第38話カワイイ俺のカワイイ自覚⑨
(……ああ、そうかよ)
負けだ。もう、負け負け。ここまで囲われたら、腹をくくるしかないだろう。
進むも泥沼、進まずとも茨の檻。"戻る"なんて選択肢はないし、勿論、"立ち止まる"も論外だ。
かと言ってただがむしゃらに飛び込むのでは単なる阿呆。ならば、不格好に紬いだ花の船で何処まで渡れるか、試してみようじゃないか。
「……ありがとな、時成」
素直に告げた礼。時成と出会う前の俺なら、きっとこのまま一人で悩んで、押し込んで、気付かないうちに沢山をバラバラにしていただろう。
取り返しの付かない事をした、と。後悔を背負うのは、全てのピースが手の内から零れ落ちた後だ。
空虚を掴む掌では、どれひとつ、取り戻せない。
(相変わらず、だな)
いつだって冷静に先を見据えていたいと思うのに、"感情"が占めると混乱してしまう。悪い性質だ。
それを知っていながらも未だに改善出来ずにいるのは、己の未熟さ五割、恵まれた環境五割といった所だろう。
俊哉に、時成。俺を理解し、頼り頼らせてくれる人間が側にいるという、安心感。
その安心感を理由にしているのは、ただの"甘え"だ。
「……ちょっ、先輩……!」
時成は暫くあんぐりと口を開けていたかと思うと、突然、慌てたようにスマフォを取り出した。
「さっきのもう一回おねがいしますー!」
「は?」
何の事だと眉根を寄せると、起動したカメラのレンズを向けながら必死の顔で、
「邪気のない先輩の笑顔なんて貴重すぎて……! いつでも拝めるように! 写真に収めさせてくださいーっ!」
「……ぜってぇヤダ」
「なんでですかヒドいですー!」
喚く時成に「つーか邪気ってなんだ。俺はいつでも"カワイイ"笑顔だろーが」と片眉を上げれば、「カワイイはカワイイですけど純粋なのはほぼ皆無じゃないですかー」と食い下がられる。
(ったく、酷いのはどっちだ)
だからと言って、所望の"純粋な"笑顔は「さぁやってください!」と言われて出来るモノでもないだろう。
取り合わないでいると「わかりました……写真がなくともおれの記憶にバッチリ保存してますからー……。心の中で拝みますー」と恨み言のように言うので、「拝むな」と即座に拒絶しておいた。
時成は俺を撮る事が多いが、まさか今まで撮られていた写真も拝まれているんじゃあ。
そんな疑惑が浮かぶが、その辺りの追求はまた後日に、だ。
「ともかく」
仕切りなおして、時成を横目で見遣る。
言葉にするのは些か照れくさいが、ここはキッチリしておかなければ。
「"カイさんとオトモダチになろうプロジェクト"改め、"カイさんをオトそうプロジェクト"の一員として、協力よろしくな」
「勿論ですー! 任せてくださいー」
自身の胸元を片手で叩く時成の、嬉しそうな笑顔。その顔に救われる思いを抱きながら、カイさんの姿を思い浮かべる。
あの人は、俺が抱えた想いなど知らない。
すみません、と心中で謝罪を述べた。
気の合う客だと、思ってくれているのかもしれない。妹のよう、かもしれない。
けれども、気付いてしまったから。
"ユウ"としてではなく、"瀬戸悠真"として、あなたの隣が欲しい。
「ということで、無事ユウちゃん先輩は目標の再設定をされたワケですがー」
教壇に立つ教師のように、人差し指を掲げてみせる時成。
「当然、作戦の練り直しが必須になりますー。が、まずは俊哉さんへの報告が最優先ですねー」
「……だな」
指摘され、意識下へ逃がしていた事項が目の前に晒される。
さて、何て言って伝えようか。
後ろめたさを振り払い、最善を見つける為の算段を巡らせながら、きっとまだまだ続くであろう時成の"協力"に感謝を込めて、隣に鎮座した箱を掲げた。
「……シュークリーム、いるか?」
「っ! いただきますー!」
ついでに飲み物も、と立ち上がった俺は、ハタと思い出して頬を掻いた。
「……時成」
「はいー?」
「……イチゴのショートケーキじゃなかった」
二度ほど瞬いて状況とシュークリームを飲み込んだ時成は、ふにゃりと頬を緩め、
「それは残念ですー」
と、うそぶいて笑った。
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