第40話 救世主は三人の姐御

 そうだった。すっかり忘れていた。

 椿さんは竜王学園薙刀部のエースだったんだ。昨年暮れに膝の故障で引退を余儀なくされ今は帰宅部なのだが、棒状の物を持たせたなら滅法強いと聞いたことがある。


 その椿さんが素っ裸の男三人に向け、競技用の薙刀を突き付けている図になる。


 藍はバスローブを羽織って入り口付近に座り込んでいたし、他の女子高生三人はそれぞれ毛布にくるまって隅の方で固まっていた。その前で木刀を掴んで仁王立ちしているのが彩花様だった。玲香姉さんはというと、スパーリング用の赤いグローブを両手にはめ、せっせとシャドウボクシングに励んでいた。


 ええっと。椿さんが薙刀部の元エースなのは知ってるけど。彩花様ってもしかして剣道の有段者とか? そして玲香姉さんって、ボクサーなの?


 全然知らなかった。女性といえど、基本的に帰宅部の俺が敵う相手じゃない。その女傑三名と素っ裸の男三名と一人だけジーンズをはいている大型のビデオカメラを担いだ男との死闘が始まるのか。


「私はあなたたちを許しません。私の大切な弟君をこんな目に合わせ、そして弟君の(仮)の彼女をレイプしようとした。骨が残るなんて思わない事ね」


 何だか椿さんが物凄く怒っている。骨の二~三本は覚悟しろじゃなくて、骨が残らないとかどういうお仕置きなんだろうか。


「チ〇ポ引きちぎってキ〇タマ握り潰してやる。二度と女に悪さができないようになあ」


 華麗なジャブから電光石火のワンツーを決める玲香姉さんがにやりと笑う。


「逃げようなんて思わない事ね。タマを潰す程度じゃすませないわよ」


 木刀を二度素振りしてから正眼に構える彩花様だ。彼女の本気はあの木刀でタマを叩き潰す事らしい。触らぬ神に祟りなしと言ったところだろうか。


「彩花。何を怒ってるんだ? 俺たちはセックスを楽しんでいただけだぞ。ちょっと不純かもしれんが、こんな風に殴り込みをかけられる覚えはない」


 清十郎が彩花様に言い訳をしているが彩花様は聞く耳を持たない。


「柊さん。僕たちは本当にセックスを楽しみたかっただけなんだ。こんな仕打ちをうけるいわれはないよ」


 霧口氷河も一生懸命言い訳をしていた。


「そんな言い訳を聞く気はない。エクスタシー系の違法薬物を使ったキメセクの常習者。催眠剤や催淫剤を使用したレイプ常習者。その行為を録画して裏で売りさばいている違法AV販売者。レイプ被害者を脅迫して何度も強姦しているロクデナシで、被害者が既に三人も自殺している……何か言い訳がある?」

「いい加減な事を言うな。全部デタラメだ」

「あらら、素っ裸のリーダーは強気だな。貴様の父は確か……検察庁勤め。辰巳の父と仲良しで……借金を大分肩代わりしてもらってるという噂」

「親父の事なんか知らない」

「そうか? 貴様の悪さを何度も揉み消してもらってる。感謝しなきゃばちが当たるぞ」

「何でお前がそんな事を知ってるんだ!」

「くくく」

「何がおかしい」


 素っ裸の霧口氷河と木刀を携えた彩花様の言い合い。しかし、落ち着いている彩花様と焦っている霧口氷河とではその貫禄には雲泥の差がある。


「ああ。そうそう。私のファンクラブには地元の警察関係者も何人かいるんだよ。当然、霧口氷河とウルトラフリーの事も耳に入っている。捜査が進められない事を悔しがっていたのでね。私が一肌脱いだって事。これは現行犯だなあ」

「だったら証拠を出せ! 俺たちはお互い合意の上でセックスしてるんだ」

「嘘つき」


 霧口氷河の言い訳に冷たい一言を放つ彩花様だった。そしてスマホを取り出しとある映像を再生した。もちろん音声も入っている。


『へへへ。このデカいおっぱいはたまんねえな。へへへ』

『嫌、嫌よ。止めてえ!』

『黙れ。このメスガキ』

『嫌あああああ!』


 これはさっき藍が襲われた時のものだ。監視カメラの映像だと思う。画像は荒く映っている人物は小さいのだろうが、まさに藍がレイプされそうになっているのがよくわかる。


「これは未遂だけどねえ。嫌がってる女子を三人がかりで押さえつけて生乳をしゃぶりまくってるんだから……強制わいせつ罪で確実に有罪だなあ」

「それは演技だ。そうだろ?」


 嘆願するような表情で藍を見つめる霧口氷河だが、藍はブルブルと顔を横に振った。


「違うって」


 パトカーが何台も駆けつけてくる音が響いていた。


「お迎えが来たようだぞ。この機会に貴様らの悪事は洗いざらい吐き出した方がいいだろうな」

「うるさい。親父に頼んで揉み消してもらう。自由になったら必ずお前をヤッてやる」

「できるの?」


 怪しく笑う彩花様だった。


「面倒なので一つだけいい事を教えてやろう。そこの隅っこに座っている江向吹雪のおじいちゃんは有名な人でな。政治家なんだが……名前くらい聞いたことがあるだろう。民自党の大物、江向蒼輝えむかいそうき先生だ。実はな……柊彩花ファンクラブの顧問をお願いしている。もちろん、HP上には本名ではなくてペンネームで登録されてるわけだが」


 その話……本当ですか?

 いやいや、そんな人が柊彩花ファンクラブの顧問なら、そもそも最初から問題なんて無かったんじゃないの? 


「もちろん、江向のじいちゃんだけじゃなくて……県警本部の偉い人とか県議会の偉い人もファンクラブの会員だ」


 さすがに現状を悟ったのか、青ざめた霧口氷河が両膝をついてうなだれた。


「女性に対する悪質な犯罪行為を見逃すなんて、江向のじいちゃんにはできなかったんだよ。何せ筋金入りのフェミニストだから。お前の親父も左遷されるだろうな。もちろん、監視カメラの映像は辰巳家当主の許可を得て入手している。辰巳兄弟は勘当されるかもなあ。こんな事がバレたら、企業イメージに与えるダメージは相当酷いだろうからな」


 霧口氷河だけでなく、金谷太も清十郎と藤次郎もその場に座り込んでしまう。悪事がバレた瞬間に青ざめて震えているのは滑稽だった。


 大学生のイベントサークルであるウルトラフリーの関係者と辰巳兄弟は全員警察官に連行された。これらの情報提供をして捜査に協力したのが彩花様だというオチだった。



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