62-2.こちらでも実食(フィーガス視点)







 *・*・*(フィーガス視点)








 魔法の講義に行っただけなのに、思わぬ手土産が出来るとは思わなかった。


 食べ方も、嬢ちゃん姫様に教わったし、愛しのカーミィに食わせないわけにはいかない。


 だが、多少の準備は必要なので、厨房に転移の座標を指定してからあいつの部屋に向かった。



「カーミィ、俺だ。入るぞ?」


「はーい」



 ノックして部屋に入ると、だいぶ回復してしているカレリアはどうやら何かの本を読んでるようだった。



「具合はいいか?」


「もうほとんどいいよー。寝てるのも疲れちゃったから、メイドの人に本持ってきてもらったの」


「姫様の方も、だいぶ回復してたぜ。あと、姫様から土産を渡されてな?」


「わ、なーになーに?」



 盆に乗せてたプリンとやらを、スプーンと一緒に渡してもゼリーでもないそれにカレリアは首を傾げた。



「プリン、っつーマックスが昔うるさいくらいに食べたいってたやつだ。ゼリーとも違うが風邪の時に食うといいらしい」


「ゼリーみたいに食べればいいの?」


「あー、底が少し甘苦い部分があるらしいが、甘いもんが好きな奴には大丈夫だそうだ。上からより、下から食った方がいいらしい」


「はーい」



 俺も一緒に食うことにして、ベッド脇に椅子を持ってきて座った。


 自分の分を持つと、普通の金属ではないのは明らかな見た目銀製の器は冷たくてこの時期にはちょうどありがたかった。



(カナリヤみたいな黄色の下にゃ、どんな珍味が隠れているか?)



 姫様が言うには、皿に移し替えても良いとは言ってたが、崩れやすいので器のまま持った方がいいかもしれないと言っていた。


 かなり繊細な菓子なんだなと理解してる間に、カレリアは先に食べてたのか顔を輝かせてた。



「お、美味しい! 甘いのに、ちょっとほろ苦くて、でもそれが甘さを引き立ててる感じで、黄色のとこが濃厚だからかすっごく美味しい!」


「へぇ? んじゃ俺も」



 やっぱり、転生者としての知識と経験の結晶であるこの菓子も美味いときたか。


 教えてもらったように、スプーンを入れるとすぐに沈むかと思えば、少し重さを感じる。だが、ゼリーとも違い心地よい。


 すくい上げると、少し黒みを帯びた茶色の部分が顔を出してきた。



(これが、カーミィも美味いと言った苦味の部分?)



 見てるのは非常に毒なので、早速口に入れれば……得もいえぬ幸福感に包まれた。



「うっま……」


「でしょ、でしょ!」



 マックスが言うには、昨日はクリームやら果物やらと一緒に食ったらしいが。


 これはこれだけでも、桁違いに美味い。


 卵とミルクが入ってるのはすぐにわかったが、どちらも濃厚なのに打ち消すどころか見事に調和していて。


 これ単体でも美味いのに、黒茶っぽい部分と一緒に食えば舌の上でとろけるような食感になり。


 プルプルと震えるプリンとやらは、たしかに疲れてる時や風邪ん時なんかにはもってこいの菓子だった。


 二人で、あっという間に食っちまったぜ。



「あーあ、私もうまく作れるようになれればな〜」



 カーミィはこう言うが、こいつの破滅的にすげー料理能力は、底辺を行き過ぎている。


 何故あの工程でああなるのかが未だに謎だ。


 今日は俺が教えた立場だが、畑違いだからあの姫様の方が料理については教え上手だろう。


 シェトラスやエイマーに、間違ってたパンの調理法を正しくレクチャーしてるとは聞いているしな?



「お前はもうちぃっと、調理器具を上手く扱え。なんで錬成は失敗しても出来んのに、そっちに上手く活用出来ねーんだよ」


「だって。ポーションと料理は違うし」


作る・・上では同じだろうが」


「(づ ̄ ³ ̄)づブーブー」



 これが、稀代の錬金術師に認められた弟子とは到底思えない。


 将来的には俺のカミさんになるんだが、能力の振れ幅が所々おかしい。


 何故、調合の技能スキルは良くて料理がダメなんだかさっぱりわからん。


 錬成も失敗した時は、本人も錬成場も悲惨な状態になるし。



「……っと、もう終わっちまったか。とりあえず、もう少し安静にしとけ。明日のレクターとリーンの祝賀会には出たいんだろ?」


「うん、行きたい! リーンちゃんとレクター君がやっとだもん。お祝いしたいよ!」


「半分は、姫様の料理が食いたいんだろ?」


「うっ」



 ほんと、顔にも出やすいしわかりやすい。


 空になった器とスプーンを受け取り、自分で洗いに行くのに退室する。その直前に、カーミィの額に口づけを贈るのも忘れずに。



(ったく、いい加減慣れろっつーの)



 口でなくとも、どこかにキスするたびに、顔をりんごやトマト以上に赤くするのは見ていて面白いし、少しこしょばゆい。


 互いに想いを告げて、もう数ヶ月になったが。未だに初々しい反応が見られるのは俺だけの特権だ。


 とりあえず、まだ姫様の事をあまり知らない屋敷の連中の目にさせないように自室に転移して、簡易的な湯沸かし場で器を洗った。



「ちぃっと洗っただけで、もうピカピカかよ……」



 異能ギフトの一部とは言え、とんでもねー代物だ。


 まさか一生のうちに、そんな代物に触れる日が来るとは思わなかったが。


 ギルドなんかに行けば、金貨をいくつも注ぎ込んでも手に入らないものだろう。


 それを、あっさりと他人に貸し与えちまうあの姫様は、この世界の常識よりも前世の常識を持ってるからかもしれない。



「なんにせよ、明日行く用事があって助かったぜ」



 返すなら早めの方がいい。


 俺はやんねーが、価値を知った連中にゃ売り飛ばしかねないからな。


 とりあえず、魔法鞄マジックバックよりも、亜空間収納に入れておき、残りの執務をこなすのにコーヒーを淹れることにした。

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