50-3.大旦那様方からの謝罪(エイマー視点)






 *・*・*(エイマー視点)







 チャロナくん姫様のいない厨房は、少し……いや、だいぶ寂しさを感じる。


 が、取り損ねた休みの朝とは違い、彼女は今体調を崩している状態だ。


 朝食を持って行った時にはだいぶ落ち着いてたように見えたが、まだまだ安心は出来ない。


 風邪は、俗に万病の元とも言われている。


 過去に、命を落とした事例もあるから、しっかりと安静でなくてはいけない。なので、しばらくパン作りも練習の度合いを見てもらうのもお預け。



(咳はないらしいが、寒気とかはずっとあると言っていたし、まだまだ安心は出来ない)



 けど、粥よりもしっかりした食事が食べたいと言っていたから……この間のホットサンドを試してみようか?


 米については、マックス……にまた頼らなくてはいけないし。


 先日婚約者になったばかりの、年下の幼馴染を呼び捨てにするのはまだまだ気恥ずかしさが勝る。


 これまで微妙に避けてた相手だからこそ、真正面から向き合うのはどうもまだ恥ずかしい。


 口調も私の前では出来るだけ男らしくあるせいで、眩しく見えて仕方がないのだ。


 これが、惚れた弱みと言うものか。



『? エイマーはん。芋の皮むき終わったでやんすよ?』


「! あ、ああ……レイ、ありがとう」



 いかんいかん。レイ殿(ともう呼べないけれど)と一緒にやってたはずの皮剥きがもう終わってしまっていた。


 怪我はしなかったとは言え、考え過ぎもよくはない。


 一度、料理長にさっき思いついたホットサンドの事を話しに行こう。


 そう思ったら、廊下側の扉をノックする音が聞こえてきたので、すぐに向かったが。



「お……大、旦那……様?」


「久しぶりだね、エイマー?」


「息災か、エイマー」


「フィ、フィセル……様まで」



 いったいどう言う事だろうか?


 扉を開けたら、半年ぶりにお会いするお二人がいらっしゃって。


 脇にはマックスもいたが、困ったように笑ってるだけだった。



「俺とあんたに言いたい事があるって来たんだ」


「? お二方が……?」


「うん」


「……ああ」



 すると、フィセル様がいきなり床に膝をついて、頭を床に伏せてしまった!?


 確か、それはマックスが昔ふざけて教えてくれた……ドゲザ?


 まさか、謝罪にきちんと使われるなんて!?



「申し訳ない、エイマー! そなたとマックスが互いに想い合っていた事を知りながらも、やきもきしてた拙者が偽の見合い計画を言い出したのだ。しかも酒の席で!」


「え……フィセル様が?」


「僕も同席してたんだよ。あと、兄上やサイザーとか」


「お、大旦那様?」


「あの時は君の背中を押すつもりで、わざと勧めたんだけど。結局君はただ流されてただけだった。そこに、姫……我が姪が加わった事で色々と状況が変わった。だから、一度済まなかったとあの子にも謝罪してね。順番は違うけど、二人にも謝りに来たんだ」


「そ、そう……ですか」



 が、姫様を気落ちさせた原因と分かれば、フィセル様がこのように直接謝罪に来られる意味もわからなくもない。


 あの方は、純粋に私達二人の背中を押してくださったが、いかんせん貴族の常識を知らないでいるから。見合いが断れないと知った時は相当落ち込んだらしい。


 そこを、将来の義兄となるフィーガス殿が打ち明けてくださった事で事なきを得た。


 そして、計画の一部分を実行に移す事も。


 と言っても、私が養子先になる場所が決まっただけだが。



「改めて、謝らせてくれエイマー。君の気持ちを知りながらも、こちらのマックスと結婚させるのに裏で僕達が動いていたことを。結果は良かったかもしれないが、酒の席で僕達も大人気ないことをしたよ」


