98-1.先先代公爵夫人(アインズバック視点)








 *・*・*(アインズバック視点)










 呼ぶことも出来たが、あの方にお会いするのなら自分がまず出向くのが礼儀だと思い。


 デュファンは呼ばずに自分の馬車でローザリオン公爵本家に向かうことにした。



「お久しぶりですな、あの御婦人にお会いなさるのも」


「……ああ。アクシアのことがあってから、頻繁には会わなくなったな」


「ええ」



 会えるはずもない。


 大事にしていた姪を、俺の落ち度で死なせてしまったのだ。形見の姫も行方不明にさせて(実際は目の前のカイザークが亡国させたが)、戦争に勝ちはしても俺を含めて失った代償は大き過ぎた。


 だから、俺とあの方は次第にすれ違いになり、会う機会も減ったのだ。無理もないと言えよう。


 いくら、国を背負う王となったとしても。



「おそらく、シュラの皇太子式典以来だな。三、四年は会っていない」


「公式でもですが、陛下ご自身であれど……もでしょうな」


「マンシェリーの事については、デュファン伝で知らされているだろうが。俺について、いくらでも罵倒は受けよう」


「私めも、真実をお話しますぞ」


「頼んだ」



 マンシェリーや、アクシアの最期についてはカイザーから伝えてもらった方がいい。


 当事者でもあるし、俺の口から伝えるよりもずっといいだろう。が、多分デュファン辺りが先に伝えてしまっているかもしれないが。


 それはそれ、だ。


 馬車はしばらくして、ローザリオン公爵本邸に到着し。


 俺とカイザーが下車した途端、目に入ってきた人物に目を丸くしてしまった。



「「貴女……は」」


「ようこそいらっしゃいました。陛下に宰相殿」



 出迎えが、デュファン以外にもまさか件の先先代公爵夫人がいらっしゃるとは露程も思わず。


 思わず、あっけらかんになりかけたが、ここは王として対応せねばならない。



「出迎えにわざわざ先先代がいるとは」


「本日御用がお有りなのは、わたくしにでしょう? ならば、お出迎えに出ないわけにはいきませんわ」


「……そうか」



 で、ここで話してもなんだと応接間に移動して。


 デュファン達は同席せずに、俺とカイザー、後先先代公爵夫人であるエリザベート殿だけ残されてしまった。


 給仕のメイドは最初に俺達に茶を出してから、彼女の命で下げられたしな。



「……本日の来訪について、なんだが。そちらの婿殿から聞いてはいるか?」


「ええ。姫……マンシェリー王女が見つかったと。そして、我が孫のカイルキアに仮の婚約者として守護に置いたとも」


「…………ひと月も経ってしまったが、報告が遅れてすまなかった!」


「私もです、エリザベート殿」



 謝って済む問題ではないが、気にかけていた姪の娘をやっと国に戻せたというのに。


 一番に報せなくてはならなかった人物に、事情があったとは言えこんなにも遅くなってしまった。


 無論、俺は王として不格好とは言え土下座してカイザーと一緒に謝罪したのだが。


 エリザベート殿は、何故か小さく笑っただけだった。



「……王として……よりも、アインズバック様にお話した方が良いでしょうか?」


「……エリザベート殿?」


「マックス殿から教わったとは言え、大の大人がそのように地に顔を伏せるのはよろしくなくてよ? 我が姪のことで、ずっとすれ違いを繰り返してきたことはもう終わりにしましょう」


「だが、エリザベート殿。俺は……俺は、傍にいられなかったが故に彼女を失ってしまった」


「その後、姫様を亡国させたのは……アクシア王妃様からの【最期の愛エンド・ラブ】により告げられたゆえです。私がホムラまでお連れしました」


「……そうですか。姫はそれでホムラで育ったのですね。あの子が、王家の技能スキルでそのように」



 静か、だった。


 怒りも何も感じ取れないくらい、静かに。


 許せないはずの俺やカイザーを、まさか、許すというのだろうか?



