125-2.憧れと事件(アシュリン視点)






 *・*・*(アシュリン視点)








 気にはなっている。


 けれど、ダメであることも承知している。


 それは、くだんのセルディアスに戻られたばかりの王女、マンシェリー姫のことだ。


 その兄であり、俺と同じように将来国を背負う立場でいるシュライゼンとは友好国の関係から友人にはなれたのだが。


 ソーウェンとの戦争を機に、喪われた王妃様とまだ赤児だったシュラの妹君。


 その妹君が、まさか神の掲示により我が国に亡命されているとは知らず。しかも、まだ二年前に我が国を旅立ったばかり。



(……何故、神は我が国に亡命させるのであれば。友好国でもあるのに、このシュリ城へ匿わせなかったのだろうか?)



 他国とは言え、友好国の一大事。


 なのに何故。この国に派遣されていたセルディアスのマザーのいる孤児院へ。よくよく聞けば、そのマザーは王妃の乳母だったそうだが。



(……とは言え。亡くなられたアクシア王妃と瓜二つ)




 気になる。非常に気になる。


 ソーウェンとセルディアス間の戦争がまだ行われる前。我が国も父上により、にっくき叔父だった元皇帝を亡き者にさせて皇位を奪った時期。


 内政も落ち着いてきたと言うことで、詫びも兼ねてセルディアスへとご挨拶に伺った時だけだが。


 俺は、一度だけアクシア王妃とご対面出来たのだ。


 神々しくも、愛らしい笑顔。


 そんな無邪気な笑顔を、母にもその頃向けられたことがほとんどなくて。


 非常に恥ずかしいことなのだが、俺はその時に緊張が解けて泣きじゃくってしまい。シュラもいたのだが、父上やセルディアスの陛下の前で王妃に抱きつく所業をしてしまった。


 まだ子供、と言う理由でお咎めはなかったが。


 とにかく、王妃にはあれだけしか会っていないが恩人に等しかった。そして、その娘であるマンシェリー姫はまだ少し幼いが、彼女と瓜二つらしい。



(会いたい……早く、会ってみたい!)



 たとえ、彼女にはもう想う相手はいるとは言え。アクシア王妃へのご恩に報いるためにも。友好国の皇太子として、彼女には一度会ってみたい。


 今日、シュラに渡した皇室御用達の特選クロゴマの包みを、彼女はどう調理してくれるのか。


 つい先日、シュラとカイザーク殿が持ち寄ってくれた姫と一緒に作ったパン。


 正直言って、パンがあれだけ美味いものだとまだ信じられない部分もある。が、現実は美味かったし、子供のように父上と取り合いになりそうだった。


 あれだけの調理技術があれば、おそらく彼女の持つ前世の記憶とやらで、美味い饅頭が作れるかもしれない。それを、食べる前から見抜いていた父上は流石だ。



「……あと、半月か」



 その姫の生誕祭と、改めて成人の儀を開くまでに。


 こちらは食材の伝しか作れないが、シュラがやって来るまでは待つしか出来ない。


 が、姫の過ごした孤児院。


 そこは、一年だけとは言え、シュィリン兄上も過ごしていたと聞く。


 であれば、姫がもし大使となって我が国に来た時に孤児院の話題を出すかもしれない。


 親しいマザーと会いたい気持ちは、きっとあるだろうから。


 俺は、執務を終わらせてから父上に申し出て、そのマザーと一度話し合えないかと聞いたのだが。



「そうだね? 姫は、今はまだセルディアスから出られないだろうし。再会の場を設けることくらいなら、私達でも出来そうだ。一度、そのマザーに会って来なさい」


「はっ」



 そして、情報部隊にその孤児院を探させたのだが。


 とんでもない事態になっていたとは、誰が思っただろうか。



「……襲撃の痕があり、一部のマザー並びに孤児達の死傷と放火によって孤児院は崩れてしまいました。事件として、警邏は追っていますが……例のマザーだけが行方不明に」



 その事件は、なんと昨日起こったらしい。


 下町の出来事なので、城に情報が入ってくるのはあまりないとされていたからだが。


 その事実を、父上に報告すると。当然のようにショックを受けてしまった。



「……せめて、姫のためにも。マザーを捜索するのは、国を挙げてとり行おう! 部隊もだが、あらゆる経路を辿るためにも。冒険者達にも賞金額を増やして!」



 その命令はすぐに、国中に知れ渡ったが。


 いつ見つかるかわからないのと、セルディアスにどう伝えるべきか、俺も父上も相当悩んだ。

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