インスタントコーヒーは難しい

「あっ」


 やってしまった。

 私はカップに入ったインスタントコーヒーの粉を恐る恐る覗く。

 カップ容量に対して明らかに多い黒い粉が見える。

 こうなると、どうしようもない。私は諦めて、大量の白い粉と砂糖を投入する。

 お湯を注いで、スプーンで混ぜる。

 ある程度冷めた後、覚悟を決めてぐっと飲み込む。


 まずい。まるで苦い炭を植物油と砂糖で丸めて無理矢理飲み込んでいるようだ。

 比喩にもなってない、そのままの感想だ。


「うえぇ」


 余りのまずさに嘔吐えずく。

 今日もうまく出来なかった。やっぱりこの方法で作るインスタントコーヒーは難しい。

 インスタントコーヒーの瓶から直接カップに入れる、という面倒なやり方だ。

 もちろん、スプーンを使って入れた方が何倍も楽でおいしく出来るのは知っている。

 この方法をやっているのは、私の意地だ。


「まーた失敗してるのか」


 ヤツが来た。ヤツは暖簾の奥から顔を出し、にやけながら飄々としたていで私の横に立つ。


「インスタントコーヒー作るのに失敗するヤツなんて、お前くらいだな」


 と、こいつは新しいカップを取り出し、開けっぱなしだったインスタントコーヒーの瓶を持ち、傾ける。

 インスタントコーヒーの粉がさらさらとカップに落ちる。

 鼻歌と共に瓶を上げ、カップ内は適量の粉が残る。

 そして、給湯ポットのボタンが押され、カップにお湯が注がれる。

 目分量、適当、スプーンで回しもしない、インスタントコーヒーのブラック。

 おいしいわけがないのだ。


「ほれ」


 そんなブラックコーヒーが私に渡される。

 ずず、と私は一口啜る。

 おいしいわけがないのに、おいしいのだ。

 風味ある苦みとスッキリとした後味、高級喫茶店で出されるそれと何ら変わりない味が、インスタントコーヒーから出ている。

 これが、私が意地になる理由だ。こいつにできて、私に出来ないのが悔しい。


「やっぱむかつくおいしさだわ」

「いれて貰ってそれはないだろ」

「あんたの能力って『インスタントコーヒーが旨くいれられる』よ、きっと」

「残念、インスタントラーメンも得意だぜ」

「じゃあ能力名は『即席料理』ね」

「うわ、酷くね?」


 苦笑しつつ、ヤツは私の目の前にある失敗作を奪い取り、そのまま飲んだ。


「うげぇ、想像を絶するまずさ。インスタントコーヒーに謝ろうな」

「うるさい、ほら、口直し」


 私はそのまま、おいしい方のコーヒーを渡す。


「あー、やっぱ俺、天才だわ。うめぇ」


 こいつの作り方だとインスタントコーヒーは難しい。

 だけど、インスタントラーメンならば、私にも真似できるのでは。

 私は好奇心を抑えられず、非常に不本意ではあるが、こいつにお願いをした。


「……今度インスタントラーメン作って」

「しょうゆ、みそ、とんこつ、しお?」

「みそ」

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