97-5.オムライス実食①(ギフラ視点)






 *・*・*(ギフラ視点)








 王女殿下……いいえ、アクシア王妃様かと思いかけてしまった。


 娘のサリーが、王女殿下が出ていらっしゃってから飛びつく勢いで抱きついてしまい、諌めようとしても王女殿下は気にせずに微笑まれて。


 私は生前の頃の王妃様には殿下の乳兄弟と言うことでお会いする機会は多かったが。


 王女殿下は、王妃様をだいぶ幼くした成人前後の少女だとはお聞きしてても。


 授賞式の時に一度は垣間見えていたが。


 間近でお会いすると、より一層王妃様と瓜二つであった。



「初めまして、チャロナ=マンシェリーと言います」


「……ギフラ=フォルク=ラシェイトです。妻とサリーが以前世話になったようで」


「いえ! 奥様には私いつもお世話になりっぱなしで! それと、私ここの使用人ですので敬語は」


「では、そうさせていただく」



 本来なら、王女殿下に敬語抜きにお話だと言うのは許されぬことであるが、まだ彼女の身分を明かす時期ではないので、表面上は取り繕わなければならない。


 シュライゼン殿下もいらっしゃるし、目ですまないとおっしゃられたので、ここは仕方なく合わせるしかないだろう。


 とりあえず、王女殿下から離れない我が娘のサリーの背に手を回した。



「こら、サリー。お姉さんが動けないだろう!」


「おとーさん、おねーちゃんからいい匂いするんだもーん!」


「それはお姉さんが料理を作る人だからだろう? 今から食べさせてもらうんだから離れなさい」


「ふふ。サリーちゃん、美味しいご飯出してあげるからお父さんと一緒に待ってて?」


「う。はーい」


「はあ……すまない」



 どうも、彼女の作り出したパンがいたく気にいってしまい、次はいつ会いに行けるのか。母親のメイミー以上に、気に入ってしまったのか、王女殿下のパンを食べた次の日から私や乳母にしょっちゅう聞いてくる始末。


