36-2.軽く奪われる?
*・*・*
料理もなくなり、皆さんのお腹もいっぱいになったことで自然とお開きにはなったんだけど。
「んじゃ、俺帰るね〜!」
カイルキア様が呑んだくれ状態になった
厨房組もひと息つくのにコーヒーを飲んでたら、いきなりフィルドさんがそんな事を言い始めて。
「え、こんな遅い時間なのに大丈夫なんですか!?」
地球と違い、街灯なんてこの辺りは屋敷の敷地内のみ。
街道沿いとか、森の中なんて以ての外だ!
「大丈夫大丈夫。何も歩いてきたわけじゃないんだしー?」
「い、いやいやいや……? ん、歩いてない?」
徒歩で来ていないのなら、思いつく方法は一つしかない。
「なんだー? お前さんも、魔法師まがいな事すんのか?」
と、ここで。
悠花さんほどじゃないけど、へべれけ状態のフィーガスさんがワイン片手にご登場。
カレリアさんはどこだと思いきや、彼の後ろでジャケットをぐいぐい引っ張ってた。
「フィーさん飲み過ぎ! お水飲もうよ〜」
「俺りゃ、まだ酔ってねぇ」
「「「酔ってるって!」」」
何人かが同時に言っても、フィーガスさんはにこにこ笑顔のフィルドさんに興味を持ったままなのか、嫌な笑顔でいた。
「ん〜? 魔法師じゃないけど、ちょぃと人並み以上には出来るかなぁ?」
「ほーぅ、人並み以上ねぇ?」
酔っ払いなフィーガスさん、どこぞのヤクザさんのように見えてしまいますよ。
けど、フィルドさんの方は全然怖くないからか、ずっとにこにこのまま。
そんな緊迫感が漂う雰囲気になってしまったが、私もだけど誰も割り込めない。
ように、思ったけど。たった一人だけ二人の前に割り込んできた人がいた!
「論議しようとするのはよせ。フィルドと言ったか? シェトラスからだいたいは聞いているが、無理に帰らずともいい。部屋なら余るほどあるからな」
その勇者は、カイルキア様だった。
お酒はあんまり飲まれていないのか、ほとんど素面で表情筋もいつも通りの無表情。
だけど、声色は決して怖いものじゃなくて相手を気遣っての優しいトーンだった。
そんなカイルキア様の泊まっていけの申し出だったけど、フィルドさんは何故か首を横に振ったのだ。
「んん〜、いいよ。俺、奥さんいるし。せっかく作ってもらったパンも早く食べさせてあげたいから〜」
「……そう、か。まさか、転移で帰るのか?」
「そんなとこ。じゃ、俺はこれで〜!」
そう言いながら、シュライゼン様やフィーガスさんのように指を鳴らすと思いきや。
バイバーイって、手を振っただけで体がどんどん透けていき。ものの数秒で、消え去ってしまった。
「……ど、こがちょっとだぁ?」
一番に口を開いたのは、やっぱりフィーガスさん。
お酒が少し抜けたのか、ちょっと不機嫌になってフィルドさんが去った後の床を触ったりしてた。
私は生活魔法以外出来ないけど、魔法師さんだから魔力の痕跡とやらを探ってるのだろうか? 漫画とかの知識でしかないけど。
「つか、あいつ誰の知り合いなんだよ? ふつーに居座ってたが」
「マックスの……と言うよりも、レイバルスの知己であるそうだが?」
『あ、あははは……』
そう言えばそうだったような……と、私も思い出したが。
そのレイ君は引きつった笑顔になって後退してたので。
『お先に!』と叫んでから、お得意の壁のすり抜けをしてどっかに行ってしまった。
悠花さんもだけど、ロティの側に居たいんじゃ?と思ったが、質問攻めが嫌なのか速攻で逃げてしまうのは仕方ないと言うか。
なので仕方なく、本当にお開きになったので。私とシェトラスさんだけでお片づけの残りをするかと思ってたら。
「いやいやいや! なんで、旦那様や皆様までお片づけされてるんですか!?」
汚れやすい大皿とかは先に片付けてても。
グラスとか細かい食器類を率先して、カウンターの窓口まで運んでくださってた。
それについて、誰も疑問に思われてないのか、私を見ると、『ああ』と声を揃えた。
「今メイドは姉さんしかいないし、内輪のパーティーなら手伝うようになっちゃってたんだよ」
「それがいつのまにか当たり前になってたから……チャロナちゃんは初めてだったものね?」
「あたいらも最初は驚いたが、今じゃ普通さね。だもんで、あんま気にしてはいなかったんでさ?」
「……なる、ほど?」
つまりは、自分で汚したものは自分で?の方針がいつの間にか根付いちゃって。
もっと内輪だけの飲み会でも、素面の人達で片付けはしておくのが普通になったそうだ。
だから、今完全に潰れてる悠花さんとサイラ君以外は率先して動いてくださってる。
だけど、綺麗な格好をされてる女性陣には申し訳ないので、私も急いで動いた。
「洗い物は私がやるので、皆さんは先にお風呂に!」
「あらぁ〜、フィルドさんもいないし、エイマーさんは着飾ってるでしょ? 拭き担当だけ私が手伝うわ」
「え、でも」
「頼むよ、メイミー。私はマックスを部屋まで連れてってから合流する」
「は〜い」
「……あ、ありがとうございます。って、ゆ……マックスさんをお一人で?」
「安心してくれ。昔っから鍛えているんだ。多少重くなっても、潰れた時はよく担いでいたものさ」
「oh......(´・ω・`)」
慣れているのなら、大丈夫かな?
