74-1.身分差を受け入れた者(アイリーン視点)







 *・*・*(アイリーン視点)








「聞きまして、聞きましてお母様!」


「まあ、どうしたのリーン?」


「もう完治されたそうですが、カイルお兄様がお風邪を召された事ですわ!」


「ああ。あのお話ね?」


「ご存知でいらして?」



 やはり、お母様の情報網は侮れませんわ。


 かと言っても、わたくしも先日レクター様から伺った折に知っただけですもの。



「ええ。鍛錬後に湯浴みもせずに、そのまま寝付いたのだと」


「まあ。それでは自業自得ではありませんか」



 お兄様にしては、自己管理が甘過ぎますわ。


 ですが、そう考えると、管理不届きになるなにかがあったかもしれませんが。



「たまには、いいものよ? あの子は完璧過ぎるきらいがある分、感情の起伏が……あの戦争を機に薄れてしまったのだから」


「……先の、王妃様……伯母様がお亡くなりになった事ですよね」


「……そうね。アクシアを目の前で亡くしたから、余計に心の傷は大きいわ」



 わたくしが生まれる数年前の出来事。


 勝ち戦、と言えば聞こえがいいかもしれませんが。


 一番の被害は、伯母様を失ってしまった事。


 今は明るいシュラお兄様でも、二年は塞ぎこんでいらしたと聞きましたもの。



「お母様、この間お会いしました、お姉様……王女殿下は、二ヶ月後の生誕祭まで、ご身分を知らないようにされてますわ」


「時期としては悪くないと思うわ。今すぐに告げても、きっと受け入れられるかは私達でもわからないし。ゆっくり進めていきましょう?」


「ですが。お兄様をお好きな気持ちだけでも、告げて良いと思いますわ」


「リーン。それまで庶民と思ってた女性がいきなり王女だとわかったとしても。カイルに思いを告げるのは難しいわ。強固派を知らずとも、身分差と言う考えはなかなか難しいのよ」


「そうでしょうか?」



 この国の王家が、その問題の垣根を越えられたと言っても過言ではありませんのに。


 けど、お母様がおっしゃるには、先代王妃様……お祖母様とお祖父様とのご成婚までには大変なご苦労があったようです。


 その苦労を、殿下……お姉様は味わいたくないかもしれないと。



「貴女もだけど、貴女の周りには……身分差の垣根を越えようとして出来なかった組み合わせが多かったんじゃなくて? レクターも、気にしてたでしょう?」


「そ、そうですわね」



 レクター様もですが。


 フィーガスお兄様やユーカお姉様も。


 もちろん、わたくしも。


 皆揃って、身分差が大有りの方々ばかりですわ。


 わたくし自身は、お祖母様とお祖父様のご成婚に大変憧れておりましたので気にはしてませんでしたが。



「貴女は貴女らしくていいのよ。先代方は、それはもう周囲の反対を押し切って……陛下や旦那様をお産みになられた。その証があるからこそ、今があるのを忘れないで欲しいの」


「はい……」



 憧れと現実は、違いますもの。


 王女殿下も、きっとそこに悩まれていらっしゃるかもしれない。


 わたくしも、レクター様と結ばれたことで、あの方からおっしゃってくださいましたもの。



『僕はね。君への想いを断ち切ろうとしてた時期があったんだ』


『まあ! 何故ですの!?』


『いやだって。強固派じゃないけど、僕らの身分差も結構あるんだよ? 君は王家の血を濃く受け継いでる公爵家の御令嬢。僕はしがない子爵家の嫡男ってだけで』


『身分差など関係ありませんわ!』


『はは。認めてくれる人がたくさんいたお陰もあるから、その必要がなくなっただけだけどね?』


『それは……そうですけれど』



 その時は、まだわたくしの思い込みが強いせいで、よくは理解出来ていなかった。


 けれど、わたくしの胸に抱えてた想いを強く打ち明けたのと、殿下やユーカお姉様のおかげで、レクター様が受け入れてくださった。


 わたくし達が結ばれたのは、わたくし自身の力ではない。



「ふふ。貴女自身もいろいろあったでしょう? レクターはカイルの乳兄弟でも、つい先日までは側近でもなかったから」


「まあ。レクター様、お兄様の側近になりますの?」


「子爵家を継ぐって決めたらしいから、そこもようやく決心したそうよ?」


「まあ」



 わたくしにはまだお話してくださいませんでしたが、きっと正式に決まってからお告げくださる予定だったかもしれません。


 今お母様にお聞きしたことは、内緒にしておきますわ。



「それもだけど、リーン。カイルの屋敷じゃなくて、リュシアの孤児院に行く手伝いは本当に大丈夫なの?」


「大丈夫ですわ! 子供は好きですもの」



 これまでにも、公爵家の娘として慈善活動にも参加してきた。


 今回は王女殿下のお手伝いとは言え、しっかりしなくてはいけない。


 主に、お手伝いさせていただくのは、子供達への調理補助らしいが。



「そう? 貴女、真っ直ぐに突き進み過ぎる傾向があるから、適度に力は抜きなさいね?」


「は、はい……」



 たしかに、想いが溢れ過ぎてしまい。


 殿下に最初にお会いして、お兄様のお屋敷から転移で戻った際に、お父様に盛大にお叱りを受けましたもの。


 あれは、反省すべき事でしたわ。



「それと。せっかくなら子供達に貴女のクッキーを作っておあげなさいな? 公爵家の者として、多少出来ることは惜しまぬように」


「わかりましたわ! 今から作って亜空間収納に入れておきますわ!」


「頑張りなさいな」



 何を作りましょう?


 プレーン、ナッツ、ジャム……王女殿下にも召し上がっていただきとうございますからたくさん作らねば。


 ああ、先にレクター様にお持ちしましょう!


 ついでに、カイルお兄様にもお見舞い出来なかった代わりに。


 わたくしは、お母様に一礼してから急いで厨房に向かうのだった。


 そして、たくさんたくさんクッキーを作りましたわ!



「では。わたくしはお兄様のお屋敷に行ってきますわ」


「いってらっしゃいまし」



 一緒に作ってくれたライラに、あとの事を任せて転移でレクター様の元に向かえば。


 やはり、お兄様の部屋で執務のお手伝いをされていましたわ。



「あれ、リーン?」


「……何しに来た」


「レクター様とお兄様にクッキーをお持ちしましたの!」



 亜空間収納から、小さめのバスケットを取り出してお兄様に見せると、何故か大きめのため息を吐かれましたわ。



「先触れの魔法鳥くらい寄越せ」


「善は急げですもの」


「そうじゃない……」


「まあまあ、いいじゃない。それ、たくさんあるなら姫様にも持って行ったら?」


「お姉様には、差し入れの当日にお渡ししようと思っていたのですが」


「今、ちょうどお八つ時だから。美味しいパンが食べれるよ? 交換にいいんじゃない?」


「まあ、素敵ですわ!」



 狙って来たわけではありませんけれど、この間のパーティー以降口に出来なかった殿下のパンが。


 また食べられますのね!

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