 シュライゼン殿下の計らいで、今日久しく食べれなかった料理を食べさせていただけると聞かせてからは。


 それはもう大変だった。


 とりあえず、王女殿下が食堂で待つようにおっしゃられたので、空いてる席に後からやってきた妻のメイミーと一緒に三人で座った。



「ふふ、貴方様もいつもご苦労様です」


「君が早く屋敷に来れるように色々取り計らいはしてるが、私一人じゃ大変だよ」


「まあ」


「おかーさーん、抱っこー」


「辛抱なさい、サリー? もうすぐお姉さんの美味しいご飯が食べられるのよ?」


「パンー?」


「パンじゃないらしいわ。お米と言うのがメインらしいわ」


「で……シュライゼン様からは伺っているが、そんなにも美味しいのか?」


「ええ。パンかそれ以上に美味しいですわ」


「わーい!」



 シュライゼン殿下から事前に伺ってはいたが。


 授賞式のパンだけでも大変な美味だった。


 だが、メイミーはこの屋敷で王女殿下を介抱した初日からずっと一緒に暮らしてきた。だから、毎日彼女の作る食事を口に出来ている。


 なら、娘の知らない食材を美味だと言いきれて当然だ。



「お待たせしました。オムライスです」



 やがて、待っている間に王女殿下やシェトラス料理長らが、件のオムライスとやらを持ってきてくださり。


 サリーや妻の前に置くと、サリーは見たこともない料理に目を輝かせた。



「おねえーちゃん、これなーに?」


「ふふ。オムライスっていうの。この上に乗ってる黄色いのが卵のオムレツで、これを今から」



 王女殿下は娘の背後に回り、セッティングしたナイフを片手にせっかくきれいに出来ているオムレツに切り込みを入れたが。



「わあ!」


「まあ!」


「卵が自然と広がった……?」


「これで完成です」



 なるほど、上に載せてたオムレツの形は美しさだけでなくこういう役割も担っていたのか。


 花のように開いた卵のヴェールは、ふわふわとろとろのようでサリーが一番好きな食べ物に見える。


 私達の分は、自分の手でやってみて欲しいとおっしゃられたのでナイフで同じように切り込みを入れてみると。


 予想以上に柔らかなオムレツが、やはりヴェールのように広がっていき、赤い米を隠してしまった。



「卵には、バターの塩気しかありませんのでケチャップをお好みでかけてください」


「いちゃだきまーす!」


「いただくわ、チャロナちゃん。サリー、ケチャップかけてあげるから」


「はーい」


「実に美味しそうだ。ありがたくいただこう」


「ありがとうございます」


「チャロナ〜、おにーちゃんも早く食べたいんだぞ!」


「はーい!」



 王女殿下は、シュライゼン殿下に呼ばれて行ってしまわれたが。


 このオムライスと言うのがどんな味なのか気になって仕方がなかった。


 卵のままでも美しいが、ケチャップをかけねばあまり味がしないので、器から少しだけかけて。


 スプーンだけでいいと、妻には聞いてたので柔らかい卵に切れ目を入れてすくい上げれば。


 肉、玉ねぎ、そしておそらくピーマンらしき粒があるが。


 サリーは苦いものが苦手なのに大丈夫かと気にはなったが。


 ちらっと見たが、なんとサリーはピーマンを気にせずに実に美味しそうにオムライスを食べていた。



「美味ちー、お姉ちゃんのおりょーり美味ちー!」


「偉いわ、サリー。これピーマン入ってるのよ?」


「え!……でも、美味ちー!」


「そうか……」



 嫌いな食べ物を好きだと言えるように出来るとは。


 さすがは、いにしえの口伝を再来させた王女殿下。


 お母君のアクシア王妃様かそれ以上に素晴らしい技量をお持ちだ。


 せっかくなので、私もいただこう。



「!」



 ふわふわトロトロの卵。


 粒々が主張してくる米は、初めて食すがケチャップの濃い目の味付けとよくあっていて。


 玉ねぎは程よく炒められて甘く、ピーマンはわずかに苦味を感じるがケチャップの味や……おそらくコンソメがあるだろう、その味付けのお陰か娘が美味しいと言うくらいの美味となっている。


 その複雑な味わいのおかげで、匙を進める手が止まらず、時折ペポロンのポタージュとサラダを挟むが、他のメインに近い物がなくとも充分に美味しかった!



「美味ちーね、お父さん!」



 そして、屋敷でも久しく見ていなかった娘の満面の笑み。


 それを、あの方が引き出してくださった。



「……ああ、美味しいな」



 この料理以外にも、この国を中心にもっと広めたいが。


 それは私一人では無理だ。


 シュライゼン殿下だけでなく、皆の力を合わせて。


【枯渇の悪食】により、失われた食文化を復活させねば。



「あなた、口元にケチャップがついてましてよ?」


「む、すまない」



 それは一旦置いておいて。


 久しい、家族の食事を楽しもう。


 遠くで、ローザリオン公爵がやってくるのが見えたので軽く会釈はしたが。


 相変わらず、あの戦争のせいで愛想を失ってしまった彼は、いつも通りの簡単な会釈しか返って来なかった。


 王女殿下とほとんど心を通わせたに等しいと聞くが、何かあったのだろうか?



「おかーさーん、お代わりたべたーい!」


「この大きさは無理よ。お母さんのを半分こでいいかしら?」


「うん!」


「!」



 しかし、王女殿下がオムライスを持ってきた時に少し見えた彼の表情。


 氷の守護者とも謳われた彼の表情が、わずかばかり緩んだ。



(……あの方を幸せに出来るのは、おそらく貴方だけだ。そして、貴方も)



 このオムライスの卵のように、優しい気持ちにお互いなれるのは、おそらく貴方達だけだ。


 かつての婚約候補者だった私には、もう関係ないことだ。


 跡継ぎはまだいないが、妻も娘もいる今となっては。


 遠くない未来に、結ばれて欲しい男女を想うことは許されて欲しい。


 私の祖母もだが、強固派には邪魔はさせない!

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