ゆめにっき

比良坂月子

夏と懺悔と世界滅亡

 転た寝をしていたら、夢を見た。

 どうやら、その日は世界滅亡の日らしかった。


 わたしの目の前には、透き通った薄紫の目の黒猫が正座をしている。猫だというのに、猫背という言葉にそぐわないぴんとのびた背筋。初夏に揺れる藤の花のように美しい瞳は、すこしの余所見よそみも許さないとばかりにじっとわたしを射抜いている。

 彼とわたしは、このしずかな、縁側のある和室で対談しているようだった。さわさわと頬を撫でる風が涼しい。外には緑豊かな庭園が拡がっている。今は夏、なのだろうか。きっと夏なのだろう。世界滅亡の日は、だって、夏にこそ相応しいのだから。

 わたしたちはお互いの身の上話をし、好きなものや嫌いなものを語りあい、そうして最後にどうしても自分を許せなかったことを告白しあった。

 それは、そのとき許せなかった自分を最後に誰かに許してもらおうという、どうにも可憐かれんでセンチメンタルな行為だった。


「ぼくは飼い主の女の子が泣いているとき、どうすればいいかわからなくてちっとも慰められなかった。呼ばれても照れくさくて鳴けなかった。それにあの子はそばで死んで欲しいというのに、ぼくはあの子に死ぬところを見られたくなくて逃げたのです。許してください」

「許しましょう」


 わたしは彼を勝手に許してしまった。

 けれども、彼の飼い主の女の子だって、きっとわたしとおなじことをしただろう。

 彼は、わたしの瞳の奥に飼い主の女の子を見ているかのようにわたしの言葉を聴いていた。もしかすると、その子の瞳もわたしとおなじ夜色だったのかもしれない。

 彼の目がふるふると震える。しかしすんでのところで泣くのをこらえるようにして、黒猫はひとつ、ほう、と息を吐いた。


「あなたの懺悔ざんげをききましょう。ぼくがそれを許します」


 あと数分で世界は終わる。

 そのまえに許してもらわなければならないことが、わたしにもあった。

 だから今度はわたしが、彼の薄紫の目をわたしの夜色の目でつらぬく。どうか逸らさないでいてくれ、わたしはその瞳に謝らねばならないのだ。そう祈りながら。


「わたしは――わたしは友人を殺してしまいました。わたしの一等大切な友人を。きみとおなじ薄紫の花のような、柔らかな瞳をした友人でした。友人は、友人はわたしを恨みはしないでしょう。だからわたしは、わたしを許せないのです。許してほしいのかもわからない。わたしは臆病で、卑怯だ。世界最後の日に、きみに許してもらおうとしている。こんな友人殺しのわたしを、きみは許そうというのですか」

「許しましょう」


 薄紫の目の黒猫は、はっきりとそう言った。

 わたしと彼と、どっちからともなくはらはらと涙を流した。わたしたちはそのまま、世界滅亡まであと数分のその間、背筋をのばして正座をしたままだった。

 涙は花びらが散るようにこぼれ落ちる。


 許されたわたしたちは、そうして夏の日に滅亡した。

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