、響いた声


「いらっしゃい、ユウちゃん。今日はいつもよりゆっくりだったね?」


 聞き覚えのある軽い調子と、親しげな口調。

 顔を見ずとも、声の主は。


「拓さん」

「"この間ぶり"、だね」


 人差し指を唇に寄せ、悪戯っ子のようにニィと笑んだ拓さんに、苦笑しながら頷く。

 奥の部屋で待機しているであろうカイさんに聞こえても不自然のないように、それでいて俺には分かるようにと上手に揶揄されたのは、先日の来店事件だ。


 あまり深く考えてはいなかったが、この店には"連絡先を教えてはいけない"というルールがある。直接の違反ではないとはいえ、外部で個人的に客と接触するのはセーフなのだろうか。


 気にはなるが、俺もその後"個人的"にカイさんにと接触しているので、ここは言及せずに黙っていた方が得策だろう。


(まあ、拓さんならカイさんから聞いている可能性も高いけどな)


 話題を振られたら、その時はその時。

 念の為、こちらから切り出すのは止めておこうと考えながら、受付の向こう側で立つ拓さんの元へと歩を進めていく。と、


「今日も気合バッチリだね!」


 ヒュウと小気味良い口笛。カウンターに肘をつきながらの慣れた雰囲気も相まって、さながら洋画のワンシーンようだ。


 俺は胸中で苦笑しつつ、表では無害な笑み浮かべて「カワイイですか?」と小首を傾げる。


「もっちろん! あ、でも、そのスカートで外大丈夫だった? 風、強かったでしょ?」


 外を指さす拓さんに、「ええ、まぁ……」と頬を掻く。

 朝は至って穏やかな気候だったのだが、昼過ぎから一変し、風がビュンビュンと唸り声を上げているのだ。


 天気予報を確認しなかった俺が悪い。強風になるだなんて微塵も頭になかった俺は、今日のエスコート用にと新調した太腿丈のスカートを、"着替え"として持って出ていたのだ。


「正直、失敗しました。なんとか抑えて来ましたけど……まぁ、下に見えていいやつ履いているんで」


 その辺は抜かりない。

 チラリとスカートの裾を上げ、中に着用しているレースの"見せパン"を覗かせると、拓さんは慌てて「うぁおユウちゃん大胆!」と目を覆った。


「ダメだよそんなはしたない! ホイホイ安売りしちゃいけません!」

「はぁ……」


 別に男だし、見せたのは下着ではなくショートパンツ仕立てのインナーだ。


 太腿のことを言っているのなら、それこそショートパンツスタイルの時はこれくらいの露出は常で、俺としては何て事ない(安売り? しているつもりもない)のだが、「早く隠しなさい!」と喚く拓さんにそっとスカートを戻す。


 拓さんは恐る恐る指の間から薄目で覗き、俺の状態を確認すると、「もーホント頼むよユウちゃんー……」と受付デスクに突っ伏した。


 いやいや、過剰反応しすぎだろ。なんでそんなに疲れてんだ。

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