【書籍化】カワイイ俺とキミの嘘!~超絶カワイイ女装男子の俺が、男装女子を攻略出来ないハズがない!~

千早 朔

第一章 カワイイ俺のカワイイ決心

第1話カワイイ俺のカワイイ決心①

 『カワイイ』は最大の武器だ。


 気紛れに作った笑顔一つで簡単に相手を懐柔し、自身を優位に立たせることが出来る。

 大切なのはこの真理を理解し、正しく使う事。

 そうすれば"小さな嘘"なんて、"カワイイ嘘"になるのだから。


「まぁ、予想はしてたけど……」


 久しぶり、とか、お待たせ、とか。一般的な待ち合わせの第一声をまるっと無視して、現れた男は俺の顔を見るなりガクリと頭を垂れた。

 両方の指を折りたたんでも足りない程"この俺"と会っているクセに、未だ初見のような反応を見せるのは、嫌味ではなく純粋に"抜けている"からだ。

 お決まりの挨拶に心中で溜息をつきつつ、俺は胸下で腕を組みながら無言を貫く。


悠真ゆうま?」


 怒っている、と思ったのだろう。伏せていた顔を上げ、表情を伺うように呟かれたのは紛れも無く"俺自身"の名前。

 だが"今の俺"の場合はそう呼ぶなと、これまでに何度も何度も言いつけている。

 俺は怒りの気配を纏いながらも、態とらしくゆっくりと、ベビーピンクのグロスに艶めく唇を釣り上げた。


「……いったい、何回言えば覚えるの?」


 穏やかともとれる言い回しは、紛れなもない憤怒の証。

 ソイツはハッとした顔で青ざめながら、


「あっ、ごめん! 謝るから怒んないでよ、"ユウちゃん"」


 これまでの経験から、『鳥頭野郎』と罵る俺の心中をキッチリと悟ったらしい。

 慌てた様子で「ごめんごめんっ」と両手を合わせるソイツ――佐々木俊哉ささきしゅんやによって訂正された"今"の呼び名に、俺は満足気に頷いた。


 綺羅びやか、とは毛色の異なる色とりどりのネオン。

 塗装の剥げた白いガードパイプが並ぶ大通りに沿って歩道を進めば、並ぶ店舗から流れる、BGMにしては随分と主張する音楽が無遠慮に鼓膜を震わせる。

 ビルの高さに匹敵する巨大パネルはこの街を主張しており、惜しみなく随所で光る液晶画面もまた然り。共通しているのは、そのどれにも特筆した共通点があることだろう。


 大きな瞳に、小さな顔。数多の理想の集大成であるイラストが並ぶ、"嫁"達の楽園『秋葉原』。


 休日というだけあり、狭い歩道には我が物顔の常連からカメラを構える観光客まで、溢れんばかりのヒトが往来している。

 ここでのボンヤリはご法度。うっかりしていると、波に呑まれてしまうのだ。

 俺は注意深く隙間を抜けながら、目的の地に向かって足を動かす。すっかり慣れたもんだ。が、最早反射でこなす俺とは違い、数度しか訪れたことの無い俊哉は疲弊を滲ませ苦笑した。


「相変わらず人が多いね」

「……そりゃあ、なんたってオタクの聖地で日本屈指の観光地だしな。休みの日はいつもこんなモンだよ」

「都心コワイ……」


 返された涙声を冷ややかに受け流しつつ、俺は呆れた視線だけをチラリと向けた。

 180センチを優に超える長身と、程よく締まった身体。おまけに優しげフェイスを持つ男の泣き言なんて、残念ながら俺には何の効力も発揮しない。

 もしも今、コイツの隣を歩いているのが俺ではなく女の子だったなら、ギャップ萌えだとかなんとかで実に愛らしく頬を染めていただろう。

 けれど、俺は男だ。

 たとえ、過剰すぎない適度なフリルが可愛らしいミントグリーンのトップスに、ポケットのビジューが煌めくスカートをひらめかせ、ローヒールのパンプスをコツコツと鳴らしていても。

 加えるのならば、ダークブラウンの艶やかなセミロングの髪に、ナチュラルメイクで可愛らしく整えていても、間違いなく男なのだ。


 そう、俺――瀬戸悠真せとゆうまは、今を時めく"オトコの娘"だ。


 勘違いされがちだか、俺は女に生まれたかったとか、男性の気を惹くためにこのような格好をしている訳ではない。

 キッカケは遡ること数年前。高校一年時の文化祭まで遡る。

 クラスの催しとして決定したのは、ありがちな『メイド喫茶』だった。更にはこれまたありがちで、"メイド"へと変貌したのは女生徒ではなく、男子生徒だったのだ。『その方が面白い』と声を揃える女子のプレッシャーに、負けたのである。


