超ヒトネコ伝説オマエ・モナー

ヤクバハイル

第1話 メリーハート草原にて


 {アイオーナ&ショボ・パート}

 フォルトレー地方に君臨する絶対王モナキーンにより遣わされた使者アイオーナと聖騎士ショボは、バサトリア大陸の北方の地、メリーハート草原にいた。

一日の旅を終えた彼らは白いチョークで地面に鷹よけと妖怪よけの印を描き、キャンプをはじめた。

 「なあ、ショボ」

「なんだ」

「私たちは今、どこのサーバーの中にいるんだ?」

焚き火をはさんでアイオーナとショボは向かい合い、暖をとる。

 ショボが顔を上げると、白銀色の髪を肩まで靡かせた青年アイオーナの端整な顔立ちが視界に入った。アイオーナの後ろには黒子ひとつない純白に輝きすら帯びている見事な一角獣がいる。名をワイシャウトという。一角獣もショボが出す答えが気になるのか、首を伸ばして黒い瞳を輝かせている。ショボは生えかけた赤いヒゲをさすりながら考え、結論を導き出す。

 「さて……、東京大手町の地下に頂上の城のサーバーがあるから、そこから北とすると……、秋葉原の地下あたりか」

「えっ、三日も旅してまだそこなの?」

「当たり前だ。サーバー内の仮想世界なんだから。ゲームによっては静岡とかロンドンの地下のサーバー内だけで終わってしまうモノが多いぞ」

赤銅色の肩当てを身につけた騎士ショボが腕を振るたび、背中に背負った大石弓が揺れる。

「てっきり函館まで来ているかと思ったのに」

「あのなあ……。函館の地下サーバーにあるホマツ国まではまだ二週間もかかるぞ、俺たちは……」

「あ、火が細くなってきた。焚き木はもうないの?」

「急に話題を変えるなよ。木は拾って無いし、作る気力も失せた。システム内の“陛下”が『もう寝なさい』って言っているようなもんだ」

「つまんないよ。君ともっとしゃべりたいのに~」

「おまえ、女言葉に戻っているぞ。もういいからダミーに切り替えてログアウトしよう」

 焚かれていた炎はかき消え、明かりは遂になくなった。代わりに月の光が差し込み、アイオーナの銀色の鎧が光り輝く。

 「……」

「さて、ダミーに切り替えるとしますか」

「ちょ、ちょっと待って」

左耳の後ろ側にある切り替えスイッチに触れようとするショボを制止し、銀髪の半エルフは狐のような長い耳に精神を集中させた。

「今、何か聞こえなかった?」

「そういえば」

人間族のキャラクター設定を持つショボにも何かの音を聞き取ることができた。その音は聞き覚えのあるバリトンへと変化する。

 「アイオーナ殿!」

 男の叫ぶ声でアイオーナとショボは同時に気がついた。

「この声はテミドール様?」

「まさか!」

二人は同時に立ち上がり、声のした方へ振り返った。

 闇の中の彼方。月の光が届かない丘陵に麦粒大の明かりが見える。

 「あの明かりはなんだ?」

「いや、あれが声の主だ」

夜目のきくアイオーナは炎が馬に乗った人の形をしていることを確認。

 紅色の明かりはゆらゆらと瞬き、こちらへゆっくりと近づく。

 彼らは脱兎のごとくそれぞれの武器を持って、アイオーナはワイシャウトに、ショボは妖怪よけの印の近くにたたずんでいた褐色の大柄な馬に乗り炎に向けて丘を駆け上がり、どこかの遺跡か欠けた石の段を飛び越えて石垣の上に出た。美しい半エルフと無骨な騎士の全身が月の光に照らされる。

