第33話カワイイ俺のカワイイ自覚④


(しっかりしろ、俺)


 なんだか頭痛がしてきた。現状から目を背けるように一度ギュッと瞼を閉じてみるも、当然、何が変わるでもない。むしろ、黒くなった視界に更に妙な映像が浮かんできそうで、俺はその前にと渋々開いた。


 ふと。目に入ったのは、カイさんと俺との間に置かれた、手付かずのカフェオレ。俺が渡したアレだ。

 飲まないのだろうか。そんな疑問が浮かび、直後に気がつく。


 所持者として箱にシュークリームを戻せる俺とは違い、手が塞がったままのカイさんには、プルが開けられなかったのだろう。


(言ってくれればいいのに)


 俺の手を煩わせまいと、黙っていたのだ。

 "徹底"し過ぎなのも考えモノだな、と嘆息しながらシュークリームを箱に下ろし、カフェオレの缶を手にしてプルへと指先をかけた。


 カキリ。響いた音に気づいたのだろう。はっとしたような顔を向けたカイさんに、「お好きな時にどうぞ」と笑みながら缶を元の位置に戻す。

 カイさんは言葉を探すように視線を宙に彷徨わせてから、


「ゴメンね」


 微妙な表情。

 もしかしたら、余計な事をしてしまったのかもしれない。


(後で飲もうと思ってたとか?)


「あ、スミマセン。勝手に」

「ううん。ありがとう」


 言うが、その顔は別のことを考えている顔だ。


「もしかして、後で飲もうとしてました?」


 直球で尋ねた俺に、カイさんが「えーっと……」と口籠る。

 先程もそうだったが、なんだかいつもより砕けた印象なのは、この時間が"仕事"ではないからだろうか。

 首を傾げながら待つ俺に、カイさんは軽く頬を掻いて照れくさそうにはにかみ、


「ユウちゃんて、カッコイイよね」

「え?」


 突如の称賛に、ドクンと跳ねる心臓。


「今の、とか。気遣いっていうのかな。良く見ててくれて、自然とやっちゃうし。あ、もちろんカワイイってのは、大前提だけど」


 "カワイイ"は、俺にとって最大の褒め言葉だった。

 でも、それよりも。先程告げられた"カッコイイ"の一言が、砲弾に似た破壊力を持って俺の心臓を撃ち抜く。


 バラバラに砕け散った俺の中の"何か"。早く拾い集めなければと脳裏で叫ぶ声が聞こえるのに、衝撃に立ち竦んだまま、噴煙がキラキラと舞う様を見ている事しか出来ない。


(ああ、もう、どうして)


 "動けない"のか、"動かない"のか。

 もう、その判断すら。


「……カイさんには、負けますって」


 なんとか平常を装って返すと、カイさんは「そうかなー」と指先を顎に添えた。

 "イケメン"の仕草、なのだが、いつものような演技ではなく、自然と動いたように見える。

 素、なのだろうか。そう過った刹那、くっと締まる胸。


(……嘘、だろ)


 苦しいのに、心地良い。

 感情に味覚などあるわけがないのに、どこか甘く感じるのは、脳が麻痺しているからだろうか。


『会えばわかりますよー。こういうのは理屈じゃないですからー』


 時成の言葉が、強く木霊する。


「……ユウちゃってさ」

「は、ハイっ!?」


 ビクリと跳ねた肩。

 しまった。これでは不自然だろうと後悔するも遅い。

 カイさんは興味津々といった様子で、純粋な瞳を俺に向け、


「そういう、フリルが沢山ついた服が好きなの? シンプルな時もあるけど、最初に会った時もそんな感じだったよね?」

「あ、ああ……。好みって言ったら好みですけど、前みたいな服装も多いですよ。ただ、アキバに来る時はこっちの方が馴染むんで。あと一応、普通のもありますけど……」

「普通?」

「男の服です」

「あ、そっか。持ってるんだね」

「そりゃ、さすがに四六時中この格好は出来ませんから……」


(なんだ今の『あ、そうか』って……っ!?)


 もしかして、俺が男だという事をすっかり忘れているんじゃ。

 なんだか一気に落とされた気分だ。が、感慨深そうに「そっか」と頷くカイさんは、そんな俺のジェットコースターなど知る由もない。


 どうやら尋ねたかったのはこの話題だけのようで、シュークリームを片手にカフェオレを飲んでいる。


 多少の哀しみが残るとはいえ、結果的に余計な詮索をされずに済んだ。そう自身に言い聞かせて、はむりと一口。糖分に絆されたのか、ドクンドクンと強く打ち続ける心臓が、少しだけ大人しくなる。

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