58-4.難しい仕込み(ウルクル視点)






 *・*・*(ウルクル視点)








 これは、ほんに面白い!



 *%●△様による、加護と技能スキルを豊富なほど詰め込まれた、ヒトの子。


 本来ならば、この屋敷にいるどころか王城にいるべき身分のヒトの子であるのに。


 故あってか、王弟の息子の屋敷に身を置いているようだが。


 ここでも、令嬢としてではなく料理人と言う使用人として雇われてる形だ。


 だが、それが板についていて、腕前も申し分なく手際もいい。


 先日、我ら下々の神々にも名を封じた*%●△様の多大なる加護を持つのもだが。


 何やら、異なる世界の魂を持つ不思議な子。


 そのお陰か、【枯渇の悪食】で失われた、食の数々を復活させる事が出来る。


 我がつがい、ラスティと共にいる間だけ、いくつか馳走を披露した事がある故に、妾の調理に関する腕はそこそこあるが。


 このような場所でも、役に立つとはのぉ。



「では、次に。パンの成形……包み込む作業に入ります」


『のお、チャロナ。この銀の薄い板はなんじゃ?』



 鉄の板やボウルと一緒に用意された道具の中には。


 不思議な子……チャロナセルディアス王女が持つ異能ギフトの一部から取り出した、よくわからぬ銀の薄い板。


 持ち上げてみると、片方は持ち手とはわかったが、どうやって使うのじゃ?


 すると、チャロナは己が手にしてる板の持ち方を披露してくれた。



「細い方を握って、広い方に作ったポテトサラダをすくって詰め込むのに使います。アンベラって言うんです」


『ほほぅ、これはヘラの一種か?』


「使うのはもう少し後なので、先に生地を伸ばします」


『うむ。教えてくりゃれ』



 それと、シェトラス達もあまり得意ではないのか。チャロナの手本を横から観察することに。


 軽く均して、木の麺棒でも優しく撫でるように生地を伸ばし。


 一回で終わらせるのではなく、少しずつ少しずつ大きくさせて。


 代わる代わる生地を繰り返し伸ばしたら、先程のアンベラとやらを使うようじゃ。



「今日のは、一つを40gにして。この量りを使って計量していきます。使い方は、生地の分割と同じです」


『思うが、珍妙な代物じゃのぅ?』



 天秤を利用したわけでもなく、少し厚みのある板状の量りとやら。


 量る部分に物を乗せただけで、少し下の見たこともない材質のところに数字が現れ。


 量りたいモノがいくつか、と言うのを目で見るだけで教えてくれる。ほんに、便利過ぎる道具じゃ。


 アンベラの使い方も、ボウルに入れてあるジャガイモのサラダ(これだけでも珍味じゃった)を広い方のヘラ部分ですくい取り。


 空いてる手に乗せてある、伸ばした生地の上に乗せて。


 そこから軽く幾度かヘラを使って、生地の中にすっぽりと収めてしもうた。


 そして、中身が出て来ぬように端の生地でとじ込んで。



「ひとまず、これを生地全部やっていきます。結構難しいですが、ウルクル様、やってみますか?」


『うむ。結構な量であろう、やってみようぞ』



 とは言ったものの、チャロナは結構簡単にやれておったのに。実際にやってみるとこれは結構難しく。


 同じように妾も生地を手に持ち、具材を乗せるところまではよかった。よかったのだが……。


 肝心の、具材を詰めるところは、幾度か挑戦してみてもはみ出しそうになったので断念。


 仕方なく、妾が具材を量り、チャロナが詰めて。


 残りの三人は、片付けやチーズを削るなどと別れて動く事になった。



「……ウルクル様、そんなにショックでしたか?」


『すまぬ。妾の知らぬ技術でも、これほど苦難を感じたのは初めてじゃからの』



 妾の神になってからの期間は、他の神に比べても老成したものではあるが。


【枯渇の悪食】により、失われた数多の料理の知識も、興味本位で集めてたのがあったゆえに、いくらか自負はしていたのだが。


 ただ具材を詰める作業なだけなのに、細やかな技術を必要とするのは初めてで。


 実に、一つの料理でも奥深いと感じた。


 と同時に、この妾に苦難を与える代物が現世にはあるのだなと。


 そう考えながらも、作業に没頭しているとあっと言う間に終わりが見えてしまい。


 詰め終えた生地達は、鉄の板に等間隔に乗せて、次はこれを膨らませるのに『発酵』と言う行程をもう一度するそうな?



「焼く直前の状態にさせるんです。チーズを使うのは、この後です」


『ほほぅ。それで、主の技能スキルとやらをまた使うのかえ?』


「そうですね。もう時間も限られてきましたし、時間短縮クイックを使います」



 この子の技能スキルは妾の目にも映らず、宙に浮いてるらしい『なにかを』指一つで操作出来る代物らしい。


 その操作だけで、ロティが変身している不思議な銀の箱の蓋を開ければ。


 小さかった生地が、妾の顔より少し小さいところまで大きくなっていて。


 異空間と化してるその箱の中から、鉄の板に乗せた生地を全て取り出し。


 最後に、チャロナは異能ギフトの鞄から取り出した、専用のものらしいハサミを出した。



「ここに、わざとハサミで十字に切り込みを入れまして。この隙間にたっぷりとチーズを入れたら焼きます」


『ほぅ。なら、妾がチーズを入れようぞ』


「お願いしますね」



 それと、手が空いた『雷公のレイバルス』と呼ばれている精霊の人型も加わり。


 すべて出来上がったら、今度は黒い大きな箱に変身したロティの中にすべて放り込み。


 焼き上がるまで、これまた愛らしくも珍妙な歌を聞くことになった。



『ほっほ。ほんに、愛らしいのぅ』


「すいません、いつもこうなので」


『よいよい。焼きあがるまで、少しばかりかかるのであろう? 今のうちに、ラスティらを呼んで来ようかのぅ』


「いいんですか?」


『よいよい。やるべき事があまりなさそうであれば、これしきの事。では、行ってくるぞ』



 壁や扉をすり抜け、外に出て。


 風に乗って、宙を舞い、突き進んでいく。


 ああ、あのパンの仕上がりが実に楽しみじゃ。


 焼き上がるまで、あまり時間もない。


 急いで呼びに行くぞ!



『ラスティ、エピア!』



 到着すると、二人は菜園の手入れをしている最中であった。


 妾が降りていくと、ラスティは当然のように手を伸ばして妾を受け止めてくれた。



「お帰り。もう終わったの〜?」


『うむうむ。実に興味深い技術ばかりであったぞ、あの王女・・は』


「一応秘密だから、あんまり大声で言わないでね?」


『そうじゃったな。焼き上がりまで近い、はよう行くぞえ?』


「! チーズのパン!」



 つがいの指摘を受けてから、用件を告げれば、エピアが飛び上がらんばかりに喜びを体現していた。


 よっぽど、あの王女の作るパンが美味いんじゃな。


 妾も、あの馳走の出来栄えが気になって仕方がない。


 だから、作業小屋に戻って身だしなみを整えてから、二人も風に乗せて屋敷まで飛んだ。


 妾も一番に、あのパンを食べてみたいからじゃ!

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