つきかげミーティング
naka-motoo
つきかげ・キックオフ・ミーティング
『今宵23:00 第一回
月光を
日本語ってすごいなって思う。
一週間の仕事でへとへとになった金曜の朝、SNSにその案内が流れてきた。
アカウントの名前は、『月影浴』ってなってる。げつえいよく? つきかげよく?
まあどっちでもいいや。
普段なら怪しさ満載のこんなつぶやきに反応するはずのないドライなわたしだけれども、余程疲れてたんだね。
「行こうかな・・・」
と思い始めて一週間最後の仕事をスタートさせて。
お昼が近づくとそれが
「行ってみたいな」
に変わり、夕方になると、
「行こう!」
ってなってた。
けれどもこういう時には得てしてそのいじらしい決意を妨げようとする要素が撃ち込まれてくるのがリーマン女子の常。
「カラタチさん、俺月曜休むんだけど」
どうせなら命令してくれよ! というのが本音だけれども、先回った対応が処世術だと骨の髄まで染みついている勤め人のわたしはちょっとだけ上司のガントさんにこう答えた。
「じゃあ、トッポイ屋さんのデリバー、わたしがやっておきましょうか?」
「お。ありがとうね」
届けるためには成果物がないと話にならない。果たして買っていただけるかわからないデザインをPCで描き始めた。
ああ。
夜が更けて行っちゃう。
まるで単なるアパートの住人のようにビルテナントとして押し込まれているわたしの会社のデスク脇の窓から夜の空を斜め見上げると、三日月だった。
「行かねば!」
もはや義務感すらあった。
ううん、使命、かな。
「えいやっ、たっ!」
PCの保存はすべからくエンターキーで締めることにしている。だってそっちの方がカッコいい。
大慌てで事務所の戸締りを指差し確認し終えると、エレベーターじゃなく階段でダッシュ。守衛さんに、
「よい週末を!」
って声をかけると、
「終末?」
っていつもながらのベタな三文ジョークを返された。ははっ、と愛想笑いして小走りでスマホを再確認する。
「五七ブックマート屋上?」
・・・・・・・・・・・
この街では老舗の大きな本屋さんだ。個人経営なのにビルを構えて特に人文系専門書の豊富さで伏し目がちの女子学生がやたらと多い、っていう印象を持ってる。
今日びビルの屋上なんか管理上関係者以外上れないんじゃないかって思ってたけど、案内文の通りにビル脇の、ドアの無い小さな入り口を通るとすぐに階段だった。と、と、と、と登り続けると、青い塗料から錆びが浮かび上がったスチールドアに行き当たった。
「開くかな?」
と思ってノブを回して押すと、余りの軽さに向こう側に倒れこみそうになった。
「わあ・・・」
海だった。紛れなく。
コンクリートのマス目にセメントの目地が盛り上がった屋上の床は所々陥没していてその曲線に三日月の淡い光が柔らかな影を作っていた。
初動が下を見る動作だったので、その折り返しで顔を上げた時の嬉しさは格別だった。
「こんばんは」
三日月の光をバックに、髪の長い女の人が立っていた。夏らしく白のワンピース。いや・・・夏だからどうだからってことじゃない。夏でもこんな服装をする人は余程の自信家か、少し物事に頓着しない人か・・・ズバッと言えば天然さんか。
だって、ブルーのリボンがついた、白のソフトハットまでかぶってるんだもん。
「今日はお二方ですね」
にっこり笑う女の人の言葉に視線を移すと、小さな折りたたみの丸テーブルが開かれ、やっぱり折りたたみのシートが高い椅子にもう1人、女の子が座っている。
「あの・・・」
わたしがそう言うと女の人が遮った。
「自己紹介はよろしいんですよ。一期一会の会ですから。あ、でも、仮の呼び名は決めましょうか。その方が都合がよろしいですわね」
そう言って女の人は女の子に手のひらを指し示して促す。
「アルチュウ、です・・・」
え!? アル中!?