 彼らは石垣の上から見下ろし、声の主を探す。

 「はっ、どうしたシオドーン」

 シオドーンと呼ばれたショボの乗る馬は、元の主人の気配を感じて頭を垂れ、左右に首を振った。

 「不知火の妖怪か?」

「いや、シオドーンは……。これは絶対王に近付いた時のモーションだ」

「どうする。弓を引くなら今だぞ」

そう言ってアイオーナはレイピアを構えた。ショボも彼に続いて弓を構えようとして……背中にしまいこむ。

「いや、あれは味方だ。ここはシオドーンを信じよう」

 くぐもった土を蹴る音と共に炎は草原を駆けてくる。

 紅の明かりはまっすぐにアイオーナたちのいる丘に向かってきた。それは炎の塊だった。普通の炎と違うのは馬に乗った騎士を形作っていたことだ。

「燃える人馬だと」

 その現象が味方の妖術によるものであると看破したショボは馬をゆっくり前進させた。

「噂師から聞いたことがあるぞ。炎の騎兵の事を……」

 炎の騎兵は一本の大樹の下に向かう。彼は葉のない大樹の枝を燃やすことなく木の下を進み、アイオーナたちの視線の先で止まった。

「思ったより暑くない……」

「あの炎は俺たちに遭った時点で効果が無くなると噂師が言っていたな」

 炎の騎兵は背筋を伸ばし、鉄兜の中からの視線を二人に向けた。

 「アイオーナ殿とお供の騎士とお見受けする」

「いかにも」

 「おいおい、俺の名はショボだ」

「それは覚えない。じきに私の肉体は滅びるからだ」

そう言いつつ彼は鉄兜を取る。鼻筋が高い壮年の男の顔。

「おおっ!」

「テミドール様と同じ顔のゾンビだ!」

 果たして騎兵の顔は絶対王に仕える近衛、テミドールと同じものであった。テミドールは、死体の肉を“妖術による修正”を施して自身と同じ顔と肉体を持つ“不死身の騎兵”造りに長けていたからだ。そして、この幻影の炎を作ったのは絶対王であることも知っていた。

 「我が主より一言、『急げ』と」

 彼らの目の前で伝達を終えた騎兵が纏っていた炎はかき消え、その身体を崩しケシズミになった馬の首が垂直にぼたりと落ちた。

「きゃっ!」

突然の展開にアイオーナは悲鳴をあげた。

 「気を付けられよ。アイオーナ殿とお供の騎士よ」

 使者の肩から下が崩壊し始め、ショボの目線の上にあった頭部は急に目線の下に落ちていく。

 「追手は近い。さらば」

 アイオーナが震えながら頷くと、役目を終えた騎兵は妖術が解けて、ただの黒コゲの死体となって木の根元へ転がり落ちた。

「な、なんだったんだ?」

「ゾンビが役目を終えたのだ。弔ってやろう」

そう言ってショボが馬から飛び降り、肩から消滅し続けるゾンビに近付く。

「ま、待って、ショボ」

 アイオーナは馬から降りずに耳を澄ました。草原に馬と人の亡骸が転がっていく音の向こうで、馬の蹄の駆ける音が聞こえる。

 「追手だよ。それも十六騎」

敵の総数を当てる半エルフの能力はありがたいが、ショボはそれでこの騎兵の来た意味を理解した。彼は踵を返して馬に乗り大石弓を構える。

「クソッ! そうか……、こいつが追手を誘導したのか」

「たぶん、これは絶対王の“計算”だろうね」

アイオーナは半エルフの特殊能力“夜目”で明かりの届かない北一キロ先を目視する。

「ああ、一○○万の反乱軍のうち数騎でも多くの“離脱組”を作って戦力を削りたいんだろ。やつらの装備はわかるか?」

「うん。皆一様に銅板を胸に当てただけの“鎧”を装備してる。赤毛の一頭を除いてみんな安い茶色の馬に乗っているね」

「やつらの獲物は?」

「赤毛に乗っている奴がロングソードで弓兵が二人、他は銅の剣と銅の盾」

「そんな貧弱か」

ショボはがっくりと肩を落とした。もう少し戦いでのある敵が欲しいと。

半エルフは首を振って愚痴る。

「ネコ王様もおヒトが悪い」

 「たかが十六騎だ。先に出るぞ」

 ショボの乗った馬は音も無く前進し、“隠し身”の妖術を発動して闇の中に消えた。

彼らの脳裏には“追手から逃げる”という選択肢はなかった。アイオーナも右手でもレイピアを構え、左手で妖気を集中させ迎撃の準備を整える。息をゆっくりと吸い、腹に気を溜める。

「ワイシャウト、いつものをやるぞ」

一角獣はそろりと後退し始める。

 冷たい風が吹いたが、戦いの前の熱気が彼の身体を駆け巡り寒くはなかった。彼らは追手が射程内に入って来るのを待つ。


 十六騎の追手は草原の向こうに、月の光の下で目立つ銀色に輝くアイオーナの鎧を見つけ嘲笑しながらスピードを落とし近付こうとした。

「へっへっへ、殺すには惜しいエルフだ」

「あいつ、怯えて――」

次の瞬間、追手の一人の胸に矢が突き刺さっていた。

「なに? ガッ!」

一騎、また一騎と胸や頭部に矢が命中し、馬から脱落してゆく。

「み、皆さん後退してください!」

追手側の隊長であろう赤毛の馬に乗った男が指示を出す。

「弓兵さんたち、迎撃して」

弓兵二人は素早く馬から降りて草原に隠れ、敵が隠れているであろう方向に向けて、矢を放つ。

「おいらは先にあのエルフを倒しにいくです。弓兵さんたちは敵の弓兵をお願いします」

「承知!」


追手の集団に変化がみられた。赤毛の馬に乗った男がアイオーナへ向けて走り始めたのだ。ショボは二発ほどその敵に向けて矢を放つが、赤毛のスピードは想像以上に速く捕捉することができない。

