55-3.蓋をしてた想い(レクター視点)






 *・*・*(レクター視点)








 あれは、もう十五年近く前。


 姫様が行方不明になられて二年近く経った頃だった。


 ローザリオン公爵夫人に、やっと二番目のお子が生まれたという事。


 それも、なんと姫君。


 カイルも年の離れた妹が出来たから、知らせが届いた時は少し緊張してるみたいだったけど。



「良かったじゃん、カイル。妹君だって!」


「い、妹……か。見て見ないと実感が湧かないが」


「君の妹なんだから絶対可愛いって! 見に行こうよ!」


「け、けど」


「お兄さんになったんだから良いって!」



 アルノルド子爵家の嫡男と言えど、乳兄弟としてカイルに仕える身だったので、実家よりも彼の屋敷に姉弟揃って寝泊まりしてる事が多く。


 僕も、今以上にカイルとはほとんど友人のような間柄で接していたが。


 カイル本人は気にせず、それと、愛想が良かった部分が少しずつ薄れていた。


 理由は言わずもがな、目の前で実の伯母上である王妃様を亡くしたのと、婚約候補者として接していた王女様の行方がわからなくなったからだ。


 依然として、行方は捜索されてても見つかる気配はなく。


 それから、二年近く経って、カイルの表情から笑顔がだんだんと消えていったのだ。


 だからか、実の妹が産まれても動揺しか出てこないのだろう。


 それでは可哀想だと僕は思い、無理に手を引っ張って旦那様のところへと向かった。



「旦那様、レクターです!」


「か、カイルです」


「おお。二人とも、ちょうど良かった」



 扉をノックすると、すぐ出てこられた旦那様はいい笑顔でいらした。


 そして、僕らの頭を撫でてから、僕らを両側に立たせて、きつい姿勢になるのに片方ずつ手を繋がれて奥様のところへと向かう。



「エディも、もう起き上がって良いそうなんだ。皆で行こう」


「よ、良いのですか父上?」


「良いも何も、お前は兄になったんだよ? すぐに行かなくては」


「…………」


「ね、ね、行こ。カイル!」


「俺も行くんだぞ!」


「!」


「わ!」


「やあ、シュラ」



 突如現れたのは、カイルの従兄弟であり王子のシュライゼン様。


 僕とも気兼ねない付き合いをしていただいているが、先日覚えたばかりの転移の魔法を使いまくって王城からよく脱走している。


 けれど、まだ産まれたばかりの従妹についてどこから聞き出したのだろう?


 旦那様が魔法鳥で知らせたのだろうか?



「来たんだぞ、叔父上! 待望の姫だって!」


「うんうん。今さっき見に行っても大丈夫だと、あれの乳母が許可を出してくれてね。皆で行こうと思ってたところだよ」


「じゃ、俺もー!」



 と言って、当然のようにカイルの横に立って手を繋ぐとぶんぶん振り出した。


 従兄弟のはしゃぎっぷりには、もう呆れるしかないと思ったのか。カイルは大きくため息を吐いてから何も言わなかった。


 そして、全員で奥様が休まれてる私室に向かうと。


 旦那様が受け答えをいくつかされた後に、先に僕らを中に入れられた。



「あら、殿下まで。皆来てくださったの?」


「叔母上、来たんだぞ!」



 部屋に入るなり、シュラ様は早速駆け寄っていかれたけれど。


 奥様であるエディフィア様はちっとも気にされてなく、血色の良い笑顔でベッドにまで駆け寄ってきた甥っ子の頭を撫でてやった。


 元気そうで僕も安心したけど、カイルも少しほっとしていた。


 病気でなくとも、出産には相当の体力と気力を使うから、無事とわかって安心したかもしれない。


 ましてや、実の母親の事だから。



「エディ。姫はそこに?」


「ええ。すぐ眠ってしまったけど……あら、殿下のお声で起きてしまったのかしら?」


「ご、ごめんなんだぞ!」


「うふふ。大丈夫ですよ」



 奥様はまだ歩く事が出来ないようなので、ぴょんぴょん跳ねてたシュラ様を落ち着かせようとしてたが。


 ベッド近くに設置された、小さな揺りかごの中には。


 旦那様がすぐに笑顔になられるくらい、小さな姫君がいらっしゃったらしい。


 僕はカイルの腕を引っ張りながら近づくと、まだ髪の量が少ないが、カイルや奥様と同じスミレ色なのが見えてきた。



「わ、ちっちゃい!」


「これが……妹?」


「そうだよ、カイル。お前の妹だ」


「ふふ。名前はアイリーンと決めたのよ。可愛いでしょ?」


「俺にも見せて欲しいんだぞ!」


「ふ、ふぁ」


「「「え」」」



 またシュラ様が声を上げた途端、姫……アイリーン様が泣き声を上げそうになってしまい。


 もうぐずる!と思っていたら、旦那様が慌てずに抱き上げて、すぐにあやした。



「ほらほら、お兄ちゃん達が来てくれたんだよ? 泣かなくていいんだよ?」


「あ、あう?」


「うんうん。せっかくだから、抱っこしてみるかい?」


「い、良いんですか?」


「うん」



 何故かカイルじゃなくて、僕に差し出してこられたので驚いたけど。


 断る理由もないから、抱き方を教わってそっと抱えてみた。


 少しだけ重いけど、想像してたよりはずっと軽い赤ん坊。


 顔を見ると、何故か僕の顔をじっと見ているライラックの瞳とぶつかって。


 目が合うと、赤児らしい可愛い笑顔になってくださった。



「あうー、あう」


「うんうん。レクターが気に入ってるようだね? アイリーン、この子はレクターだよ?」


「あーう!」



 本当に気に入られたかはわからないけれど。


 僕の方にちっちゃな手を伸ばしてきたので。ちょっとだけ片手で抱っこして手を添えてあげると。キュッと握ってくださった。



(か、可愛い!)