 量販店に売っているペラペラな生地のメイド服に、安価なウイッグ。それでも女生徒による渾身のメイクによって、一部の数名を除き中々それらしく変貌を遂げた。

 満足げな女生徒達に、満更でもない男子生徒達。準備は順調のように思えたが、一つだけ誤算があった。俺の存在だ。

 中の中といった可もなく不可もない顔面は想像以上にメイク映えし、更には165センチという一般男性よりも低い身長と、運動を好まないが故の薄い体つきが、功を奏した。


 つまり、恐ろしく"似合って"しまったのだ。事情を知らない他校生から、連絡先をせがまれる程に。


 怒涛の文化祭後から、味を占めた一部の女子生徒達による、放課後の"変身会"が行われるようになった。

 衣装として持ち込まれた彼女達の私服は、レースとリボンがふんだんに散りばめられた所謂"スイート系"から、身体のラインを強調しつつもストイックな雰囲気を持つ"クール系"と多種多様。

 衣装を変えてはメイクを施され、集まったギャラリーの撮影に応じる。

 "そーいう趣向"を好む女子がいると入れ知恵をされてからは、戯れに適当な男子生徒に絡み、ギャラリーに黄色い声を上げさせた。当時から"親友"のポディションに居た俊哉は、一番の被害者でもある。


 当初は帰宅部員による健全な暇つぶしの一環として何となく引き受けていたが、回を重ねる毎に心境の変化が生まれた。『もっと可愛くありたい』と思うようになったのだ。

 自分では、一種の"プロ意識"のようなモノだと思っている。

 肌のコンデションを保つ為に化粧水や乳液で手入れをし、女性向けの雑誌を買ってコーディネートや流行りモノの知識を入れた。

 メイクだって、ただ塗りたくればいいというわけでは無い。ちゃんと"可愛く"なる為にと、道具を揃えてせっせと研究を重ねた。

 努力の結果は明白。『変身会』の参加人数は増え続け、卒業する頃にはファンクラブも出来ていた。

 そんな経緯から、"変身後"の自分は可愛いのだと、自惚れではなく胸を張れるのだ。


「あ、思い出した。ここ左だったよね?」


 届いた朗らかな声に、思考を切る。


「正解。よく覚えてたな」


 先程の呼び名の件然り、ニワトリ宜しく何度言っても忘れるうえに、方向音痴のコイツが覚えているなんて珍しい。

 おや、と見上げた俺に、俊哉は嬉しそうに前方を指差し、


「ほら、アレ! あの看板のトコだよね、お店」


 薄灰色の壁を背に、こじんまりと佇む一枚のパネル。

 丸みを帯びた書体で印字されている『めろでぃ☆』とは店名であり、その後ろにはティーセットを持つ真っ白なフリルを身につけたメイド――"オトコの娘"のイラストが媚びた瞳を向けている。

 そう。これが俺のバイト先であり、同士による憩いの場。


(さすがにこれだけわかりやすけりゃ、覚えるか)


 納得しつつ分岐点を左折し、人気のない小道を進む。

 次の分岐点を右へ。そこからほんの数メートルを行くと、外付けの階段が設えられた、二階建ての四角い建物がある。三角の脚付き黒板には、店名とオススメメニューが数点。階段を登った所に現れた扉が、目的地である『めろでぃ☆』だ。

 ノブにぶら下がる『おーぷん☆』と書かれた札を確認し、俺は"顔"を作って扉を開ける。


「おかえりなさいませ~って、ユウちゃん先輩だー」


 迎え入れてくれた黒髪ツインテールのメイドは、一度は愛想の良い笑顔で猫撫で声を上げたものの、俺の顔を見るなりあっさりと素のトーンに戻った。

 二つ年下の霧島時成きりしまときなり。"あいら"という名で勤務をしており、チェキの指名率は俺に次いで上位から二番目である。

 どういう訳か、バイト初日から「先輩のファンなんですー!」と俺を慕ってくれていた。飼い猫のように常について回る時成に初めは戸惑ったが、付き合いやすい気さくな性格は気持ちよく、ボンヤリしているようで実は頭が切れると気付いてからは、すっかり頼れる後輩だ。


「あれー? 今日はシフトないですよねー?」

「うん、コイツ連れて遊びに来ただけ」

「どうも、お邪魔します」


 不思議そうに首を傾けた時成が、俺の後ろで頬を掻く俊哉に気付き、あ、と小さく零す。


「なるほどー、彼氏さんとデートでしたかー。俊さんお久しぶりですー」

「だから、単なる幼なじみだって前に説明したろ……」


 以前、俊哉を連れてきた時にも時成がシフトに入っていた。

 今と同様に彼氏だと誤解され、その時に俺も俊哉も"ノンケ"だとしっかり説明したのだが、イマイチ納得出来ていないらしい。

 いや、『人生、何があるかわかりませんよ』というコイツの口癖から察するに、納得する気なんて更々ないのかもしれない。


「えー……俊さんカッコいいのにー、もったいないですー」

「勿体なくない。ほら、案内して!」


 仕事をしろ。時成の背中をペシリと叩くと、「ふぁーい」と間の抜けた返事。

 まったく、いくら知り合いだからって、気を抜きすぎだろ。俺は小さく嘆息して、先導する時成に俊哉と二人でついて行く。

 自然を装って見渡した店内にはチラホラと空席。それでも数ヶ月前と比べれば、客足は確実に伸びている。

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