第21話カワイイ俺のカワイイ接客⑤
「……どーしたの、あいら」
訊ねるも、時成はその場から動こうとしない。
つまり、"そういう事"か。
察した俺は呆れ顔を作り、ホールへ踏み出した。時成の側へ歩を進めると、当然、お客様方の視線が集まる。
時成は周囲を一瞥もせずに、ただ俺だけを見つめたまま不貞腐れたようにむぅ、と頬を膨らませた。
「ユウちゃん先輩、楽しそうですねー」
「あいらは何がそんなに不満なの?」
言いながら膨らんだ頬を指先で突く俺。
プスッと空気を抜いた時成は口を尖らせて俯き、俺のエプロンの裾をキュッと掴む。
お客様方の視線は、熱い。
「ユウちゃん先輩の"お気に入り"は、おれだけで充分ですー」
「あいら……」
興奮にざわめく店内。言っておくが、コレも"サービス"だ。
特に"ユウ"と"あいら"は先輩後輩の関係であり、ナンバーワンとツーという立場でもある。
個人的に仲が良い、という要素も多分に含まれるが、"美味しい"肩書のつく俺達の"アクション"も名物の一つだ。
俺は「ごめんね」と苦笑して、少し高い位置にある頭を撫でてやる。
「少し放置しすぎたかな……。大丈夫。ご主人様も、メイドの皆も大好きだけど、一番可愛いのはあいらだから」
「っ! 先輩ぃーっ」
「よしよし。ちゃんとお仕事に戻れそう?」
「はいー、がんばりますー」
「いい子。さ、"ご主人様方"にちゃんとご奉仕しないと」
頷いたあいらはしょんぼり眉のまま、一番近い席の常連さん方の元へ。「あいらちゃんはユウちゃんに甘えただなー」と笑われ、「だって先輩のコト大好きですもんー」と返しているのが聞こえる。
俺はパントリーへ戻り、出来上がったオムライスプレートをお盆に乗せた。手早く注いだグレープフルーツジュースとストロー、結局用意出来なかったスプーンとケチャップボトルも乗せてホールに踏み出る。
丁度のタイミングで、"あいら"が意味ありげな視線を寄越してきた。俺は肩を竦めつつも、ゆったりと微笑んで隣の通路を行く。たったこれだけでも、先程の余韻が残る店内での効力は抜群だ。
「お待たせしました、拓さん。オムライスプレートです」
「わーおしそー!」
「それと、グレープフルーツジュースです」
手前すみません、と断りを入れ、両手を膝の上に下ろした拓さんの目の前に、コースターとグラス、ストローとスプーンも置いていく。
ワクワクとした目で大人しく見守っていた拓さんは、俺が全てを置き終わると、待ってましたと言わんばかりに「ユウちゃんってさ」と口を開いた。
ご機嫌そうに口角を上げつつ、片目を眇める。
「いっつもあーやって"オトして"るんだ?」
「っ」
(……やっぱ見えてたか)
拓さんが揶揄しているのは、十中八九、先程の『有望な人材くん』とのやり取りだろう。
心中では警戒しつつも俺は弱ったような苦笑を浮かべ、エプロンのポケットからケチャップボトルを取り出し、プレート上に鎮座するオムライスへハートを描く。
「そんな人聞きの悪い。あれは単なるお客様との"コミュニケーション"で、言うなら"サービス"です。拓さん達と一緒ですよ」
「ふぅん? オレにはあの彼、もうユウちゃんにメロメロ! って感じに見えたけどねぇ」
「メロメロって……語弊がありすぎです。ただちょっと気を許して貰えたくらいで"メロメロ"だって言うんなら、僕はカイさんにメロメロってコトになるじゃないですか」
「違うの?」
「ちがっ」
違う、と返そうとして、言葉に詰まる。
ここで強く否定してしまえば、『なら何故カイさんの元へ通いつめているのか』と突っ込まれかねないからだ。
「……わない、ですけど。"客"であり"サービス"だっていう分別はついてます」
あくまで好意はあるが、『そういう』好意ではないと繋げた俺に、
「そう? ま、いいけど」
拓さんはサラリと話を打ち切った。
(……『ま、いいや』程度の話題だったのか……)
肩透かしを食らったような気分だ。が、なんとかやり過ごせたのなら、それでいい。
安堵に胸中で息をつきながら、描いたハートの中に『拓さん』、プレートの手前部分に小さなハートを数個と、『ユウ』の文字をデコレーションする。
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