第34話カワイイ俺のカワイイ自覚⑤
それにしても。カイさんはどうして急に、服装など気になったのだろう。
見ればカイさんは細身のジーンズに鎖骨の見える薄手のニットと、実にシンプルかつジェンダーレスな服装だ。
レンズの入っていない眼鏡は、客対策と薄化粧隠しといった所だろう。本気で素性を隠したいのならばマスクも必要だと思うが、先日の拓さんの堂々たる態度から推測するに、そこまで過敏に周囲を警戒してはいないようだ。
そう。例えば、"ユウ"としてこの街を闊歩する、俺のように。
(そういえば、カイさんの私服って初めてみた)
表情ばかりに気を取られていたが、今までのエスコートは全て店のスーツ姿だった。こうしたラフな服装はレアである。
それも、今は"私服"と選択したエスコートではない。これはオフで、つまりカイさん自身が好んで着用している服だ。
そう思うと急に気分がソワつき、そしてそれを悟られないよう慎重に自然を装う。
「カイさんも、普段からそーゆー感じですか?」
カイさんはカフェオレを置くと、苦笑気味に、
「うん。身長あるし、こーゆーのじゃないと似合わないから」
女性らしいデザインは似合わない、と言いたいのだろう。
諦めたような物言いに、そうだろうかと真っ白なワンピース姿のカイさんを思い描く。
肩の出るシンプルなデザイン。たっぷりとした丈のスカートが悪戯に遊ぶ海風に舞い、スラリと伸びる白い足に代わる代わる影を落とす。
踊る黒髪から覗く細い項。見つめる俺に気づき振り返った彼女は、真夏の日差しを柔らかに受け止め微笑み――。
(って、何考えてんだよ!?)
少女漫画よろしくフワフワとした効果で縁取られた映像を、急いで打ち消す。
ヤバイ。
よくわからないが、ヤバイという事だけはわかる。
「……そんな事ないです」
思考は悟られたくないが、本人が思っているよりも魅力的だという事は伝えたい。
そんなせめぎ合いの中なんとか絞り出した一言に、カイさんは「ユウちゃんは、優しいね」といつもの柔和な笑顔を見せる。
気遣いだと、思ったのだろう。それかお世辞。
決してそうではないのだが、これ以上言葉を繋ぐと、余計な事まで悟られてしまいそうだ。
(……くそ)
その時その状況に見合う言葉を選び、相手を掌握する。それが"ユウ"の武器で、鎧でもあった。
それなのに、ここ最近カイさんの前では、ちっとも機能しやしない。
もどかしい。初めて陥る感覚。
「……この後、何かあるんですか?」
何か会話を繋がなくては。
そういえば列を抜けていたなと思い出して、もうすぐ食べ終わりそうなカイさんに尋ねる。
「うん、シフトがね」
「あ、時間、大丈夫でした?」
「平気。あのまま並んでても間に合わなそうだったから、また後日にしようと思って諦めたんだ。でも、もうシュークリーム! って気分だったから、コンビニで買って店で食べようと思ってたんだよね」
少し恥じるような笑みを浮かべるカイさんに、キュンと胸が鳴る。
勘弁してくれ。
胸中を叱咤しながらも、「そうだったんですね」といかにもぶって頷いた。あのタイミングで捕まえられたのは、本当にラッキーだった。
「ごちそうさまでした」
綺麗に平らげたカイさんは残った口拭きを小さく折りたたみ、キャメル色の鞄の中へと収める。
「ゴミ、もらいますよ?」
「大丈夫。店にゴミ箱あるから。ユウちゃんのも捨てておこうか?」
「いえ、箱があるんで」
「そう?」
お願いだから、今の俺に小首を傾げるのはやめて欲しい。
用済みになった口拭きを箱に戻すフリをして、そっと視線を外す。
コントロール不能に陥った心臓に落ち着けと念じるのは、一体何回目か。
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