88-1.ふっくら鯖の塩焼き






 *・*・*









 翌日のお昼過ぎ。


 仕入れをお願いしていた業者さんから、鯖が大量に届きました。



「保存の魔法があるからって、こんな大量にどうするんスか?」



 少し海から遠い、この山の中まで運んできてくれた業者さんの名前はエコールさん。


 いかにも、海の男! って感じで、エスメラルダさんのようにかっこいい褐色の肌で、傷も多い。


 年は、多分エイマーさんとそんなに変わらない感じかな?



「ああ。このチャロナちゃんが提案してくれたんだが、美味しい魚料理を作る予定なんだよ」


「チャロナ=マンシェリーです。先月から働かせていただいてます、よろしくお願いします!」


「ほー。こんなちんまい嬢ちゃんが? 俺は、エコールってんだ。よろしく」


「はい!」


『契約精霊のロティでふぅうう!』


「へー、精霊まで? 面白いなあ?」



 挨拶をすると、彼は八重歯を見せるくらいにかっと笑顔を見せてくれた。


 いい笑顔だ、多分海の近くに住んでる女の人達にはモテそうな感じ。


 私とロティの髪をわしゃわしゃしてから、エコールさんは大量の鯖を保管庫に運んでくれた。



「ここの飯は美味いけど、サバを大量に注文するのは初めてだな? 嬢ちゃ……チャロナ、どう作るんだ?」


「使用人棟のヌーガスさんから分けていただいた、調味料を使って煮込み料理を作るんです」


「ん? 煮込み?」


「試作予定もあるんですが……あ、せっかくですから、鯖を塩焼きしたのとご飯で召し上がりませんか?」


「ゴハン?」



 おっといけない、矢継ぎ早に言い過ぎたかも。


 このお屋敷で生活して、前世の記憶も戻ってから色々試作してきたせいで、ちょっと出しゃばり過ぎた。


 けど、力仕事を終えられて、ちょうどお腹の音が聞こえてきたから、このまま帰られるのは少し大変だろう。



「チャロナちゃんの作る料理は美味しいんだよ。ご飯は米……一部だとライスと呼ばれてる穀物で、主食としても食べられてるんだ。結構運んでもらったし、食べていきなさい」


「マジっスか! 料理長がそういうなら是非!」



 というわけで、味噌煮……と思ったけど、初めての人にはちょっとくどい味付けかもしれないので。


 無難に塩焼きにすることにした。



(実は、塩鯖はスペインの鯖サンドをアレンジしてお店で出してたんだよね?)



 意外と好評だったのと、市販の塩鯖だと塩辛いので自分達で仕込んでいた。


 ほんと、なんでもありのパン屋だった。


 まずは、シェトラスさんに切り身にしてもらった鯖を半分にカットして。


 塩分が、だいたい3%ある塩水を作って浸しておく。


 せっかくだから、エコールさん以外にもお屋敷の皆さんにも食べていただきたいから手分けして仕込みます。



「これを10分くらい浸して」



 塩を塗り込む方法もあるけど、塩が行き渡りやすい方法として塩水に浸けおくのもある。


 時間になったら、麻布でよく水気を拭き取ってから皮面に飾り包丁を入れる。


 この後に、皮面がふっくら焼けるひと手間としても油を薄く塗りつけます。



「そして、今度は皮面に塩を振ったら」



 熱したフライパンに、キッチンペーパーをしいて皮目を下にするように入れて。



「紙とフライパンの隙間に水を少し入れて」


「これは……蒸すのかな?」


「はい。ふっくら仕上がるんです」



 フタをして弱火で5分。


 そのあと、フタを開けて裏返したら、今度は約4分焼く。


 その間に、複合を使ってロティにはご飯を炊いてもらって。


 サラダ、大根おろし、醤油を準備したらエコールさんと一緒に早めのお昼ご飯をいただきます!