「はい。本来は私めがお迎えに上がるはずだったのですが……諸事情の関係で、貴女様の御孫殿により、保護なさいました」


「……無事なら、良いのです。皇太子もですが、姫も無事なら……アクシアは浮かばれるでしょう」



 俺が顔をあげたら、彼女は……静かに泣いていた。


 貴婦人らしさの欠片もなく、ただ静かに涙を流していたのだった。



「…………ああ、無事だ。今は表向きカイルキアのところの使用人となっているが、あとひと月程で王城には迎え入れる予定だ。成人の儀も改めてとり行う」


「……盛大な催しになるのでしょうね。同席させていただいても?」


「是非、出席してほしい。それと、別件でデュファンから聞いてるだろうが」



 謝罪についてはもう終わりと言うことで、俺はあの子の父親として改めてお願いするのにソファに腰掛けた。


 カイザークも同様にしても、エリザベート殿は何も言わなかった。



「姫……今は洗礼名のチャロナ嬢に、お会いすると言うことでしょうか?」


「ああ。それと、改めて確認したい。貴女の持つ料理の技量は……何から得たものなのだ?」


「と言いますと?」


「我が王家のレシピにもない料理の数々。デュファンも頷く程の料理を、何故貴女だけ持っている? ここだけの話だが、我が娘は異世界からの転生者だ。だから、いにしえの口伝……むしろ、それ以上の技量のお陰でパンを生み出せた」


「……アインズバック様。それでは、わたくしも転生者と?」


「可能性としては考えた。だが、貴女はパンまでは作れない」



 そう、そこが疑問だ。


 数多の料理の技術を持っていても、この人はマンシェリーのようにパンは生み出せない。


 作れたとしても、俺が普段口にしてるような王城の献上品程度。つまりは粗悪品だ。


 なのに、他は完璧なほど、マンシェリーに負けず劣らずの美味を生み出している。


 すると、彼女は一度目を伏せた。



「……わたくしは、違います。転生者ではなく、神からいただいた異能ギフトの一部を振る舞っているだけに過ぎません」


「「異能を?」」


「名は、【豊穣の恵ファート・シャイン】と言います。すべてではありませんが、いにしえの口伝を再現出来るだけです」


「何故……何故それを俺だけでなく父上達にも報せなかったんだ?」



 そうすれば、もっと早くにこの国や友好国にも食の改善を見出せたはずなのに。


 すると、彼女は首を静かに横に振った。



「姫ほどではありません。それに、この家の者になるまでは身分の低い男爵家の人間でした。だから、家族の者達に振る舞うことしか出来なかったんです。あの子……アクシアも、そう言ってくれました」


「アクシアが?」


「まだこの国は戦乱の時代だった。なら、そこに火種になりかねないわたくしの異能ギフトが知られてしまえば、わたくしが狙われるだけですまない。だから、時が過ぎるまで待つしかない……と」


「なら、今俺に告げたのは……」


「戦乱も遠去かり、姫も無事に戻ってこられた。なら、もう時期だと思いまして」


「そう、か」



 たしかに、食に関する異能ギフトは国どころか世界を揺るがせる、国宝以上の存在。


 一度、【枯渇の悪食】により潰えたこの世界の食文化は三百年もかけてようやく今の段階にまで元どおりになってきた。


 その中でも、わずかに残されたいにしえの口伝たる料理のレシピを、異能ギフトを介して知ることが出来るのならば。


 今の世はともかく、あの頃は取り合いだけですまなかっただろう。


 アクシアと、この人の判断は正しかった。



「ですが。お会いするとしても……それはアクシアの娘ではなく、ただカイルキアの使用人としてですの?」


「貴女が時期を見定めて構わない。が、近いうちと考えているのならそうして欲しい」


「……わかりました。夫とも一度話し合ってから決めますわ」


「了承した」



 これ以上、俺個人としては口出し出来ない。


 いくら、許されたとしても、心の傷は癒えた訳ではないのだから。


 それから、俺とカイザークは出された茶だけを飲んで、ローザリオン公爵家から去ったのだった。

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