 そして、そこからが少し厄介だったのが。


 僕を相当気に入ったのか、僕が抱っこを止めようとするたびにぐずり出してしまい。


 結果、リーンの乳兄弟ではないのに、僕がお世話係になってしまったのだった。


 それから数年後、彼女は兄よりもやんちゃで元気なご令嬢に育っていき。


 兄と喧嘩するたびに、僕の部屋に避難するのが定番になった。



「カイルお兄様はいちいちうるさいですわ!」



 まだ5歳になったばりのリーンは、僕のところに来るとお茶ついでに兄の愚痴を言うばかり。



「君を思っての事だと思うけど?」


「レクターお兄様はお優し過ぎますわ!」


「そうかな? 別に普通だと思うよ?」



 元気いっぱいでも、可愛らしい見た目は母君と兄とよく似ていて。


 なんでも、最近は剣を始めたとか聞いたけど。多分、その事について、カイルに文句を言われたのだろう。


 淑女は淑女らしく、って言ったのかもね?



「戦争が終わっても、いつ何が起きるかわかりませんもの! 女も剣を取る時代ですわ!」



 たしかに、まだ戦争が落ち着いて一年も経っていないのだが。


 冒険者や騎士の家柄以外で、淑女が剣を取るのはいささか大袈裟じゃないかと思ったが。


 この女の子は、何事にも本気だから危機感を持ったかもしれない。


 だから、僕は注意する言葉を飲み込んだ。



「まあ、旦那様達に反対されてないようだし。怪我だけは注意してね?」


「! もちろんですわ! レクターお兄様もいつか手合わせしてくださいまし!」


「え、僕?」



 出来ないわけじゃないけど、カイルやマックスよりは断然非力なのに。


 それでも良いなんて言う、この女の子は本当に良い子だ。


 頭を撫でてやると、猫のようにごろごろと鳴いたのも可愛い。



(将来、婿君になられるのは誰だろうか……)



 それまでは、精一杯僕の手で立派な淑女に育てられたらなと、あの頃は自分の気持ちに気づかないフリをしていたが。


 まさに今、抱きついてきた彼女自身が僕に想いを向けてくれるのがまだ信じ切れないところもあって。


 髪を撫でたりするのは出来ても、背に腕を回す事が出来なかった。



「年貢の納め時よ、レクター?」



 僕が慌てていると、一番に声をかけてきたのはユーカマックスだった。



「……ユーカ?」


「あんたが一番わかってんでしょ? 世話係の時から、わざと気持ちにフタをしてた事」


「ぼ、僕は……」


「先生、目を逸らしちゃダメです! アイリーン様の事をどう想ってるのか」


「……チャロナちゃん」



 まさか、姫様にまで知られてた……と言うか、マックスが教えたんだろうけど。


 けど、応えていいのか未だ自信のない僕のお腹の辺りが湿ってきたのに、慌てて下を見れば。



「……リーンは、もう我慢するのは嫌なんですの」


「り、リーン!?」



 滅多に泣かないリーンが、泣いてる?


 僕の優柔不断な態度のせいで?



「……お兄様が……レクター様がお優しいのは、ずっとわかっておりましたわ。ですが、それがただ兄がわりなのかどうか……ずっとわからなかったですの」


「リーン……」



 顔を見せてもらうと、ライラックの瞳からは大粒の涙が溢れていて。


 本当に……本気なんだ、って、僕の胸に強く響いてきた。



「まだ成人前の幼いわたくしですが……ダメ、ですの?」


「そんな事ないよ」


「え?」



 もう、僕も心を偽らない。


 これだけ、想う女性を泣かしてしまった責任だけでなく。


 ただの、一人の男として、ちゃんと言わなくちゃ。



「マックス、チャロナちゃん達。流石にここからは二人にさせてもらえるかな?」


「いいわよー?」


「えっと……カイル様には一応診断を受けなさいと言われたんですが。大丈夫だと思うので、後にします」


「あ、それはダメだね。すぐ診るから」



 それだけはちょっと優先しなくちゃいけないから。


 が、しっかり診ても特に異常はなく。


 本当に二人きりになってから、僕は迷わずにリーンを抱きしめた。



「僕も、もう迷わないよ。リーン……アイリーン、君を愛してる」


「ま、誠ですの?」


「本当だよ?」



 まだ信じ切れてない、愛しい女性に口付けを贈り。


 慌てる彼女をまたしっかりと抱きしめてから、僕は久々に大声で笑った。

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