「うぉ! なにこれ、初めて見る飯なんスけど!」


「えと、私の故郷の郷土料理を参考にしたんです」



 前世の、とは言わないけど、あながち間違ってはいない。


 ホムラはパンも食べるが、麺以外にもお米も食べられていたからだ。


 エコールさんは、和食の定食に近い料理が並ぶと、すぐに目を輝かせてくれた。



「へー。サバは焼いただけに見えるけど、なんかいい焼き目。食いたくなる」


「ど、どうぞ」


「ん、いっただきまーす!」



 箸がないからフォークで鯖塩を刺して、切り分けもせずにがぶりと口に入れる。


 すると、ぱあっと顔が輝き出した。



「うっま……え、うっま! 塩の味だけなのに、サバがふっくらしてて、皮はパリパリしてて!」


「ご飯も一緒に食べてみてください」


「この……白いつぶつぶしたの?」



 鯖を一旦皿に戻してから、ご飯のお皿を手にして少しだけ口に運ぶ。


 今度は、目を丸くされました。



「え、なにこれ、少し甘いけど。魚食ったあとなのに、なんか言葉にするの難しい……けど、美味い!」



 それから、エコールさんは美味いを繰り返しながら食べ進めていたが、大根おろしを忘れてたので声をかけることにした。



「エコールさん、その白い添え物にこの黒いソースを少しだけかけて、鯖と食べてみてください」


「え、また驚かせてくれんの?」


「ふふ。はい」



 他の人にも見本を見せるべく、自分の皿の大根おろしに少量の醤油を垂らして、鯖塩に載せて。


 パクッとひと口食べると!






【PTを付与します。



『ふっくら鯖の塩焼き』



 ・製造33人前=10000PT

 ・食事1皿=600PT



 →合計10600PT獲得



 レシピ集にデータ化されました!





 次のレベルまで、あと297600PT




 】







 鯖の脂は濃厚だけど、そこを大根おろしと醤油のお陰でさっぱりして。


 さらに、ご飯を口に入れればいい感じに甘さが塩気を和らげてくれる。


 ここにお味噌汁があれば、と思うけど。シュライゼン様に昆布をお願いしてるから我慢するしかない。



「ちゃ……チャロナ!」



 美味しさに浸ってたら、エコールさんが席から立ち上がって私のとこにやってくると。


 何故か、空いてる手を掴まれてしまった!



「はい?」


「お、俺のとこに嫁に……ぶほ!」


「だーまらっしゃい! あんた、勢いでうちのホープ兼あたしの警護対象に口説くな!」


「っててて……」



 なんかとんでもないことを言われかけた彼の後ろから、いきなり登場した悠花ゆうかさんが思いっきり頭を殴った。


 そして、私の手を離させて、ペイッと床に放り投げた。



「うむ。チャロナくんの料理に惚れ込むのは間違いないが、嫁に行かれては私達も困るしね?」


『でやんす』


「は、はあ……」



 喜んでいいのやら、複雑な気持ちではいるが。


 まあ、かっこいいけど、私の好きな人はカイルキア様なのでごめんなさいと思うしかない。


 自分から、告白するつもりはないけれど。



「いってて……マックス! いきなりなんだよ!」


「さっきも言ったでしょ! ここのホープ兼あたしの警護対象に口説くなんていい度胸してるわね?」


「警護対象?」


「こんなにも料理上手だし、色々あって雇い主のカイルから頼まれてんのよ!」


「……おう」


「それより。いー匂いしてんだけど、何食べてたの?」


「焼き鯖作ったの!」


「んま! あたしも食べるー!」


「はいはーい」



 と言うわけで、悠花さんのもささっと作ってから一緒に食べたあと。


 エコールさんには、思いっきり謝罪されることになりました。



「勢いで、勝手なこと言ってごめん! けど、ほんとに美味かったから!」


「い、いえ。大丈夫ですけど」


「サバもだけど、コメってあんなにも美味いの知らなかった! ここで作ってんのか?」


「ええ。ラスティさんの菜園で」


「……買うのって出来るかなあ?」


「ど、どうでしょうか?」



 業者じゃないので、そこについては詳しくないが。


 シェトラスさんに聞くと、ラスティさんと掛け合えば買えるかもしれないって。



「じゃ、チャロナ。ロティ、またな!」



 そうして、お腹いっぱいなったエコールさんは菜園に寄ってから帰ることに。


 お米の炊き方は、私が紙に書いて渡しました。



「……嵐みたいな人ですね?」


「彼は、エスメラルダの従兄弟だからね?」


「え、そうなんですか?」


『でふ!』



 世の中狭いんだな、と少し思いました。

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