「い、いえ。私も意固地になっていたところがありまして……」


「君が?」


「…………俺が昔、酒の席でこぼした暴言を気にし過ぎてたんだよ」


「なんだと、マックス!」


「女がいるのに今言えるか! 後にしてくれ!」


「……そ、そうか」



 うん。実に男らしい発言でも、私は全面的にあの時の事を許したわけじゃないからね。


 そこはさておき、話にはまだ続きがあるようだ。



「だから、今ならきちんと言えるよ。おめでとう、式は先だけど幸せになるんだよ?」


「……はい!」



 もう頭を撫でられる歳でもないが。


 ここにお勤めさせていただく前と同じように、大旦那様は私の髪を優しく撫でてくださった。


 やっとお顔を上げられたフィセル様は、何故か号泣し出してしまったが。



「うぉおおお! とうとうエイマーが我が娘に!」


「落ち着いたと思ったら、泣くなバカ親父!」


「これが泣かずにおれようか!」


「やれやれだね……」


「あ、あはは……」



 相変わらずの感動屋でいらっしゃる。


 それから、フィセル様の声に料理長やレイまでやってきて。事情を聞くと困ったような笑顔になったが。



「フィセル様は相変わらずですなぁ。姫様の前ではなかったですかな?」


「事前にきつーく言いつけておいたから我慢はしてくれたよ。しかし、瞳の色以外ほとんど昔の義姉上そっくりだったね」


「ええ。お戻りになられてようございました」



 そうして、また姫様のお部屋に戻られるかと思いきや。


 厨房に入られ、私達に大事な話があると告げてくださった。



「マックスは知ってるが、姫に真実を告げるのは二ヶ月後。姫の本当の生誕日に改めて成人の儀を執り行う予定だよ」


「姫の……」


「生誕日に、成人の儀をですかな?」


「うん。シュラが提案してくれてね。時間もそこそこあるし、徐々にだがマナーなどの時間も増やしていくと思う。疑問に思われて当然だが、そこはメイミーや君達がうまく誤魔化してくれないかな? それか、エイマー。君の方に付き合うと言う事で」


「そ、そうですね……」



 将来のユーシェンシー伯爵夫人になるのなら、もう行儀作法のレッスンは避けられない。


 姫様にとってのいい隠れ蓑にもなるし、ここは私が我慢すればいいだけの事。


 面倒ごとでも、大旦那様の手前、頷くしかなかった。



「それと拙者からの提案なのですが……」



 フィセル様はもう床から立ち上がり、堂々とした立ち振る舞いでいらっしゃる。マックスと私を交互に見てからひとつ頷かれた。



「ひと月後に、こやつとエイマーが婚約した事を世間に発表したいでござる。が、それは先にエイマーをアルフガーノ家へ養子になってもらわねばならないが」


「は、はい!」


「おいおい、親父。早くねーか?」


「遅いわ! まだお前は20でもエイマーは26。娶る年齢を考えてやれ」


「日本じゃ別におかしくねーのに」


「ここはセルディアスだ!」


「はいはい。親子喧嘩は後で、ね?」


「「…………はい」」



 大喧嘩になられる前に、一括で場を収めた。さすがは大旦那様だ。



「では、姫にはまだ内緒と言う事で。僕らはもう一度姫のとこに行くけど、ここでは謝罪があっただけだよ?」


「「はっ」」


「まだなんかあんのか?」


「んー。堅物の息子が、姫の前でどう接しているか覗き見を」


「おい!」



 相変わらず、不可思議な趣味を持っていらっしゃる。


 これでも、社交界の憧れの存在と思われているのが、未だ不思議でたまらない。それだけ、私は幼い時から仕えていたのだが。


 大旦那様は、スキップをしながら先に行かれてしまい、フィセル様とマックスは急いで後を追っていった。



「……アクシア様と同じお姿でいらっしゃる姫様が、とてもお可愛くて仕方がないのだろうね?」


「そうかも、しれませんね」


『けど、王女様未だに自分が平凡顔と思ってるでやんすよ?』


「「…………はあ??」」



 あれだけ美しくていらっしゃるのに、何故?


 何か、理由があるのかもしれない。

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