97-1.顔を知る?






 *・*・*








 不安になってばかりもいられない。


 けれど、前を向いていくのは少し怖い。


 いつか、カイルキア様に想いを告げたとしても、それを拒否されることとか。私の価値はパン作りしかないとか。


 そう思ってしまうくらい、恋に関しては臆病だ。


 前世の千里ちさとでも、恋愛の経験だなんてないに等しかった。想う相手はいた時でも、大抵すぐに相手の方には好きな人がいたり付き合っていたりと。


 だから、チャロナに転生した今もその時と同じかもしれないと思い込んで。


 たくさんの人に背中を押されても、最終的に自分で足を止めてしまうのだ。



「チーちゃん、さっきから黙ってどうしたのよ?」


「わっ」



 考えにふけっていたら、悠花ゆうかさんに顔を覗き込まれた。



「ん〜〜、あたしの恋愛レーダーにビンビンきてるわ〜。チーちゃん、あんたまたどーでもいいこと考えてんでしょ!」


「ど、どうでもいいって」


「あんた日本人の典型的臆病者の代表くらい、恋愛には奥手そうじゃない。カイルにとってあんたは必要ない人間じゃないかと思ってんでしょ?」


「う」


「それは由々しきことですわ、お姉様!」


「昨日今日で、いきなり考え方を変えるのも難しいですしね?」


「り、リーン様、シャル様!」



 わらわらと人が集まってきて、私に逃げ場はなかった。いや、この部屋自体私が貸していただいてる部屋だけども。


 アイリーン様は中に入ってくるとダッシュで私のところにやってきて、両手をガシッと掴んできた。



「お姉様は自信をお持ちくださいましな! カイルお兄様が嫌々お散歩……しかも女性と一緒に行かれるなど社交界でもあり得なかったそうですわ!」


「え、はあ」


「お姉様のように美しく可愛いらしい女性とご一緒になられるのは、あのお兄様でも嬉しいはずですわ!」


「は……ないないない、ないです。私可愛くないです!」


「「「え」」」



 こんな平々凡々のフツメンでしかないのに、と言い切ると全員の目が点になっちゃいました?



「え?」


「どこがフツメンよぉおおおお!」



 先に我に返ったのは悠花さん。


 私に近づくと、ほっぺを両手で包んでモニュモニュと挟んだ。



「ヒュ、ひゅうかしゃ?」


「こーんなお肌艶々で目もぱっちりしてて、まつげもバサバサなのにどこがフツメンなわけ? これが逆にフツメンならそこいらの連中全員が美形よ!」


「ふ、ふぇ?」



 何を言っているのだろうか。


 どれも私には当てはまらないワードばかりなのに。


 悠花さんの言うことに、手を離したアイリーン様も後ろにいらしたシャル様も頷いていらした。



「お姉様はお美しいですわ、自信をお持ちくださいな?」


「もしくは……どなたかに言含められたのですか?」


「言含め……ですか?」



 誰が誰が。


 私の顔について。


 誰が誰が。


 そう言っていたとしたら。


 以前いたパーティーで、あったからかもしれない。



『チャロナ、これもやっといてー』


『……頼む』


『悪い、チャロナ。これも頼む』



 ほとんど家政婦でしかなかったあの生活で、私は料理以外特に秀でたものなんてなかったから。


 メンバーにいた、勝気でも可愛らしい女の子や口下手の女の子には敵わなくて。


 だから、普通なんだと思っていた。


 記憶を蘇らせるまで、誰にも告白だなんてされなかったし。



「チーちゃん?」


「チャロナお姉様?」


「チャロナさん?」



 だから、目の前にいる人達に出会っても、自分には自信が持てなくて。


 自分の容姿について褒められても自信が持てなかった。



『ご主人様ぁああああああああああ!』


「「「!」」」


「ロ……ティ?」



 今度は、いきなりドアを開けて入ってきたのは、涙で顔をぐしゃぐしゃにしてるロティだった。


 すぐ後にレイ君が慌てて入ってきたが、それよりも限界までぎゅーっと抱きついてきたロティに釘付けで。



寂しいしゃみしい気持ちが、寝ていても伝わってきたんでふ。ご主人様、何があったんでふか!』


「ぐ、ぐるじい……」


「ロティちゃん、チーちゃんが潰れそうになるから少し落ち着きなさいな?」


『にゅ?』



 たしかに、悠花さんに止められてなければ天に召されてたかもしれないので助かった……。


 とにかく、ロティを一度引き剥がしてからレイ君の話を聞くことになった。



『いきなり目を覚ましたと思えば、チャロナはんのとこに行くって聞かなくて……』


「で、一緒に来たあとはさっきのようになったわけね?」


『でふ、でふぅ!』



 どうやら、契約精霊には契約主の感情がダイレクトに伝わってくるらしく。


 全部が全部ではないらしいが、今回みたいに私が負の感情に浸ってる場合とかだって。


 だから、感知したロティが慌てて私のとこにやってきたらしい。



『ロティがここまで慌てるのは初めてだったでやんす。チャロナはん、どうかしたでやんすか?』


「チーちゃんは自分の容姿に自信がないらしいのよ。あんたはどう思う?」


『どう……って、別嬪さんだと思いやすけど?』


「え」


「ほらね!」



 皆さん、私を買いかぶっていやしないか?


 けれど、精霊にまでそう言われるのだとしたら……私の認識は間違ってた?


 化粧をしてなくても、綺麗? 可愛い?


 まだ少し信じられないけど、本当のことだろうか。


 信じられないと同時に自信が持てるはずもなく、ロティをギュッと抱きしめるしか出来なかった。




 コンコン、コンコン。




 誰かがやってきたので、悠花さんが対応してくれると……扉の向こうにいたのは、シュライゼン様やカイルキア様だった。



「ちょーっと、チャロナに言っておくのを忘れてたことがあったんだぞ?」


「あ、はい」



 カイルキア様とすぐに目を合わせられなかったが、シュライゼン様のお話はきちんと聞こう。


 ロティを抱えたまま彼に近くと、肩をぽんぽんと叩かれた。



「今更だが雇用主以外に、君の後見人にカイルはなってたんだぞ!」


「……え?」


「何それ、あたし初耳よ?」


「いや〜、言う機会逃してて」



 カイルキア様が私の後見人?


 異能ギフト持ちだから? パンを美味しく作れる技術者だから?


 どっちにしても恐れ多いことなので、口を開こうにもうまく言葉が紡げない。



異能ギフトとパン作りの技術はもちろんだが、国から授賞を受けた人間だからね。雇われてるとは言え、貴族と差異ないからカイルが後見人になった方が都合がいいんだぞ?」


「は、はあ……」



 だいたいは予想してた通りだったが、あの授賞式も影響があっただなんて。


 ちらっとカイルキア様を見たら、ちょうど目が合ってすぐに目を伏せられた。



「チャロナの異能ギフトは特に秀でているからな。俺でも守ってやれる範囲があるのなら助力は惜しまない」


「まあ!」


「カイル様らしいですわ」


「ふーん?」



 とりあえず、自分の恋路すっ飛んで、とんでもない事実を知ってしまったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る