と思って心配してたら、椅子をつなげて横になってた悠花さんを、ひょいひょいと持ち上げては腕を自分の肩に回してしまった。
そして、難なく引きずるようにして連れてってしまいました。
『(`・ω・´)ふぉおぉおお』
「う、うん。凄いね……」
これもまた、愛がなんとやら?で片付けられる事態なのだろうか?
「チャロナ〜チャロナ〜、俺も手伝うんだぞ !」
感心してたら、ちょっとほっぺが赤いシュライゼン様まで手伝いを申し出てくださった。
「え、でも。もう遅いですし、お風呂にでも……」
「俺もあと帰るだけだし構わないんだぞ!」
「でしたら、シュラ様。私が拭き上げた皿などを仕舞ってくださいませんか?」
「いいとも!」
「え、え〜?」
カイルキア様の幼馴染みさんでも、本当にこき使っていいのだろうか?
メイミーさんは、慣れてるのかテキパキと指示を飛ばしてしまったし。シェトラスさんも気にされていないのか、明日の朝食の仕込みをされていたのだった。
*・*・*(エイマー視点)
昔よりもいくらか重みは増したのは気のせいでないにしても。
これはこれで、幸せの重みに思えてしまうのは、最早重症で済まないかもしれない。
しかし、それだけ己の幸せを噛みしめる日が来ると思ってもみなかったから。
魔法陣に乗る前に、少しばかり、顔が緩んでしまった。
「…………なーに、ニヤついてんだよ?」
「!……ユーカ、起きてたのか?」
「今、な?」
担いでた腕などが微かに揺れて。
魔法陣で、彼が普段休んでいる三階のフロアに着くと、重みをずらしてからユーカは腕を伸ばしていた。
「つか、レイがいねぇな?」
「……フィルドさんが帰った直後に、逃げてしまってね」
「やっぱ、なんか隠してんな? 俺が聞いてもはぐらかしたし」
「そうなのかい?」
契約精霊が、契約者自身に隠し事は珍しい。
ユーカは、幼少期にレイ殿と契約したので、私もそこそこ知ってるだけだが。
とは言え、何故。
部屋の前に着いた時に私の手をさり気なく掴むのだろうか?
「取って食いやしねーが。少し話そうぜ?」
「あ、ああ……」
少し過ぎった事を否定されたので、いくらかほっとしたのは仕方ない。
6つ差があっても、ずっと彼を想ってきた私にとって最初で最期の殿方だ。
何も経験がない私が、期待しないわけがない。
チャロナくんの部屋より、数個先にある部屋の中に入ると、調度品は違うが広くてスッキリした部屋だ。
昔馴染みである旦那様との関係で、自然と屋敷の一部屋をあてがわれているからだが、元女性のせいか、あまり汚したところを見ていない。
昔、何度か連れて行かれた彼の実家の部屋も、だが。
「エイマー、ちょっと来い」
「?」
掴まれてた手を離されると、彼は何気なくベッドに腰掛けて軽く自分の膝を叩く。
これは、まさか。と、自然と顔に熱が上がってく感じがしたが、ユーカはユーカで酒のせいで赤い顔をさらに緩ませるだけ。
「その姿のあんたを、今くらい抱きしめてもいいだろ?」
「…………少し、だけだからな?」
「ああ」
ほんの少しだけ彼の膝近くまで行くと。
先に我慢出来なかったのか、彼が腕を伸ばしてきて。
まるで、攫うかのように私をたくましい腕で抱きしめてきた。自分にはない、がっちりした腕っ節に心ときめかないわけがない。
「ゆ、ユーカっ」
「あ〜、ほんと。あんたが、やっと俺のもんになったのがまだ夢みてーだ」
「……ふふ。私もだよ」
身分差もだが、年の差もあって諦めてた想い。
けれど、それは一方的なわがままに過ぎず、お互いだけでなく周りが助けてくれたお陰で結ばれ。
そして、彼の実家並みに位の高いフィーガス……義兄さんのところで養子縁組を画策してるとも知らなかった。
おそらくだが、伯父上も知っているはずだ。
でなければ、見合いの件についても『頑張って』としか返事を寄越さないわけがない。