「あ・・・いえその・・・『ある中学生』、って意味です・・・」
なるほど。でもなあ・・・
そう思ってると女の人は提案した。
「わ、かわいい! でも『アルチュ』ちゃんの方がもっと響きがかわいくないかしら?」
「あ・・・じゃあ、『アルチュ』で・・・」
アルチュちゃんか。いいかも。
「では、どうぞ」
わたしが指名された。
えーと・・・
「エルリーで・・・」
「あら、かわいいですね。でも、意味は?」
「はは。
「いいですね、いいですね。深いですね」
そうかな?
「それでは、わたしは・・・ツキカゲ、です」
まあそうだろうな。でも、いい名前。
「それではこれで全員ですね。記念すべき第一回『
ぱちぱちぱち、と手を打ちながら、ツキカゲさんは次の動作に入っていた。
小ぶりの手提げ式ドリンク・クーラーをテーブルに乗せる。
「では、何がよろしいかしら? アイスコーヒー? アイスティー? ジンジャーエールにレモネード・・・フレッシュジュースもソーダ割りになさりたければいくらでも」
わたしとツキカゲさんはアイスコーヒー、アイチュちゃんはレモンスカッシュ。
「では、出会いを祝して、cheers!」
「cheers!」
・・・・・・・・・
「ツキカゲさん、このミーティングの趣旨は?」
「それをこれから話し合いましょう。あ、でも、二回目以降はお二方とも来られたらの話ですから、今日だけの趣旨を決めましょう」
「あ、なるほど。うーん・・・じゃあ、若者ファーストでアルチュちゃんは?」
「は、はい・・・そうですね。自殺、とか」
うわ。
そっか・・・そりゃそうだよね。こんなのいわゆる自殺願望のアカウントみたいに取られてもしょうがないよね。なんかなあ・・・
「いいですね! それにしましょう!」
「え? いいんですか!?」
「あら。エルリーさん、他のがよろしかったですか?」
屈託がないな。ツキカゲさん、やっぱり天然?
「あの・・・わたし、昨日夕立の後、河の大橋に行ったんです。水が濁って、すごい流れでした」
「あら、そうですか」
「鉄棒で前転するみたいに腕をぐっとつっかえて上半身を橋から少し出しました。でも・・・跳べませんでした。どうしたら跳べるんでしょうか!?」
「ちょ、ちょっと、アルチュちゃん!」
思わずわたしはアルチュちゃんの頬を両手の平で挟んでた。
「ふわ・・・い」
「『どうしたら跳ばなくていいんでしょう?』だよね!?」
「は・・・い。でも、でも・・・」
わたしは答えやすいように質問してあげた。
「いじめ、とか?」
否定しない。
「自分の容姿とか性格とか?」
これも否定しない。アルチュちゃんは一言で回答した。
「色々、です」
「ふむふむ」
ツキカゲさんがセリフのような相槌を打った。
「では、溶かしましょう」
アルチュちゃんもわたしもきょとん、とする。ツキカゲさんが今度はドライアイスの煙がモクモクするクーラーボックスをテーブルに乗せる。中にはまあるい球の形をしたロック用の大きな氷が3つ入っていた。
そしてトン、トン、トン、とロックグラスを3つ並べ、カシュカシュカシュと手際よくまあるい氷を滑り込ませた。
「ふふ。さあ、アルチュちゃん。残念ながら3つだけ。溶かしちゃいたい悩みをグラスの前で1つずつ、心を込めて念じてね。『
ツキカゲさんの手にエスコートされて一個一個のグラスの前で握った手を口元に当てて、「月影の・・・」って呟いてる。
「さ。エルリーさんとわたしはブランデー。アルチュちゃんはジンジャー・エールを、なみなみと注ぎましょう」
飲み物を丸い氷が浮かぶくらいに注ぎ、3人で屋上のエッジの手すりに肘をかけて頭を並べた。
「ほら。こうして夜空に掲げてみて。そしてね、三日月と氷の曲線を重ね合わせるのよ」
ツキカゲさんに言われるままにそうしてみた。
「あっ!」
アルチュちゃんが初めて大きな声を出す。わたしも理由が分かった。
だって、三日月の光が氷の端っこにぴったり重なって、満月に灯を注ぐ光源みたい。
素敵!
「あ」
わたしが何気なく視線を落とすと、手すりに朝顔の蔓がつたってた。
それでね、色柄のパラソルが閉じたみたいな花にね、露が乗ってたんだ。
・・・・・今宵はこれにて・・・・
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