一 「檸檬」
一
空が青い。遠くから蝉の声がする。レモンのつぼみが膨らんできている。それから、それから……
白い診察室から眺める風景は、いつも変わらないようで、いつも違う。空はすこしずつ赤くなっていくし、蝉も静かになっていく。レモンの花だって、もうすぐしたらきれいな花を咲かせて、それからしぼんで、実をつけることだろう。
けれどあたしは、
「ねぇ、先生」
「なんだい」
先生は眼鏡の奥でにこやかに返す。こういうのを「微笑み」というのだと、最近知った。
「あたし、あとどれくらいここにいなきゃいけないんですか?」
先生は、困ったような顔をする。
「病気が治ったら、ここから出られますか?」
「檸檬」
耳朶に直接響く声。あたしの知っているどの声よりも低い。それが今、あたしの名前を呼んだ。
「君は、もしかして叱られたいのかな?」
「やっぱり、先生には、わかっちゃうね。この間看護師さんにやったら、どう答えようかすごく迷ってたのに」
真剣にしていた顔を、笑顔で崩して言う。
「遊んで、ごめんなさーい」
「反省しているように見えないんだけれど」
先生も笑いながら答える。
「お遊戯の時間は終わったかな? じゃあ、診察も終わったことだし、採血するよ」
「はーい」
あたしは子どもらしく、手を挙げてみせたりする。
「あ、それから、あんまり看護師さんで遊ばないように」
「はいはーい」
「返事は一回、だろう」
笑いながら先生は、くしゃくしゃとあたしの頭をなでてくれる。そしてまた笑いあって……
これが、あたしの日常。
わかりきった終わりを、笑うことのできる、あたしと先生の日常。
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