クリスマス・イブの夜には
Nico
若い男はモミの木を持ってバスに乗っている
「見て! クリスマスツリー!」
バスに乗ってきた女の子が、彼の隣のモミの木を指さして言った。若い男は優しく微笑み返す。これで三回目だった。まだ何の飾りつけもされていないから、正真正銘ただのモミの木なのだけど、子どもたちは異口同音に「クリスマスツリーだ」と声を弾ませた。
「クリスマスツリーが欲しいの」と彼女は言った。ベーコンの焼ける香ばしい匂いが鼻をくすぐる。白く清らかな日の光が差し込む朝の食卓だった。
「クリスマスツリー?」
「そう。大きくなくていいから、本物のやつ」
「本物って、本当の木ってこと?」
彼女はこくりと頷いた。
「本物のモミの木」
「売ってるのかな」と若い男は思案する。「どこに置くの?」
うーん、と今度は彼女が思案顔になる。「そこかな?」とリビングの大きな窓の前の床を指差した。
「床に置くなら、これくらいの大きさは必要だね」
彼は座ったまま自分の頭の上に手を伸ばした。
「そうね」と彼女はベーコンを皿に載せながら頷いた。「それくらいはないと、格好がつかないわね」
次のバス停に停まり、最初に「クリスマスツリーだ」と言った男の子が降りていった。入れ違いに、同じ年頃の男の子が前方から乗り込んでくる。バスの中ほどまで来たところで、「あっ」と若い男の方を指さした。
「モミの木だよ」と彼は言った。「これからクリスマスツリーになるんだ」
あ、クリスマスツリー。
バスを待つ列の先頭に置かれたそれを車窓越しに見つけ、運転手は思った。あれを持って乗る気なのか? バスをゆっくりと停止させ、ドアを開ける。
「すみません。これ、持って乗ってもいいですか?」
案の定、二番目に並んでいた―クリスマスツリーを一番と数えるならだが―若い男が尋ねてきた。その時、バスの後方に乗っていた少年が「あ、クリスマスツリー!」と声を上げた。まぁ、いいか。運転手は思い直した。
「今日はクリスマスだ。クリスマスツリーとプレゼントの持ち込みは大歓迎さ」
それを聞いた若い男が相好を崩す。
「よかった。その両方なんです」
若い男は真ん中より少し後方の窓側の席にモミの木を置くと、その隣に腰かけた。「ねえねえ、それクリスマスツリーでしょ?」と身を乗り出す少年に、「これはモミの木っていって、これから飾りつけをするとクリスマスツリーになるんだ」と律義に説明している。
バスは数名の乗客と、これからクリスマスツリーになるモミの木と穏やかな空気を乗せて走り出した。途中乗ってくる子どもたちが揃って「クリスマスツリーだ」と嬉しそうな顔をするのを見て、運転手は断らなくてよかったと思った。
大きな交差点に差し掛かったところで、歩道に黒猫を見つけた。この寒いというのに。その時、バックミラーに動く人影が映る。見ると、あの若い男が席を立つところだった。降りるのか。再び視線を窓の外に向ける。運転手がバックミラーを見たほんの一秒ほどの間に、黒猫の姿は忽然と消えていた。はて、どこに行ったのかと不思議に思ったが、そんなことなどすぐに気にならなくなる。クリスマス・イブの夜だ。きっと我が家に帰ったのだろう。
やがて、温かい明かりが窓に灯るアパートの前で、バスを停める。若い男がクリスマスツリーを抱えて降り口に向かう。運転手は少し寂しい気持ちになった。
その時、「バイバイ、サンタさん!」という女の子の声がした。車内のあちこちで優しさに満ちた笑い声が漏れる。若い男は一瞬戸惑った表情を浮かべたが、すぐに微笑んだ。
「みなさん、良いクリスマスを!」
彼はバスを降りると道路の反対側へ渡り、アパートの階段を上った。モミの木が天井に当たらないように気をつけながら。見慣れたドアの前でそれを床に置くと、覗き窓から見えない位置にあることを確認してチャイムを鳴らす。少しの間があってからゆっくりとドアが開き、明かりとともに温かい空気が流れ出てきた。
「ハッピークリスマス!」という彼の声が、「いらっしゃい」と言った彼女の言葉に重なった。彼女は目を丸くしている。
「これ、本物!?」
その第一声に彼は笑う。
「やっぱりそこなんだね。本物だよ。本物のモミの木」
「やったー! すごい!」
「あれ?」
飛び跳ねて喜ぶ彼女がいつもの赤いコートを着ているのを見て、彼が不思議そうな声を上げた。
「なんでコート着てるの?」
「それが、不思議なことがあったのよ」と彼女が言う。「寒いでしょ? とりあえず入って」
若い男はクリスマスツリーを抱えると、部屋の中へと入っていく。少し遅れてドアが閉まる。冷え冷えとした踊り場には、再び静寂が戻った。
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え、「不思議なこと」が何だか教えてくれないのかって?
それはまた別の話。
でも、クリスマス・イブの夜に起こったことをすべて知っているのは、サンタクロースだけだけど。
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