第9話 二人だけの夜

 あの後、俺と玲香姉さんは自宅へと戻ったのだが、俺のスマホがピーピーとうるさい。通知が鳴り止まない。


「緋色、ちょっとうるさいから電源切るか通知をオフにするかしろよ」

「何でこうなってんのか分からないんだけど」

「だからさ。さっきの投稿がバズってるんだよ」

「バズってるって何?」

「英語のbuzzが語源らしいけどね。蜂なんかがブンブン飛び回ってうるさい様を表す言葉らしいんだけど、ネット上で話題になったりして注目度が急上昇した時なんかに使うんだよ。バズるとかバズったとかバズってるとか」

「そうなの?」

「そう。〝いいね!〟とか返信がたくさん来てるんだろ。それと、ガンガンRTされてるはずだ。スマホ見てみな」

「わかった」


 二人でリビングに行く。そして、ソファーに座りポケットからスマホを取り出した。


 電源ボタンを押すと、緑色の小鳥のマークとユーザー名がズラリと並んでいるではないか。玲香姉さんはそれを見てクスクスと笑っていた。この緑色の小鳥がツブヤイターのシンボルマークになっている。


「やっぱりそうだよ。ほら、Tubyiterツブヤイターのアプリを開いて」

「うん」



 俺は緑色の小鳥のアイコンをタップする。程なくツブヤイターアプリが立ち上がったのだが、下側にあるベルのマークが真っ赤になっていた。


「おおお。通知が貯まると黄色、貯まり過ぎると赤になるんだ。普通は緑な。私みたいな一般人は赤どころか黄色にもならない。流石は緋色、私自慢の弟だ」


 俺は静かに頷く。その間もピーピーと通知の音と、スマホ画面の上側に緑の小鳥とユーザー名が次々と出てくる。


「先ずはそこ。左上の自分のアイコンをタップする。メニューが出てくるから、次はそこの〝設定とプライバシー〟をタップ。次は下にある〝通知〟をタップ。〝プッシュ通知〟をタップして、そう、そこの右上にある緑色の丸いやつをタップすると、色が消える。これでプッシュ通知がオフになった。次は左向きの矢印をタップして、〝メール通知〟をタップ。さっきと同じように右上の丸いやつをタップして色を消したらOK。これでメール通知もオフになった。これで直接DMを送って来てもメールは届かない。メールの方を見てみな」

「うん」


 俺はツブヤイターアプリを閉じてからメールを開いた。

 数十の新着メールが届いており、そのほとんどがツブヤイターのDM通知だった。


「ははは! こっちもすごいや。ま、読む必要は無いから全部削除しなよ」

「わかった」


 俺はツブヤイターからのメールを全選択してから一度に削除した。赤い表示が消えてスッキリした感がある。


「ツブヤイターの方は無視していいぞ。中身は恐らく、称賛と羨望と罵倒だ」

「え? 罵倒だけかと思ってた」

「知らないのか? 彩花ファンはな、彼女から罵倒されたり変態扱いされると大喜びするんだ。緋色はさっき、『この変態野郎!』って罵られた。これは多分、彩花ファンが狂喜乱舞してるぞ」

「そうなの?」

「そうだ。ま、分析は彩花がやるだろうから緋色は見なくてもいい。何かつぶやいて欲しい時は、彩花から直に連絡が来る」

「直に? 電話かけてくるの? 電話番号は教えてないはずなんだけど」

「心配するな。緋色の番号はとっくに伝えてある」


 そういう事らしい。つまり、俺に無断で俺の番号を漏らした玲香姉さんであった。


「どれどれ? あー、今夜は父母両方が残業で帰るのが遅れるらしいぞ。夕飯は冷食で済ませてくれと」

「そうなの?」

「そう。これを見なよ」


 玲香姉さんが、食卓テーブルの上に置いてあったメモ書きを見せてくれた。我が家としてはいつも通りなんだが、玲香姉さんが来てからは母さんと姉さんの手作り料理ばかりだった。玲香姉さんは冷蔵庫を物色している。


「あのさー。今日は手抜きしても良いかな? お風呂もさっさと済ませて、彩花から借りたBDブルーレイディスクを見ようよ」

「わかったよ」


 俺は直ぐに風呂に行き、掃除を始めた。姉さんが夕食の準備に取り掛かった。今夜は買い置きの冷凍食品だから、調理に時間はかからないようだ。俺が風呂から戻った時には既に出来上がっていた。


「今日はエビピラフとハンバーグのセットだよ。さあ食べよう!」


 目の前には大盛りのエビピラフと、ハンバーグと野菜の盛り合わせ、そしてインスタントのスープが用意してあった。いつもより手がかかっていないのはわかるが、これはこれで美味しそうだ。


「あーそうそう。ピラフには白ご飯を混ぜてるからさ、味が薄いなって思ったらコレ使って」


 そんな事を言いながら、玲香姉さんはしそ入りワカメの袋を差し出した。確かに塩味が薄い気はするが、俺は薄味が好みなのでちょうどいい。しかし、しそ入りワカメも大好きなので、ピラフの上にパラパラと振りかけてみる。


「緋色? 美味しい?」

「はい。美味しいです。何て言うか、姉さんの手が入ってるだけで、冷凍食品もこんなに美味しくなるんだなって思いました」

「ふふふ。男を捕まえるにはまず胃袋からっていうし」


 それは聞いたことがないけど……でも、姉さんも嬉しそうでよかった。


「片付けは私がやるから、緋色は風呂に入りなよ」

「いいの?」

「いいからいいから。さっさと済ませちゃって」


 俺は玲香姉さんに甘えることにした。まるでからす行水ぎょうずいかって位に急いで入浴を済ませる。パジャマを着たところで姉さんが脱衣場に入ってきた。


「あ。もう上がっちゃったんだ。背中流してあげようかと思ってたんだけど」

「ごめんなさい」

「まあいっか。緋色、もう一回入る? お姉ちゃんと一緒に」


 願っても無い申し出?

 違う! そうじゃない!


「ごめん!」


 それだけ言うと、俺は風呂場から逃げるようにリビングへと戻った。

 後悔はしていない……はず。


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