111-1.夢なのか?






 *・*・*








 どうすればいいんだろう……。


 目の前の男の子は一向に泣き止む様子がなく、私はいるはずのない存在だから声が届くはずもない。


 だから、男の子の隣にちょこんと座ると、彼はまだ泣いたままだった。どこの誰だかわからないけど、ちょっと可哀想に思えた。


 自分の……多分、奥さん? になる女の子とはぐれてしまったのか、困ってずっと泣いている感じだけど。前に見たのも……あれ? 



(私、前に見たアップロードの記憶がない?!)



 単純に忘れていると言うより、なくなってしまってる。最初の、悠花ゆうかさんが来たばっかりの頃に見た、飢饉状況は覚えているのに。その後の、カイルキア様達の前で、アップロードした状況が。


 綺麗さっぱり、覚えていないのだ。



(なんで……なんで?)



 考えても、ひょっとしたらこの状況もあとで消されてしまうのか。


 その割には、一瞬で終わる気がしないし、随分と時間が経ってる気もする。


 男の子を見ても泣きじゃくっているから、顔すら見えない。いったい、この子はなんだろう?


 異能ギフトである『幸福の錬金術ハッピークッキング』は私に何をさせようとしているのだろう?


 セルディアス王国を中心に、パンや潰えた食文化の復活及び改革を成せばいいと、シュライゼン様やアインズさんと決めたりはしたが。


 異能を与えた神様はおそらくそれだけじゃないと思う。なのに、欲しい知識とか、見たものとかの一部を、今回のように私から削除したのは何故か?


 そして、この男の子との関連性は?


 顔を見ていないから、どんな相手かもわからない。


 泣きじゃくった声を聞いても、前世の日本や今の世界の知人にも該当しない。


 だからと、この子はきっと……いや、多分神様なのだろう。


 勘でしかないが、つがいだなんて古めかしい言葉を使うあたり、ウルクル様のように見た目は幼くても夫婦となる存在がいるからな、と。


 だけど、アップロードでなんでまた神様の記憶? にお邪魔しているのかわからない。試しに髪に触れてみようにもすり抜けて無駄だった。


 声をかけても、聞こえていないのかずーっと泣きっぱなし。ちょっと、男の子なのにメソメソし過ぎではと思ったが、大事な人を見失ってしまったら男の子でも泣きはするだろう。



(私も、もし……カイルキア様のいない日常になれば)



 人目を忍んで泣くだけですまないかもしれない。


 うん、この男の子には同情しちゃう。けど、部外者である私の意識が元に戻らないのはどうしてだろう?


 悠花さんも心配しているだろうし、早く目を覚ましたいと思ったら、水が跳ねる音が響いてきた。



『まーた、フィー。そこで泣いてたのかい?』



 聞いたことのある声。


 まさか、と顔を上げれば。目の前には金髪黒眼のフィルドさんが立っていた。けど、私のことは見えていないのか、男の子……フィーと呼ばれた泣いてる男の子の前にしゃがんだだけだった。



『っす……ふぇ……』


『ほーらほら、泣かないの。いい年……って感じにはまだ程遠いけど』


『だって……じい様』


「お、おじいちゃん!?」



 フィルドさんらしき金髪美青年さんが、フィーくんのおじいちゃん!?


 どう言うこと!? と色々ツッコミたいんだけど、私は今幽霊? 状態だからか大声を上げても二人には聞こえていないようだった。



『いい男が泣かないの! 君の番になる予定の神はまだ目覚めていないから出会えていないだけさ。他の皆だってそうだろう?』


『でも…………』


『おじいちゃんだって、おばあちゃんを見つけるまで結構大変だったって言ったでしょ?』


『けど……お父様達は』


『あの子達は特別。基盤となる世界の礎になるには必要だったからさ』



 さ、行こう? とフィルドさんらしきおじいさんに連れられて、フィー君は立ち上がった。


 見えた顔は、フィルドさんによく似た綺麗な黒眼の美少年。


 二人は私に気づかないまま行ってしまうと思ったら。



『……ここでのことは秘密だよ、チャロナ?』



 フィルドさんがそう言っただけで、私の意識が浮上して。


 気がついた時には、カイルキア様のアップしてきた顔面があって、悲鳴に近い声を上げそうになってしまった!



「チャロナ!?」


「え、目が覚めた!?」


「チーちゃん!?」


『チャロナはん!?』



 そして、皆さんの声が上がったと同時に。私は有無を言わせず、カイルキア様の腕の中に閉じ込められてしまったのだった。



「ふ、ふぇ!?」


「あちゃー」


「おいおいおい、カイル!」


『熱烈ですやん?』



 苦しくなっても、力強い腕をバンバン叩いても、全然カイルキア様は抱きしめるのをやめてくださらなかった。


 窒息する! と思っていたら、ペチペチと言う可愛らしい音が上から聞こえてきた。



『ご主人様が困っているんでふ。旦那しゃま、離ちてくだしゃいでふ!』



 ロティの声だった。


 その声に、カイルキア様は我に返ったのか慌てて腕どころか体ごと離れてくださったが。見上げた顔は、苺のように真っ赤っかだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る