 「あれはアイオーナに任せよう」

諦めた彼は別の敵に向けて弓をひく。

「!」

反射的に彼は身をかがめた。つんざく唸りが彼の頭上を通り越す。

「発見されたか」

右に身体を転がしたのち、こちらも反撃する。意識するまでもなく矢の来た方向に向けて弓をひき放つ。

「ぎゃ」

手ごたえあった。あと一人。アイオーナはこちらに向かってくる隊長に向けて妖術の呪文を唱えた。

 「劫火の神よ、敵を焼き尽くす火炎の力をこの手のひらに与えたまえ!」

 「ひっ! こいつ妖術が――」

隊長が気がついた時には既に遅く、エルフの左手には炎の塊があった。

 「ファイヤー・ショット!」

視界が赤く染まる。

 「ヒロさんがやられた!」

 追手の一人が草原の向こうの炎を見て悲鳴をあげた。エルフが一角獣に乗ってこちらに走ってくる。走りながら呪文の詠唱があたりに木霊する。

「劫火の神よ、渦を巻いて敵を焼き尽くす最大の火炎の力をこの角の先に与えたまえ!」

追手たちは呪文の内容を知って髭面の顔が強張っていたようだが、アイオーナに躊躇はない。

 「ファイヤー・ストリーム」

 途端に一角獣の角の先端が黄金色に輝いたかと思うと怒号と共に強烈な火炎の渦が出現し……

 「アタック!」

 その掛け声と炎の渦は巨大化して追手に向けて発射された!

 「かっ、火球だっ! 逃げろー」

 追手が馬ごと引き返そうとも追手の乗る馬ごと炎は彼らにたどり着いて広がる。

 「んぎゃぁあああっ!」

 追手たちはこの世を焼き尽くすほどの劫火に包まれる。

 「だっ、だあずけっ」

 アイオーナは命乞いをする追手を許さずに、そのまま呪文の詠唱を続ける。

「劫火の神よ、劫火の神よ……」

「そのへんにしておけ、オーバーキルだ」

 横からのショボの声を聞いて我に返ったアイオーナは妖術を解いた。

 もはや悲鳴はなかった。草原の上に転がるのは人と馬の亡骸だけだ。人であった物体は次々と消えていく。ここの仮想世界のキャラクターは、蘇生呪文を受けないまま完全に死亡すると強制的にログアウトさせられ、まる一日経つまでゲームに戻ることが出来ないのだ。キャラクターの死体は最寄りの教会に自動転送されるが、復活させても所持金の半分が消え、さらにレベルダウンと複数のキャラクターを使い分けられるプレイヤーでもない限り、“今までプレイしてきたクエスト(冒険)に二度と戻れない”いうペナルティが待っていることだろう。

 残った馬の亡骸は一部がちろちろと燃えていたが、それも数秒後に死体ごと消滅する。

「おーい、もういいぞ」

 ショボは大石弓を背負ってからシオドーンを呼んだ。闇の中から、消えゆく弓兵の死体を乗り越え彼の馬が現れ近付く。

「おい?」

馬に乗ったショボはアイオーナが再び耳を澄ましているのを見て驚く。まさか……。

 「追手は彼らだけじゃなさそうだ。今度は五キロ先に重騎兵が三○もいる」

「そうか、ここは“隠し身”でひとまず逃げよう。あの山を越えたらログアウトするということで」

「……」

数秒の間が空く。まだ何かあるというのか?

「アイオーナ?」

「いえ、アイオーナのプレイヤーは既にログアウトしました。私はダミーです」

先程までアイオーナの魂があった半エルフの身体に生気が見られず、瞳のない笑顔がショボの眼前にある。

「あんにゃろめ。俺一人に山を越えるガイドをさせるつもりだな」

「よくわかりませんが、プレイヤーから言伝があります」

「再生しろ」

彼の口からへそを曲げたショボに対し言伝が再生された。中年の女性の声で。

『ごめんね。明日、朝早いから“彼”の面倒おねがい』

「そうかよ。ともかくここは逃げるぞ。ダミー、しっかり付いて来い」

 二人はそれぞれの手綱を取る。一角獣と馬は嘶いてから走り出す。月の光の届かない闇の中へと。

   ×   ×   ×

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 “フォルトレー戦役”リスタート

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