「あと、チーちゃんにも感謝だな。っと、ここじゃ姫さんの方がいいか?」
「どうだろう? 彼女は、彼女だしね?」
お互い、背中を押していただいた一人の少女。
本来は、今ご一緒に後片付けをされているシュライゼン様の妹君であらせられるのに。
まだ、シュライゼン様の意向で告げられていないから。孤児であり、転生してきた一人の少女としか自覚が持てていなかった。
「ま、それもそうだな。カイルも自覚してきたし、これでチーちゃんと結ばれれば万々歳だがな?」
「旦那様も?」
「そ。王妃様の忘れ形見だけじゃねぇ……ただ一人の女の子として、どうやら意識してるらしいぞ?」
「それは……」
実に喜ばしい事だ。
この間の夜更かしの時に、もしやと思った事が実現となれば。
この上ない良縁であるし、姫様も一人の女性として、幸せにしてもらえるだろう。
表情の変化は乏しくとも、旦那様はとてもお優しい方だから。
「チーちゃんも、なんだかんだで一目惚れらしいし。幼馴染みらしい、シュィリンよりも好いてる感じだからな?」
「……是非とも、お幸せになってほしいものだ」
「俺達も、だろ?」
「……ああ」
少し顔を上げただけで、自然と目が合い。
そして、私達は自然と唇を寄せ合ったのだ。
*・*・*(エピア視点)
ラスティさんに雑に担がれたサイラ君は。
半分寝ながら、にへらって音が聞こえるくらい上機嫌に笑っていた。
「エピア〜エピア〜ぁ」
「う、うん?」
「いちいち受け答えしなくていいさ。あんたと結ばれて機嫌がいいだけだよ」
「は、は、はい」
お風呂に行くにも、一度着替えてからじゃなきゃいけないので、エスメラルダさんの横についていた。
「いや〜、叔父さんとしては本当に嬉しい事だよ〜。よかったよかった」
「う、うん」
上機嫌なのは、ラスティ……叔父さんも同じようで。
同じくらいお酒は飲んでいたのに、ちょっと頬を赤くするだけ。
叔父さんの結婚式も、あと数ヶ月先に迫っているし、幸せ続きだから喜ばしい事に変わりない。
「お〜や、四人とも飲んでたのかい?」
使用人棟近くまで来た時に、こちらもちょっとお酒を飲んでたヌーガスさんが受付で出迎えてくれた。
「ああ。こっちのサイラとエピアがよーやくねぇ? あと、エイマーとマックスも」
「はは! おめでた続きじゃないか! 今夜は祝い酒だねぇ!」
そうして煽ったワイングラスに中身はちょっとじゃなかった。
でも、祝福されるのは悪いことじゃないので、ちゃんとお礼は言った。
そうして、宿舎に戻って別れると思いきや。
何故か、叔父さんは共同談話室のソファにサイラ君を寝かしつけ。
私は、そんな彼に膝枕させるようにエスメラルダさんに座らされた。
「え、え、え?」
「風呂の準備はしてきてやっから、それまで見といてやってくれ」
「僕もすぐ来るから〜」
とそれぞれ言うなりすぐに、男女に分かれた廊下に行ってしまった。
サイラ君はサイラ君で、にんまりしてから何故か私の手を掴んじゃった。
「エピア〜俺幸せ〜」
私が膝枕してるのをわかってるのか、彼はドレスのスカート部分に頭を擦り付けてきた。
「俺、絶対脈なしと思ってた〜。だから、嬉しくて、酒も飲んじゃって」
そうして、赤い顔のままちょっとだけ体を起こすと。
ちょうど私の顔の前だったので、彼の笑顔がすぐ目の前に!
それと、なんか近づいてきた!
「ずっと、ず〜っと、一緒。約束な?」
最後の言葉と同時に、私に顔を寄せて。
チュッと、可愛らしい音を立てて私の唇を奪ってしまう。
そのあと、ずり落ちるようにして、また膝の上で寝てしまった。
「さ、サイラ君!」
なんで。なんで、最初のキスがお酒の味なの!
匂いすごくて、余韻に浸れなかったのが本音だった。
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