47-1.夏風邪
*・*・*
熱い。
けど、寒い。
体の方もだんだん、ぞくぞくとしてきた。
前世でもあんまりなかったけど、この世界に生まれてからも風邪って孤児院以来かも。
氷枕の氷嚢と、額に濡らしたミニタオルを乗せられて少し気分はよくなってきたが。
咳はないのに、体の方は調子が悪い。
目を開けると、すぐ隣に見慣れた緑色が目に飛び込んできた。
「ロ……ティ……?」
どうしてか、ロティも横になっていて私と同じような状態になっている。
咳も特にないが、柔らかそうなほっぺが赤い。
「あ、気がついた?」
そして、ここが診察室だと思い出して、レクター先生が近づいてくると体を起こそうにも先に止められた。
「熱がまだ高いから動いちゃダメだよ? 魔法に頼らずに自然治癒の方がいいから
「……けど、私達明日も仕事が」
「そこは、医師として賛成しかねるよ? なんだかんだで君達働き詰めだから、数日はお休み。ロティちゃんも体調まで共有してるようだから無理しないで?」
「…………はい」
たしかに、私だけならまだしも、契約精霊のロティまで同じ症状だったら無理は出来ない。
部屋にはあとで
今彼女?がいないのは、カイルキア様やシェトラスさん達とかに知らせに行ってるからなんだって。
少し申し訳ない気分にはなったが、先生には大丈夫と頭を撫でられた。
「色々あったんだから、疲れも出たんだと思うよ? 君達のお陰で、毎日美味しいパンを食べれるのは本当に有難い事だから。休ませてあげれなかったこっちが悪いよ」
「……そうでしょうか?」
「そうだよ?」
とりあえず、寝なさいと先生に言われ、ロティもまだ起きないので目を閉じると……次に起きたのは夜中で、ちゃんと部屋のベッドで寝てた。
寝間着を着てたから……多分、メイミーさんがやってくれたと思うけど。
すると、ドアが開いて、今考えてたメイミーさんが入ってきた。
「具合はどう?」
「…………ちょっと喉が」
咳は相変わらずないけど、いがいがするような感じ。
ロティはまだ寝たままだけど、タオルを取っておでこを触ったら少し熱かった。
私も私で、寒気とか熱とかはまだ全快じゃないから無理は出来なさそう。
「ふふ。働き詰めだったもの、むしろこっちが申し訳ないわ。あなたの作るものは全部美味しいもの」
「あ……ありがとう、ございます」
「たくさん寝て、たくさん汗をかいてしっかり栄養をとらなきゃ。料理長達も心配なさってたわ。またお見舞いに来るらしいけど、しっかり治してって」
「…………はい」
仕事でも、作り置きの生地を用意したりはしてないから問題はないそうだけど。
体調を崩してしまったのは本当に申し訳なく思う。
でも、体の方は悲鳴を上げてるようだから、大人しくベッドに横になるしかない。
寝付いたら、メイミーさんも下がると言ってくださったので目を閉じたらすぐに眠気がやってきた。
ただ、次に目が覚めようとした時に、心地よい眠気があったのでなかなか起きれなかった。
それと、頭を撫でてくれる優しい手のお陰で。
(すっごく……あったかい……)
こちらを気遣うような優しい手つき。
最初はそろそろっとだったが、次第にポンポンと撫でてくれる感触が気持ちよくて。
まるで、リンお兄ちゃんやマザー・リリアンが昔寝付かせるときにしてくれた感じ。
けど、今このお屋敷に二人ともいないはずだから、それはわかってて。
何度か猫がごろごろするように甘えていると、手が離れていくのがわかって、私は反射で手を掴んだ。
「やられふ。離れないで!」
熱で浮かされているような声に、何か息を飲むような音も聞こえた気がしたが。私は本能的にあったかい手が離れていくのが嫌だった。
だって、ひょっとしたらその手は、私が大好きなあの人のかもしれないから。
「いやれふ。……かいりゅきあしゃま……」
まるで、ロティのような口調になってしまったが、なりふりかまっていられなかった。
すると、掴んでるのとは別の手で、あったかいぬくもりのとこに引き寄せられた。
「…………わかった。側に居てやるから、大人しく寝ろ」
「……はぁい」
大好きな人の声が、いいよと言ってくれたので。
私はふにゃふにゃになるのがわかるくらい笑顔になってから、そのぬくもりに体を預けた。
*・*・*(マックス《
目の前で起きた事がまだ信じられなかった。
大声で笑い転げるのを我慢したが、カイルから睨まれたって事は、無理だったってことね?
「ひーっひひひ。あっはっはは!」
「黙れ。姫が起きる」
「あんたが抱っこしてたら起きないんじゃなぁい?」
「その口調もやめろ」
「へいへい」
にしても。
代わりばんこでお見舞いやら、看病やらをしてる中で。
まさか、カイルが来ただけでチーちゃんの緊張がほぐれるとは思わなかったわ。
チーちゃんだけにしかしない、女の子に触れるってだけで本人だとわかって。
けど、意識が朦朧としてるはずなのに、『行かないで』ってわがままを言って。
こっちからじゃ見えにくいけど、安心し切ってカイルに体を預けて眠っている。
ロティちゃんは、たまたまあたしが抱えてるからぶつかりはしなかったけど。
ほんと、昼までなかなか起きないから見に来た甲斐があったわん。
ちなみに、ロティちゃんもふにゃふにゃ笑顔でよく寝てるわよ?
「けど、いいことじゃね? まだ告げてなくても、婚約者に全力で甘えてもらえりゃ?」
「…………これが、か?」
「嫌ならさっさと布団に寝かせろよ」
「嫌だとは……言ってない」
「素直じゃねーなぁ?」
こっちに振り返った時の、耳まで赤い顔がいい証拠なのに。
チーちゃんもだけど、なかなかに素直になれないカップルねぇ?
『むにゃ〜、おにーしゃんまっちぇくだしゃいでふぅ』
「「…………」」
こっちもこっちで、なんか進展あったのかしら?
昨夜は、レイが血相変えて駆け込んでくるくらいだったけど。ほかに何かあったのか聞いていないのよね?
「……精霊同士の恋か。事例がなくはないが、ロティは普通の精霊では無いはずだが?」
「それでも、レイも本気だ。俺やあんたがそうなくらい、ヒトも精霊も変わんねーよ」
「…………そうか」
あらやだ。すんなり受け入れたって事は、こいつちゃんと自覚したようね?
チーちゃん自身の身内を打ち明ける時期も目処が立ったし、その時期に合わせるのかしら?
ちょいと聞いてやろうかしら?
「そこは素直だな? 肩の力が抜けたか?」
「…………わからん。が、カイザーク卿が抱えてた事に比べれば、こだわり過ぎるのもやめるべきだなと」
「まあな?」
あの爺様には一芝居うたれたが、事情が事情だ。
チーちゃんとシュラの母君が、神のお告げを受けてたとは誰も知らず。
そして、チーちゃんを守るためにずっと頑張っていたのは他でもないカイザーの爺様。
責めない訳でもないが、もう時効だ。
16年経った今なら、誰でも受け入れられる。
「…………それと別件だが」
「あ?」
「…………レクターの方もどうにかさせたい」
「……つーと、あのおてんば嬢ちゃんか?」
カイルに聞くと、どうやら年貢納めの時が来たらしい。
こりゃ、元メンバー揃ってハッピーにならなきゃねー?と思わずにはいられない。
とりあえずは、レイがロティちゃんに教わったパン粥を仕込んでくるまでは。
お互いに抱っこし続けなきゃいけなかったわ。
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